羽紋(前)

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ルーミ達と遺跡の調査に乗り出すのは、今回が初めてではない。むしろ、この手の仕事をする時に信頼できる仲間を連れてこい、と言われたら、ハイクは真っ先にこの二人の名前を挙げるだろう。ウルグの知識はその頭に図書館を丸ごと押し込めたかのように膨大で、なおかつ系統だっているし、ルーミの剣技は、時に熟練の騎士のそれの風格を纏う。彼らが王都に滞在していたのは幸運だった。

深緑の草を踏みしめ、こうしてハイクは再び王墓の前に立っていた。前回はじっくりと遺跡を検分している余裕は無かったが、注意深く細部を観察してみると、この王墓には恐ろしく高い水準の技術が用いられているようだということが、改めて分かってくる。
外面は、確かに原始的に見える。四角い巨石が階段状に積み上がり、その表面を、ぶ厚い苔の層が覆っている。四角錐の建造物の中央には外階段がついていて、天辺まで登っていけば、その先には小ぢんまりとした祭壇がある。全長は周辺の樹木と変わらない。どの角度から見ても、遠くからでは完全に周りと同化して見分けがつかないだろう。青の神殿とは違う手法ではあったが、ここもまた、人の目から隠されている点では同じだった。
ゆえに、ごく一般的な古代人の墓の様相を呈している “王墓”の異質さは、もっぱらその内側に秘められている。入り口から中の様子を覗き、ウルグが低く唸った。
「ずいぶんご大層な化けの皮を被っているな、こいつは。壁の内側と外側で、およそ百年は様式がずれている」
言葉の通りだった。石組みの内壁は、凹凸が全く見受けられないほどに平らに磨かれ、互いの継ぎ目には紙一枚分のすき間もない。ハイクは手袋を付けた左手を、そっと壁の表面に滑らせた。つるりと黒く、冷たい。精巧に組まれたパズルのようだった。おそらく黒曜石だ。割れやすく、加工が難しい石のはずだが、どのようにして削り出したのだろう。滑らかな感触が残る指の腹を眺めながら、ハイクはウルグに言った。
「森に隠しておきたかったんじゃないか。わざと外側にだけ湿気りやすい石を使って、植物を這わせてる」
「あえて古さを際立たせたのも演出か? 何のために?」
ハイクは首を少し傾けて、ひょいと肩をすくめた。
「そりゃ、中身を隠すためだろ。その中身が何なのかは、まだ分からないが」
これは、嘘ではないぎりぎりの線だった。ハイクは二人にこれまでのいきさつを話すにあたり、ルドラや真なる史に関わる部分を綺麗に省いた説明をしていた。
「話したとおり、途中まではもう探索が済んでる。俺達はそこから更に潜って、最深部を目指そう」
ハイクは先に立って歩き出した。だが、この時ハイクは、真なる史以外にももう一つ別の問題を発見していた。他でもなく、後ろの二人の同行者のことだ。
「それじゃ、行こうか。……ルーミ」
ぼんやりと足元を見ていたルーミが、一拍遅れて、ぱちりと銀色の目を瞬かせた。
「あ……、そうですね、参りましょう」
少し慌てた返答が、後を追ってハイクの耳に届く。覇気に欠けた細い声だ。それを聞いたウルグが、隣でだまって顎を引く。
このことについては、ルーミはもちろん、ウルグの方も、何も語ろうとはしなかった。だが、ハイクが知っている二人の間に、今までこんな奇妙な沈黙が下りたことはない。
それは、まだ不和と呼ぶには微細な違和感だった。指先にできた、小さな切り傷のようなものかもしれない。しかしどんな些細な傷でも、膿んで化膿すれば、腕一本、ともすれば、体全体を腐らせる重症となることだってある。
これは果たしてどちらだろうか。
すぐに治るただの傷か。あるいは、肥大化する病巣の芽か。
這うように立ちのぼってくる地下の空気が、ハイクの首筋をひやりと撫でている。

