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研究指導でつまらなくなった例/先行研究との接続

佐藤大朗(ひろお)です。早稲田の大学院生(三国志の研究)です。20年弱続けた会社員生活を辞めて、アラフォーの無職、大学院生です。

あるyoutube動画で、大学教員が、学部生の論文を研究指導していました。わがことのように見ていました。
教員による研究指導はいかにも「正しい」のだけれど、つまらなくなった、学生さんがあまり納得がいっていないように見えたので、固有名詞やURLは貼りません。ご本人たちに見られても構いませんが(個人的な悪口を言うわけではないので)、積極的にエゴサーチでたどりついて欲しいわけでもないので、ぼかしています。

学部生の相談は、
「先行研究がない題材の研究をどうするか」です。

まだ完結していない少年漫画を題材にして、学術論文を投稿したらリジェクト(掲載拒否)された。却下の理由が、先行研究が1本も引かれていないから。でも、その作品が新しいので、実際に先行研究は1本も書かれていない。「先行研究が存在しないのは事実なのに、先行研究を引いてないことを理由にリジェクトされた。どうしたらよいか」です。

表面的な指導ならば、「その少年漫画は研究の題材として適さない。新しすぎる。完結して、作品の意義や世間での評価が定まるのを待て」
みたいになるでしょうが、この指導は広がりがない。そして、ぼくが見た動画でも、そんな浅い指導はしていませんでした。

この作品が、すでに先行研究で分析された別の作品のどれと似ているか。いかに分類され、接続されるか考えよと。
曰く、まさに同じ作品を題材とした先行研究がないかも知れないが、同じような分析の仕方ができる同じような性質の作品ならば、先行研究があるはずだ。その先行研究を引きながら、研究史の蓄積にプラス1の貢献ができるような論文を書けと。

あるキャラクターは、好きな相手の血を吸うと性的な快楽を味わう。作中でそのキャラクターが敗北した。学部生はこれを受け、「異常性癖をもつやつは、やっぱりダメだ」という社会的な抑圧が再強化されている。内容がけしからん、と主張したいそうです。きちんと吸血キャラを勝たせて肯定せよ、作中でキャラに反省や宗旨替えをさせるなと。

これを指導している大学教員は、「血を吸うということは、噛みつくにせよ注射器を刺すにせよ、相手に危害を加えているということ。血、異常性癖、加害。これは、同性愛者のエイズ問題に接続できる」
という手掛かりから、社会におけるエイズ問題の先行研究を紹介し、これらを踏まえよと指導していました。
学部生は、恐らく指導に付いてきていない。

かの大学教員は、エイズ問題を推したいのではなく、
・既存の先行研究に接続せよ
・接続できる研究領域を連想できるように、広く勉強しておけ
・エイズ問題に繋ぐことは必須ではない(あくまで一例だ)
と、きちんと正しいことを言っているんですけど、、おそらく学部生は、ガッカリしちゃってるんです。もしくは戸惑っている。少なくともぼくには、そのように見えました。

研究指導の動画で思ったこと

学部生は、自分が本当に好きな漫画作品があって、「まだだれも論文にしていない、研究対象に認定されていない(研究者に気づかれていない)新しい漫画作品を、研究対象にしちゃうぞ」というところで、かっこを付けたかったんだと思います。
「こんな気楽なエンターテイメント作品で学術論文を書こうとするなんて、ギャップがすごいね」と言われたいんでしょう。※邪推だったらすみません

先行研究がないことをリジェクトされた理由としてあげていましたが(これはリジェクトの理由としては妥当だが)、
この学生にとって先行研究がないことは、本当に研究上の課題として困ったというよりは、「先行研究がない、前人未踏・無人の野、ブルーオーシャンの題材を学術のフィールドに連れてきちゃったなんて、すごいでしょ」とドヤる材料でしたよね。
このような誇らしさがないと、ウェブに公開される研究指導なんて受けないでしょうし。こうやって、無責任な他人にとやかく言われてしまうわけですし。

