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哀しみはいつも喜劇のように。
※ネタは漏らします。
冬になると見たくなるドラマがある。言わずと知れた「木更津キャッツアイ」だ。毎冬DVDコレクションをひっくり返して探すのだが、今年はNetflixに入ったので手間がはぶけた。2002年放送だから、もう23年も前のドラマだ。色々と斬新なつくりのせいか本放送では人気が出ず、夜中の再放送で火がついた記憶がある。ちょうど鬱が酷くてにっちもさっちも行かない時に友達に勧められて見た。
同時期に「水曜どうでしょう」も勧められたが全くハマらなかった。健康な若者があれこれ文句を言いながらの珍道中。これ、自分が元気な時なら「バカやってんなー」なんて勝手な親しみを覚えていたのかもしれないが、その時は「氷の鬱期」だったため、「それが何?」という感想しかなかった。羨ましかったのだと思う。その時は自分が自由な旅に行けるなんて想像もつかなかった。
「木更津キャッツアイ」は基本的にかなりドタバタしたコメディだ。ぶっさん(岡田准一)、アニ(塚本高史)、マスター(佐藤隆太)、バンビ(櫻井翔)、ウッチー(岡田義徳)の5人を中心に繰り広げられる青春群像劇(なんちゃって)という感じである。彼らの昼の顔は野球チーム、夜の顔は泥棒猫。さして金目当てではなく、猫のくせにネズミ小僧っぽい。リーダーのぶっさんは木更津を一歩も出たことのない若者。おどけてばかりの彼だが、ある日ガンで余命半年を告げられる。
表層は完全に喜劇なこのドラマだが(なんせクドカン作品だから)陰と陽が突然入れ替わるシーンが多い。そのうち陰なんだか陽なんだかもわからなくなり、ただ「生きること」の手触りだけが残る。街で愛される放浪者「オジー」(古田新太)の存在も大きいし、監督の猫田やヤクザの山口、モー子、美礼先生、ストリッパーのローズさん、コーヘイの父コースケなど脇がきめ細かくキマッている。「虎に翼」で素晴らしい演技を見せた平岩紙の若き日の姿も見ることができる。哀川翔が本人役で登場するのも驚きだが、回ごとにピンクレディーのケイちゃん、ケーシー高峰、ピエール瀧、スチャダラパー、YOU、氣志團などなど多彩なゲストが登場する。
信じられないのがこれらのストーリーをほぼ現地でクドカンが書き、書けた側から撮影する、というハチャメチャ進行であったことだ。クドカンが遅筆であるという噂は聞いたことがあるが、その調子でよく何とかなったもんである。ていうか逆に面白くなっているという奇跡のドラマだ。
そもそも「木更津キャッツアイ」というタイトルも、木更津に一度も行ったことがないのに語呂の良さだけで決めたらしい。そして書き始めるにあたって初めて木更津入りし、ビジネスホテルで缶詰になりつつ台本を仕上げた。
押しに押されるスケジュールの中で、スタッフや出演者も木更津詰めとなり、まさに合宿のような状態の中でこのドラマが完成したのだ。相当楽しかったんじゃなかろうか。大変だったろうけど。
キャッツ独特の「ノリ」が画面にあふれたドラマは、やがて「日本シリーズ」、「世界シリーズ」と映画化され、もちろん見に行ったし、木更津詣も2回した。2回。
それでも時の流れは早いもので2回目の時にはみまち通りもだいぶ寂しくなっていた。オジーの像の近くの店で買ったキーホルダーは、それが最後の一個だった。
はじめての詣の時にもすでにそごうはつぶれており、エスカレーターを登ってみたら何と釣り堀があった。元とは言えそごうに釣り堀。せめて腕時計は売っていて欲しい。
あれから何十年も経つのにキャッツアイを愛する人は多く、メンバー同士も仲が良いらしい。今でも続編を望む声があるが、すでにぶっさんが亡くなっていること以前に岡田くんの筋肉はどうするんだいという問題がある。今や兵隊か侍か殺し屋しかやってない俳優である。ナンタラ武闘の黒帯で師範のぶっさん。これはこれで面白い気もするけど…。
私が「水曜どうでしょう」じゃなくて「木更津キャッツアイ」にハマったのはやはり「死の香り」がしたからだろう。ありきたりなドラマの設定と思ったが、自分が病気で希死念慮と添い寝しているような日々だったから「死にゆくぶっさん」に親しみを覚えたのだ。ぶっさんは余命宣告を受けたあとでもさほど自棄にもならず、かといっていいことをしようとか、やり残したことを探して焦るとか、そういうこともたいしてなかった。たまにAV男優に憧れつつも、彼が選んだ言葉は「普通」。ありきたりに生きることを選んだのだ。
このドラマから学ぶことは大きい。「普通」に生きること。友達と遊んだり、喧嘩したり素直に過ごすこと。大切な人を大切にすること。案外これが難しいのだが、余命宣告されてなくても守ったほうがいい。基本的に誰もが余命を生きているわけだし、本当の寿命なんて誰にもわからないのだから。
いつまでも「木更津キャッツアイ」は私のNo.1ドラマで、2位が「タイガー&ドラゴン」だ。クドカン色が強すぎる。3位は「オレンジイズニューブラック」。急に欧米です。ぜんぶネトフリで見れるので、気が向いたらドウゾ。