     *

一度は夢中で駆け抜けた地下への階段を、今度は歩いて下っていく。前回は全く気が付かなかったが、通路の足元には橙色の微小な明かりが等間隔に灯っていた。どんぐりほどの小さな水晶灯が埋め込まれているのだ。つまりこの遺跡の動力源は、まだ生きているということだ。
廊下を進むにつれて、空気は暗く、煙たくなっていった。武力については一級の備えを持つ王墓だが、換気の能力は不十分だった。崩落で生じた砂埃が床に積もり、そこにはすでに、人間の足跡が無数に付いている。遺体を運び出すために何度も遺跡を往復した、ハイクとレオの物だ。
やがて到着した広い石室には、戦闘の痕跡が生々しく残されていた。崩れた瓦礫も、中央で仰向けに倒れた巨大な機械人形も、そのままだ。あらかじめ伝えていたこともあって、ウルグは表情を変えなかったが、ルーミの目には、わずかな怯えの色が浮かんだ。
「ひどい」
少女の薄い唇が戦慄いた。無理もない。自分達が目の当たりにしているのは、正真正銘、本物の戦場と化した場所だ。ちっぽけな虫けらと同じように、人の命が何の価値も、何の感情もなく、ごみ同然に擦り潰された場所だった。瓦礫のすき間や、地べたにこびりついた焦げ跡には、今も死の気配が潜んでいる。旅を重ね、経験を重ね、人の死に立ち会ったことがあったとしても、まだ少女のルーミにそのすべてを理解しろというのは、あまりに酷な話だ。
「ルーミ」
ハイクは立ち尽くすルーミの目の前でひらひらと手を振った。はっとして、ルーミが顔を上げ、ハイクを見る。
「あまり立ち止まらないほうがいい。動けなくなるぞ」
「……はい」
ウルグのほうは流石に手慣れた様子だった。ハイクとルーミよりも一足早く瓦礫を踏み越えていき、機械人形を調べていた白い背中が、おもむろにこちらを振り返る。
「自由に動き回った、と言ったな。これが」
ハイクは頷いた。
「そうだ。腕や腹から砲弾を飛ばして、暴れ回ったらしい」
ハイクとルーミも、しゃがんだウルグの傍に寄り、鋼の巨人を見下ろす。投げ出された機械人形の手のひらは、ハイクが両腕を真横に広げたとしても足りないほどに巨大だった。これがレオの証言のとおり、人間や魔獣のように自らの意志で物を考え、戦況を判断して動いていたのだとしたら、それは想像を絶する脅威となったに違いない。機械人形は本来なら、事前に仕組まれた一定の行動しか取ることは出来ないはずだ。ウルグは顎に手を当て、呟いた。ほとんど溜め息のような、床に染み入るように深い声だ。
「こんなものが自立していたというだけでも、にわかには信じられん。竜核の中に、意思決定の術が組まれていたのか、それとも命令系統が別にあるのか? おい、ハイク。借り物の力で、何か見えないのか」
「試してみたけど、残念ながら。動いてる時だったら別だがな。いずれにせよ竜核がむき出しになっているんなら、俺の銃とあんたの光球で仕留められる」
「そうだろうな。消耗戦も接近戦も不利だ。もしも戦闘になったら、一気に片をつけるぞ」
「はいよ。なあ、ルーミ。風の力で、こいつの動きを止められそうか」
「……難しいかもしれません。でも、やってみます」
ルーミも覚悟を決めたようだ。人形の脇を回って部屋の奥に進み、巨大な仕掛け扉の前に移動する。ここから先は未知の世界だ。ハイクが扉に触れると、宝玉を持っているせいだろう、ぴったりと閉じられていた壁が両側にずれていき、自然と道が開けた。
縦に長い切れ込みを入れたような大回廊が、闇に果てしなく伸びていた。

     *

巨大な廊下だった。先程の機械人形が苦もなく通れそうなほどに幅が広く、天井は闇に呑まれて全く視認できない。これまでと同じように、両側の壁の足元には小さな水晶灯が点々と列を成し、ほのかな光の道を作って、ハイク達を奥へと導いている。

三人分の靴音の他に、音は聞こえない。宝玉も沈黙を守っている。先頭にウルグ、後ろにルーミが続き、そこから数歩距離を置いて、ハイクがしんがりを歩いていた。三人で未踏の遺跡を探索する時は、この形を取るのが常だ。ウルグが最適な進路を選び、ルーミが広く現状を捉え、細かな取りこぼしをハイクが拾う。誰かがそういう規則を作ったわけではないが、いつの間にか染み付いた習慣だ。自分の能力を鑑みて、各々が各々で役割を判断した結果だった。時計塔での行きあたりばったりな手法に比べれば、めざましい進歩だと言えるかもしれない。ただ、まあ、あれはあれで面白かったと、ハイクは今でも思っているのだった。
当時は、あの場限りの出会いだと思っていた。それが気付けば、こうして何度も同じ場所を歩いている。同じ空気を吸い、同じ景色を見ながら、けれどおそらくそれぞれが、違うものを見据え、違うことを考えている。
「抜けるぞ」
前を向いたままウルグが告げる。空気の流れで、先の広間のような巨大な空間に繋がっているだろうということは分かるが、廊下の先で水晶灯は途切れ、奥は完全な暗闇に包まれていた。大鷲が、「魔獣のにおいはしないな」と言った。

