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新時代の介護施設経営のあり方


わたしは20代のころから、組織論というテーマになんとなく興味があった。当時は自衛隊にいたこともあり、もっぱら軍事組織に関心をもっていて、「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」とか、野中郁次郎先生による「アメリカ海兵隊 非営利組織の自己革新」などを読んでいた。
 そういえば近年は、ビジネス界のほうが過去の戦争とか軍事組織から教訓を引き出そう、という風潮があるように思える。そうした関連の本を書店でよく見かけるようになった。

ここ2〜3年に影響を受けた本のタイトルをいくつか挙げると
 「ティール組織」「自主経営組織のはじめ方」「介護経営イノベーション」などがある。
 わたし自身介護の現場に身をおいていて、そこでさまざまな不満や苛立ちを感じてきたことから、じゃあどうすればいいのか、という問題意識があったからである。
 たとえば、現場で感じている不満を具体的に箇条書きにしてみると、以下のようなものだろうか。
・まず、“現場無視の施設運営”や“上からの一方的な押し付け”
・そして、“介護職が他職種よりも軽視されがちであること”、“他職種や管理職との、自由でフラットな対話の欠如”
などが少なくても問題としてあると思っている。たぶん、どこの施設にいっても、大なり小なり上記の傾向があるように思う。

そこで、わたしが求めているのは、いわば“全員参加型の経営”みたいな考え方である。理事長とか施設長とか、一握りの経営者が施設の運営に関わるのではなくて、「現場レベルの職員全員が、介護施設の経営に参画する」、そいういうやり方はできないものだろうか。
 そこでは、人事や財務状況、経営管理に関わる情報をできるだけ透明化して、すべての全員が知ることができるようにする。採用や教育、備品の調達に関しても、現場の職員が話し合ってどうするのかを決定する。給料の金額についても、現場レベルの職員が話し合いで金額を決めている会社もあるらしい。そうやって、“現場が中心”の組織を作りたいとずっと思っていた。
 もし組織のやり方に不満があるのであれば、不満を感じる当人が他の職員の助言を求めながら代替案を考え、それを組織のなかで実行していくのである。そこでは、役職や肩書はあったとしても意味をなさない。大事なのは、すべての職員が主体的に組織運営に関わっていくことである。
 世界的ロングセラー「7つの習慣」の著者であるスティーブン・コヴィーは、そういえば、組織のミッションステートメントは一部の経営者だけでなく、社員全員をまじえて作るべきだ、ということを書いていた。

“組織のミッション・ステートメントが効果的であるためには、その組織の内側から生まれたものでなければならない。経営幹部だけではなく、その組織の全員が意味のあるかたちで作成のプロセスに参加する。繰り返すが、組織のミッション・ステートメントもまた、できあがったものと同じようにプロセスが重要であり、全員が参加することが、ミッション・ステートメントを実践できるかどうかの鍵を握っている。” 
 「完訳 7つの習慣」

ところが残念ながら、経営理念にしても就業規則にしても、誰が考えたのか分からないすでに存在するものを、ただ社員に押し付けることが大半であろう。しかもそうしたものは、入職した後になって、ただ形式的に説明を受けてそれで終わり、である。
 極論すると、わたしは利用者の細やかなケアをどうするか、といったことにはあまり関心がなくて、大局的なところから組織の運営をどうするか、といった事柄に関心を持ち続けてきたといえる。

それなら、自分が施設長なり管理者を目指したらいいのではないか? と思われるかもしれない。今後、機会があるならそれも考えたいけど、わたしはべつに自分が経営者になりたいわけではなくて、現場から変えていきたいのである。また、かりに施設長などになれたとしても、それはそれで大きな問題があると思っている。
 たとえば、大きな有料老人ホームに入って、かりに施設の管理者を任されたとして、じゃあ自分ひとりの裁量でなにもかも決められるかというと、そんなに甘くないだろう。
 たぶん、グループの“本部”のほうから、細々といろいろな指示が下りてきて、現場の管理者はただそれを実行するだけ…施設長には責任多くて権限なし、かえって束縛を強める結果になるのがオチだろう。

わたしのような考え方をする介護職が、カビくさい時代遅れの考え方の社会福祉法人に再就職してしまったことが、そもそもの根本的なレベルで間違いだった。今月半ばには、いまの施設をやめるわけだが、その後はまた派遣で介護士をやることになる。
 それじゃあ、これからも派遣の介護士として、残りの人生を働きつづけるだろうか? 正直なところ、長い目でみて自分の身の振り方をどうしていくのか、自分でもよく分からない。