当初の論文で学部生が主張していた「せっかく特殊性癖のキャラクターを登場させたのに、社会のご都合主義で敗北させ、『更正』させちゃうなんて台無しじゃないか」というのは、大して強い主張ではなくて、
「この作品で何か意見を言えるなら、これかな」
ぐらいに、ムリヤリ絞り出したものだと思います。

自分が本当に感じている社会問題と、学術論文の結論は、同じである必要はありません。むしろ、主張が強すぎるとただのエッセイ、決意表明、アジテーションになるから、距離感が大事です。
でも、あまりに関心がなさすぎても、「書いてもしょうがない」し、読み手に伝わるものです。
学術論文の読み手は、「この著者のピュアな関心は〇〇にあるけれど、それを研究に移し替えるなかで、こういう戦略を採用したんだな」というところまで見抜いています。文から見えることもあるし、どの研究分野も狭い世界ですから、「あのひとは、ああいうひと」という人物理解、評判というのはシェアされています。
今回のように特殊性癖のことを論じるとき、論文の著者自身が特殊性癖である必要はありませんが、少なくとも強い関心は必要でしょう。「このテーマは著者にとってどうでもいいのだ」ということは見透かされてしまいます。

たとえば、他作品にも特殊性癖のキャラがいて、迫害されているとしたら、それを次々と論じていく、、という一連の研究活動は、学生さんの受け答えから想像できませんでした。『僕のヒーローアカデミア』を題材することありきで、無理にこしらえた主張だよね、と感じました。
※ずっと伏せてたけど作品名を書いちゃいました。この記事をここまで読んでいるひとには明かしても大丈夫でしょう

だったらどうするか

お金をもらって研究指導をする、というサービスのサンプルという性質上、『僕のヒーローアカデミア』のトガヒミコを取り扱って何か論文を書く、という前提条件を維持する限り、「エイズ問題に接続しろ」というのは、恐らく有力なアドバイスです。
しかし、ぼくは無責任な第三者としては、
『僕のヒーローアカデミア』のトガヒミコで論文を書いちゃうなんてスゴイ」という称賛が得られないことが判明した時点で、もう、この題材を破棄させてあげてもいいんじゃないか。
と思っちゃいます。
奇襲攻撃を仕掛けたと思ったら、先回りされてガチガチの防壁があった。それなら、むりに攻めかからずに撤退するのがよい。

異常性癖やエイズに特段の興味がないのに、むりやり英語論文などをたくさん読んで、層の厚いエイズ問題の先行研究を弱々しいドリルで掘り進んだとしても、この学生さんは幸せになりません。
「論文にするならば、そういうことが求められるんですね。だったらいいです」みたいな退路があってもいいでしょう。
せっかく好きな漫画、好きなキャラクターがいるのに、嫌いになっちゃいますからね。

画面に映された論文は、無限回数、「トガヒミコ」って繰り返してましたが、トガヒミコってキャラの名前を言いたいだけでしょ、と思っちゃいました。トガヒミコが好きなんですね。
ぼくは作品を未読なのでググッたら、トガ・ヒミコって姓名に分解できます。なら1回目で略称を断って、「トガ」もしくは「ヒミコ」と書けば字数が節約できます。字数制限があるのに、つねにフルネーム呼びなのは、ただ言いたいだけ、あるいは書くべき主張や論証が少なかったんだな、という印象です。※厳しすぎか。でも同業者ゆえの肌感覚です

このあたり、研究にルールがある(先行研究を踏まえて批判し、新たな知見を追加して研究の世界全体に貢献する)のは事実ですけど、
・それを研究でやりたいのか(意思)
・それを研究でやれそうか(戦略)
を考えるのは、けっこう大事なことだと思っていて、「次回の指導までに、エイズ問題の先行研究を読んで、まとめてきてください」と言われても、途方に暮れるのではないかと思いました。
「だったらいいです!」でいいのではないか。
動画のなかでは話題に及んでいないだけで、『僕のヒーローアカデミア』のトガヒミコ以外にも、興味がある分野や作品、キャラクターはいくらでもあるでしょうし。

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