左側の壁に張り付き、奥の様子を伺う。やはり物音一つ聞こえない。触れれば掴めそうな闇が広がるばかりだ。ウルグが左手で、後ろのハイク達に待てと合図を送った。その手に嵌った手甲がウルグの武器である。もう片方の指にも、すでに攻撃用の指輪が嵌っていた。ハイクもまた、静かに銃を抜く。
ウルグは無言で部屋に滑り込んだ。すると、ばつん、と何かの弁が切り替わるような音が聞こえ、たちまち部屋に照明が灯る。人を検知したのだろう。壁や天井に取り付けられた赤の水晶灯が次々に点灯し、みるみるうちに室内が真っ赤に照らし出されていく。照明の数は十分だが、色のせいで暗さがそれほど拭いきれず、反対に不気味さを助長させていた。まるで石室全体が、釜の中で焼かれているかのような光景だ。部屋を仰ぎ見たウルグが、ふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「どこまでも悪趣味な墓穴だな」
ルーミが慎重に、ウルグの隣に並んだ。ハイクも後ろから二人の背を追う。すべての水晶灯が灯っても、部屋の突き当たりにはまだ濃い闇が残っていた。様子を見るにはもう少し近づく必要がありそうだ。
不気味なほど均整のとれた、立法体の大空間だった。ただの一本も柱が無いのに、どうして地下にここまでの空間を造り出すことができたのだろう。埃一つない黒曜石の床は、新品のように磨き抜かれ、天井の灯りやハイク達の姿を鏡のように写し取っていた。
腰の道具入れの中で、珠が微かに震え始めているのを感じる。ハイクは警戒を強めた。

