彼らは純朴なのだ、素直なのだ、飾り気がなく誠実なのだ。だからこそ、容易く笑顔はみせないし、作り笑いもない。彼らが信頼してくれて初めて笑顔を作り、打ち解けられたと言えるのではなかろうか。その点では、自分はとても彼らと反りが合ったように思うし、そう感じられたことは幸せであった。 こうした経験ができた背景には、自分が多少なりともロシア語ができたということがあったかもしれない。また、ロシアに対する好奇心や興味関心があり、彼らもそれを感じ取ってくれたのかもしれない。ロシア語を積極的に
シベリア鉄道で出会った人々、鉄道員たちもみな優しかった。特に、ロシア人家族3人と同室になった際、まるで家族の一員として扱ってくれた。ロシア人家庭にホームステイしたようだった。それから、途中で一緒に下車したロシア人教授も、見ず知らずの自分に「これでもか」というぐらいの助けをしてくれた。身に余るほどでこちらが恐縮するぐらいだった。 しかしよく考えると、こうしたロシア人の優しさを「ロシア人は優しかった」とのみ分析するのは、雑なような気がした。思うに「優しさ」とは二次的なものであっ
「ロシアは考えたってわからない。普通のスケールで測ることはできない。 そこには何か特別な気質がある、ロシアは信じることだけができる。」 by チュッチェフ 先月、サハリン(樺太)を旅した訳だが、その振り返りをする前に、4年前にシベリア鉄道を使ってロシアを横断した時の自分の思いをまとめた文章を掲載したいと思う。 【ロシア人への考察】 ロシアを旅行した人のブログや、巷でのロシア人についてのイメージ・評判は、芳しくない。「おそロシア」と紹介されることもあったりする。自分が買
異動希望の書類を提出しなければならなかった。 同期は嬉々として「どの部署に異動したいか」「誰それがどこそこに配属されるのでは」などと話している。 興味ありげな受け答えをしつつ、内心話半分で聞き流す。 ロクでもない癖がついてしまったものだ。 私はといえば、異動希望書に羅列されたいくつかの質問に対して、しばらく思案してみたものの全く考えが浮かばず、なんとか取り繕って打ち込んでみた文字も、自分が思う以上に紙面に馴染んでおらず、それはさながら風の前の塵に同じであった。 自分の思い
少し時間が経ってしまったが、友人の結婚式で友人代表スピーチを行った時の原稿を載せたいと思う。 新郎新婦とは共通の友人で、”キューピット”だったことから、依頼された経緯がある。他の場合に参考になるかはわからないが、備忘録としても記録しておこうと思う。以下、スピーチ文 Sくん、Yさん、本日は結婚おめでとう。また、並びにご両家の皆様方、誠におめでとうございます。このような大勢の集まる素晴らしい結婚式で、二人の友人代表としてお祝いすることができて、とてもうれしく思っています。 た
サウナから上がり半露天に直行する。 チープな椅子に腰を掛けて空を仰ぐと、少し冷たい風と時雨が肌に触れる そして目に入るのは、赤と黄色と黒の奇抜な看板。 はじめは景観を害しているのではないかとも思ったが、最近はこれがしっくりくるようになってしまった。今更気づいたことではないが、人生の大抵の問題は慣れが解決してくれるのだ。人間本当にそれでいいのか。 しかし慣れとはいえ、自分の認識の間違いを正さなければならないときは素直に間違いを受け入れなければならない。 激しく安い殿堂ではな
天気は変わりゆく。そしてそれは自ら操ることなんてできない。 晴れ・曇り・雨・風・雪…自分の思いとは無関係に、廻っていく。 人の心はどうだろう。冷たい雨が降る夜くらい、心を晴らしたいものである。しかしそんな考えとは裏腹に、ここ数年、曇天が続いている。気温も常に低い。 こうも冴えない日が続くと、太陽に焦がれる思いなんてとっくに消え去り、既にその存在すら忘れてしまっている。 この閉塞感を打破するために、一定の高揚感をもたらす何かが渇望される。陽なるものへの憧れ。そして少しの嫌悪