吐き気
入院して二日目からレムデシビル(ベクルリー)の投与が始まった。
ここから5日間の点滴投与される予定である。
「ハッピー・ハイポキシア」のためか、酸素飽和度が91%前後にも関わらず、それほど苦しくはなかった。
当時の私は楽観的だった。
そして三日目から地獄が始まった。
吐き気である。
味覚と嗅覚はほぼなし。
朝昼晩に出る病院食はただでさえ薄味なので、何を食べているのかさえ分からない。
私は食べ物に関しては「好き嫌い」は特にない。
野菜も肉も魚も好き。
それが白米でさえ受け付けないのである。
味がしないからとかではない。
歯磨き粉すら吐き気で歯磨きができないのである。
とうとう食べられなくなった。
担当の主治医に相談すると、
「では、短縮して3日間にしましょう」
と、言われ内心ほっとした。
最近のニュースを見ていると、感染初期から重症化を防ぐため、ベクルリーを10日間投与している病院があると知った。
正直そのニュースを見て寒気がした。
経験したことはないが、「強い吐き気」を催す薬として、まず浮かんだのが抗がん剤だったため、生命力の下がった高齢者にこれを10日間も投与するなんて、正直どうかしているとさえ思った。(あくまで個人の感想です)
当時、私が感じた苦痛は、
・味がしない
・匂いを感じない
・息苦しい
・シャンプーができないほど腕が上がらない
だった。
だが、それらの苦痛よりはるかに「吐き気」ほど生きる気力を奪うものはないなと、あの日の私は感じた。
3日間の投与が終わり、吐き気も少しずつ引いてからは病院食を食べられるようになっていった。
食べること。
今まではそれが「あたりまえ」だったのが、コロナに奪われたことによって、私はその”幸せ”に気付いた。
もしあのまま医師の判断で5日間投与されていたら、私は生きることに絶望し、生命力はなくなり、そのまま死んでいたかもしれない。
この病院は私が入院する前に「クラスター」が発生し”医療従事者に感染させた”と当時ニュースで話題となった病院だった。
だからなのか医師や看護師の方々は「コロナ」に真剣に向き合っていた。
グーグルマップの口コミではありえないほどの低評価な病院。
「患者のことをただのカモにしか見えてない」とさえ書き込みされていた。
だが少なくとも私は、
「あの病院に入院することができて幸運だったな」
とさえ今は思う。
クラスターを出してしまったが故に、治療現場での知見がある程度蓄積されていたのだと思う。
でなければ、必死に治療しようとして「5日間は何が何でも投与します」と治療方針を曲げずに点滴をされていたかもしれない。
もっと言えば私はそれを「同意」してしまったのだから、もはや”まな板の鯉”だったのだから。
だから「10日間投与」のニュースに、いまだに”吐き気”を覚えてしまうのである。
そこに無知なる医者の悪意なき信念や、その先の結末が容易に想像できるから。