変化があったのは、部屋の中ほどまで進んだ時だった。再び何かの弁が開いたような音が、正面の奥から響いた。
広間の最奥は、階段状になっているようだ。目を凝らすと、緩やかな段を数段上った所に、大きな石の棺が縦に安置されているのが分かる。壁と同じ黒色だ。
最初に異変に気付いたのはルーミだった。
「蓋が、開いています」
初めから開きっぱなしだった、という訳ではなかった。ハイク達の目の前で、今まさに棺桶の蓋はひとりでに横に動き始めているのだ。死体が内側から蓋を動かせるはずもない。
嫌な予感は的中した。ずず、ずず、と音を立てて露わになった棺の中を見ながら、ウルグが不愉快極まりないといった声色で唸り、拳を構えた。
「成程な。 “王の墓”ではなく、 “王が守る墓”だったということか。……下らん。実に、下らん。俺はあんな奴に頭を垂れる気は無いぞ」
深い眠りから目覚めた “それ”の、胸の中央に埋め込まれた丸い竜核が、ぼうっと赤く光った。竜核は瞬きをするように二、三度点滅し、遠くからでもはっきりと、低く轟く機械音が聞こえてくる。
鋼製の関節をきいきいと悲鳴のように軋ませながら、二本の両足が棺桶を出て、地を踏んだ。巨人と比べれば遙かに小さい。しかし、この手の機械族において、より小さいということは、より賢く、より強者であるということの証明に他ならない。どこか超然とした足取りで、王墓の主は黒曜の階段を下りてくる。少し首を傾げ、きゅるきゅると両眼のレンズを動かしながら己の眠りを妨げた三人の墓荒らしを認知すると、機械人形はおもむろに片腕を持ち上げ、その指の先端をハイク達に向けた。小蠅を払うような、何でもない動作だった。銃口を模した五指の先が、溶鉱炉のように燃えている。
ハイクは引き金に指をかけたが、ウルグの方が早かった。右手の指輪から光の球をいくつも生み出し、宙に浮かべていく。触れれば爆発する、高密度の力の集合体だ。手で払うようにしてウルグが飛ばした光球と、人形の指から放たれた熱線が衝突した。光が弾け、爆風が巻き起こる。ルーミが風を呼び、熱風をしのぐための盾を作り、三人を守った。相殺しきれなかった熱風の余波に黒髪とローブをうねらせながら、ウルグがハイクを振り向き、叫ぶ。
「前に出ろ、ハイク。俺が先に撃つ、おまえは——」
ウルグの言葉が途中で途切れた。夜色の瞳が大きく見開かれる。
「——避けろ!」
「え?」
背後で、質量のある物が空を切る音がした。
反応する間も無く、ハイクの左脇を鈍い衝撃が襲う。何か巨大な物体に、脇腹を殴られたのだ。ハイクの身体は宙を飛んだ。
殴られながら、殴打の痛みが脊髄を通り、痛みとして頭で認知されるまでのその一瞬で、ハイクは咄嗟に両目を見開いた。捉えろ。捉えろ。その命令だけが頭にくっきりと浮かび上がり、ハイクを突き動かした。何が起こった。己を襲っているのは誰だ。姿を捉えろ。反撃の糸口を見つけろ。自分でも意識しないうちに、ハイクは借り物の力を使っていた。
そして、ハイクの視界に映ったのは、嫌というほどに見覚えのある、巨大な機械人形の手のひらだった。ハイクは息を呑んだ。竜核は確かにマキナに壊されたはずだ。なのに何故か、奴は動いている。その手に以前には無かった白く光る帯のようなものがぐるぐると巻き付いていることに、ハイクは気付いた。帯は手の平から腕、肩に繋がり、首の後ろから、さらにどこかへと伸びている……。
触れ合った一瞬で、どうにか見ることができたのはそこまでだった。ハイクは真横に薙ぎ払われ、体は壁に強く叩き付けられた。呼吸すら困難なほどの衝撃に襲われ、視界が白黒に明滅する。
「ハイクさん!」
叫ぶルーミの声が遠くから聞こえた。そのひどく澄んだ清流のような声のお陰で、ハイクは飛びそうになった意識をどうにか持ちこたえさせることができた。激しく咳き込み、ぐらつきながら床に手を付くと、ルーミが慌てて駆けてきて、そのまま助け起こされる。
「大丈夫ですか?」
どうやら骨は折れていないらしい。地面に片膝を付き、まだ息は荒かったが、ハイクはにやりと笑ってルーミを見た。
「昔、酒場のウエイトレスから食らったビンタのほうが、強烈だったな」
ルーミは心配と安堵が混じったような顔で笑った。ハイクは立ち上がり、ルーミに礼を言うと、すぐに戦闘が続く部屋の中央へと走り出した。ウルグは光球の雨を降らし、一手に二体を牽制しているようだ。ウルグは攻撃しながら悪態をついていた。
「ええい、くそ。一体どうなってる! 竜核が割れていて、何故まだ動ける!」
ハイクに襲い掛かったのは、間違いなく先の広間に倒れていた機械人形だった。マキナの大剣を胸に刺したまま、太い柱のような二本の腕を顔の前に掲げ、ウルグの攻撃を受け止めている。先程の光の尾は消え失せていた。光球が切れた隙をついて、小型のほうの熱線が背後からウルグを襲った。すんでのところでウルグは身を翻し、熱線をかわしたが、後ろには再び巨人の機械が迫っている。このままでは挟み撃ちにされてしまう。
元々の傷がある為か、巨人の方は動きが鈍かった。銃弾を撃ってくる気配もなく、ただ腕を振り回しているだけだ。弾が切れたか、詰まったのだろう。ハイクはウルグの元へ急いだ。
「ウルグ!」
気付いたウルグもじりじりとこちらに後退し、ほとんどぶつかるようにして背中を合わせる。互いの目線の先には、それぞれ王と巨兵が構え、次の攻撃を放つ準備をしている。息は荒いが、錬金術師の声にはまだいくらかの余裕があった。
「五体満足か。つくづく運だけは良い男だ。その分悪運も強いようだがな」
