「10万円と5,000兆円のどっちがほしい?と聞かれたので5,000兆円と即答したらえらい目にあった話」
ベッドで寝てたら女神がいきなり潜り込んできて、「突然ですが、あなたの人生を大きく揺るがす質問です」と言った。
「へ?」とおれは眠ったまま答えた。
女神は耳もとで、甘い声でささやいた。「10万円と、5,000兆円、どっちがほしい?」
「5,000兆円」とおれは即答した。何事も多い方がいい。大は小をかねる。小が大をかねたことはあんまりない。
「5,000兆円…強欲だね?」と女神は笑った。人に聞いといて笑うとか、タチがわるい。
女神はひとしきり笑ってから、まじめな声で言った。「別にいいけど。一つだけ、条件があります」
「どんな?」
「24時間以内に使いきらないと、ペナルティとして、あなたの命をもらいます」
「なにそのバイキングで食べ残したら罰金みたいな」
「命ぐらい良くない?だって5,000兆円だよ?正直言って、人間の命1,000万人分だよ?」
「よくわかんないけど、使えばいいんでしょ?24時間以内に。土地とかビルとか買いまくるから、ぜんぜん大丈夫」
いつのまにか女神が消えていた。掛け布団をひっくり返すと、クレジットカードがあった。『HIROSE KENTA』おれの名前が印字されている。このカードの限度額が5,000兆円なのか? 時計を見たら深夜の0:00ちょうどだった。今日のスタート。
寝床でAmazonの買いたいものリストを片っぱしから購入してみた。合計58,253円。さっきのカード番号を入力する。あっさりと支払完了。これは…ホンモノかもしれない。
狂喜乱舞してドラゴンボールとスラムダンクとワンピースとジョジョを全巻購入。10万円ちょっと。最新のゲーミングPCと机とイスを購入。50万円。
いやいや、とおれは布団から跳び起きる。こんなペースで使ってたら、とてもじゃないけど1億円も使えない! とりあえず、
「六本木ヒルズを買おう!」3,000億円。
「ついでにミッドタウンも買おう!」4,000億円。
「東京タワーとスカイツリーも買おう!」1,500億円。意外と安いな。ソラマチも買っとけばよかったかな。東京タワーがグリコのおまけみたいな金額だった。
やっと1兆円使用。残高4,999兆円。ここでやっと焦りはじめる。こんなペースでやってたら、とてもじゃないけど100兆円も使えない。
「日本を購入します」と政府に申し出る。
来年度の国家予算が120兆円。とりあえず10年分を支払う。正式に調印。1,200兆円使用。残高3,500兆円。
岸田首相が金の銅像を建てることを前向きに検討したいとおおせで、採寸させて欲しい、と悠長なことをおっしゃってきたので無視して自家用ジェット(1兆円もしないので子供の玩具レベル)でアメリカに飛ぶ。この時点で15時。タイムリミットまであと9時間。
さすがにワシントンまで飛んだら明日になるので、米国大統領に100億ドルの賄賂を渡してアラスカに来てもらう。アンカレジ国際空港。
到着したらギリ23時。大統領もF15で音速で飛ばしてくれて、すでに待機していた。「ハイ、バイデン!」とタラップを下りる。「ハイ!ケン!」とおれたちは駐機場で肩を組む。
「3,400兆円ある」とおれはおもむろに要件を切り出す。「これで米軍を購入したい」
24時。5,000兆円の全額を使い切ったはずなのに、日付が変わると同時に女神が攻めてくる。
アラスカに配備されている地対空ミサイル、潜水艦からの対空ミサイル、空中で待機していたF15・F22からの空対空ミサイルが一斉に発射される。全弾命中!でも女神は、悠々と降臨してくる。
「ケン…」とバイデン大統領が神妙な顔をする。「悪いけど、ワシントンに戻るよ。領収書はあとで送る。今回の件、成果が出ても出なくても、きみからの『思いやり』としていただいたものはありがたくいただくからね」
女神が目の前に着陸する。ゆっくりと歩いてきて、おれの心臓にナイフを突き立てようとしたので「ちょっと待った!」と制止する。
「5,000兆円使わなかったあなたが悪い」と女神は無表情で言った。
「使ったよ、きっちり、1円単位で!」
「残念。23時57分に、Amazonから850円の返金あり。『耳栓』の納品遅れで一度お返しするって。これで、あなたの使用金額は、4999兆9999億9999万9150円」
「残念」とおれ。「23時59分に、空港の売店で、850円のチョコレートを購入したもんね」
女神がスマホを取り出し、カード残額を確認しようとした、その視線をさえぎってチョコレートを渡した。
「はい、ちょっと早いけど、バレンタインデー」
女神は頬を赤らめた。
FIN