「あーあ、あんたの皮肉が奴らにも効けば良かったんだがなあ」
うるさい、という返事の代わりにウルグが後ろ手で放った光球が、ハイクの髪を掠め、王の胸の竜核を破壊した。ハイクはにやりと笑う。お怒りのようだ。人形は一度は体勢を崩したが、やはり持ち直し、何事もなかったかのように立ち上がってくる。きりがないな、と憎々しげに呻いたウルグの背に、ハイクは呼びかけた。
「一瞬でいい。でかい方の体勢を崩せるか」
「策でもあるのか」
「無い。無いから、探しに行ってくる」
背中越しに、ウルグが笑ったのが分かった。
「一瞬だと? 誰に向かって物を頼んでいる。おまえが望んだ分だけ、奴の膝を付かせてやろう。一体何をする気だ?」
「見る」
言うより早く、ハイクは巨人目がけて駆け出していた。短い悪態が聞こえた気がしたが振り返らず、跳躍に備えてどんどん加速していく。両脇から、ハイクを追い越して光球が二つ飛んでいった。短い旋光。爆発音と共にもうもうと上がる煙の中で、足場を崩された巨人が地面に跪いていた。
太い左腕が地面に付いている。機械ゆえに表情は読み取れないが、苛立たしげに顔を振ったように見える。
ハイクは迷わず跳んだ。黒光りする腕を伝って上へ上へと駆け上がり、そのまま鉄の頭部に飛び移って、手のひらを押し当てる。
目を閉じる。すべての感覚を右手に集め、魂の奥底で、念じるように強く呼び掛けた。
「見せてみろ」
その瞬間。熱を持つ鋼鉄の胎動が、あるいは、装甲の下の部品の蠢きが、その一つ一つの役割が、螺子と螺子がどのように繋がり、機械を構成し、動力を回しているのかが、手に取るように分かった。さらに深く潜り、ハイクは力の流れを辿る。すると何か所か、巨人の皮膚を突き破り、外へと通じている奇妙な回路が見つかった。
瞼を持ち上げる。実際の時間にすれば、ものの数秒のことだ。巨人を見下ろすと、回路が飛び出していたのと同じ場所から、白く光る鎖が生え、その巨体に巻き付いていた。殴られた時に見た光の尾だ。鎖の先を辿る。鎖はそのまま床を這い、最奥の棺の、さらに裏側へと繋がっている。未だに晴れない闇の向こうに、機械人形とは別の、立方体の何かの輪郭が白く浮かび上がっていた。
もっとよく見ようと身を乗り出したハイクに、巨大な手のひらが迫る。ハイクは舌打ちし、間一髪で飛び降りた。ルーミが送った風が柔らかくハイクの体を包み、落下の衝撃を殺す。ハイクは飛び起き、二人に向かって大きく声を張った。
「棺の裏に何かある。多分、こいつらを動かしている大元の装置だ!」
「なら、話は早い」
ウルグがルーミに目で合図をした。心得たように、ルーミは強く頷く。
「ええ、わたしが止めに向かいます」
頼む、と叫び、ハイクは銃を構えた。視界の端でルーミが走り出す。ウルグはすでに足止めを開始していた。ルーミの背後に移動し、膨らむ熱風に白いローブをはためかせ、二体の機械人形の前に立ち塞がる。まるで、栄誉ある國王護衛の任を仰せつかった騎士のようだった。
「……これ、俺は助っ人に行かない方がいいか」
そうだな、と、さばさばと大鷲が鳴いた。これまでとは比べものにならない大きさの光球を次々と敵に投げつけながら、一歩も進ませぬという無言の圧を発している友人に、ハイクはこっそりと息を吐くしかなかった。しかし、小さな機械人形も最後の足掻きを見せていた。鬼神の形相で熱線を乱射し、光の球を薙ぎ払い、腹の溶鉱炉の蓋が開いて、膨大な熱が収束していく。あまりの熱で周りの空気が歪んで見えた。あれを受ければ、ウルグはもちろん、後ろに居るルーミも一瞬で骨まで溶けてしまうだろう。しかし、ウルグは微塵も引く気配を見せない。ハイクは慌ててウルグの傍に走っていき、肩を掴んで叫んだ。
「おい、ばか、何してる、避けるぞ。ルーミにも合図を」
「必要ない」
「何?」
「もう止まる」
がしゃん、と音が聞こえた。機械人形の左腕が、力を失くしたようにだらりと垂れ下がり、床にぶつかったのだ。人形はきょとんと己の腕を見つめていたが、次第にその目の動きも鈍くなっていく。
ゆっくりと後ろに倒れていく人形の腹から、最期の雄叫びのように、熱線が放たれた。狙いを失くした攻撃はハイク達を大きく逸れ、遥か斜め上方の天井を、バターのように簡単に溶かした。分厚い岩盤に穴があき、外の光がこぼれ落ちてくる。強烈な焦げ臭さと、しゅうしゅうと焼け付く音が漂う中、耳の中だけで、固い鎖が砕け散る音がした。
巨人のほうも、床に倒れて完全に沈黙している。終わったようだ。ハイクは膝に両手をつき、長いため息をついた。呆れた顔で、ウルグがこちらを見下ろしている。
「もう疲れたのか? まったく、大道芸人のような真似をするからだ。いい加減、そろそろ無茶を反省するんだな」
「それ、あんたにだけは言われたくなかったなあ」
「俺が無策で壁になるほど阿呆だったとでも?」
「いえいえ、滅相もございませんよ。旦那様はいつでも冷静沈着でいらっしゃいます」
ちらりとルーミの方を見ながらそう言うと、馬鹿にしているだろう、と言われた。はっきり言う。している。「どちらも子どもだよ」と、大鷲がのんびりと首を振った。
棺の影からルーミがひょっこり顔を出すまでの間、ハイクとウルグの小競り合いは続いた。





(羽紋(前))

!ルーミ・アッティラさん、ウルグ・グリッツェンさん(@Hello_my_planet)をお借りしました

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