飛翔(前)
<< 前 目次 次 >>
ついに、真実を手に入れた。ハイクはすべてのあらましを知り、そして今こそ初めて、己が真に成すべきことを、自分がこの地に導かれた本当の意味を理解した。条件は整い、真なる浜への道は開かれた。結局のところ、ハイクの足元に敷かれていたのは、迷いようもないほどに整然と整えられたただ一本の道筋であり、予定されていた題目であり、長い物語のほんの一節に過ぎなかった。
つまみ上げた弾丸は、限りなく透明でありながらも、珠であった時の虹のきらめきをそのままじっくりと熟成させた色を、その内側に宿していた。指先にしっくりと馴染む、最も慣れ親しんできた武器の形状だ。だが、それすらも、この時のために定められていたことだったのだろう。命を散らす“散の弾”が、五年間肌身離さず持ち歩いてきた銃の弾倉に過不足なくぴったりと収まるのは、このたった一発の弾丸こそが、この、大鷲の頭蓋たる銃が、真に放つべき弾だったからだ。初めからその為に、大鷲はあの時ハイクに銃を渡していたのだ。
ハイクはようやく口を開いた。喉が乾燥し、舌は砂地のようにざらついていた。言葉に出して、真実として確定させるのが恐ろしいという気持ちと、ハイクが認めようが認めまいが、これは間違いなく事実であるという残忍な判決の両方が、胸の中でごうごうとせめぎ合っていた。
「つまり、捕らわれた魂を解放するためには、俺は、おまえを」
大鷲はいつもと何ら変わりなく、ゆったりと返事をした。まるでこれが自分達の日常の延長線上にあるかのような、気さくな表情だった。
「そうだ。殺さねばならん。本来ならば、あの浜ではじめて会った時に、おまえにすべてを明かしておくべきだった……、もちろん、そうしなければならなかった。それが出来なかったのは、ひとえにわたしの意志が弱かったせいだ。浜に居た時のわたしはなあ、ハイク、言うなれば、そこの石像と同じだったのだよ。わたしは、浜で永劫の時を待つうちに、いつしか主と交わした約束に囚われるようになっていた。他の記憶は少しずつ摩耗し、空を翔ける喜び、国を失くした悲しみ、他者と触れ合う楽しみ、そういう、生き物が当然持っていて然るべき感情は、海風にすり減り、乾き、風化していった。金髪のルドラは来なかった。それでもいつか、逃げのびた同胞達がわたしの呼び声に応えてくれる日が来るだろう……そんな期待も、抱き続けているにはあまりにも長い間、わたしは孤独でいすぎた。かつての同胞を信じることすらできなくなっていたのだ。使命への強い執着が、かえって絶望を呼んでしまった。黄昏に食われることもない安穏たる虚無の浜で、いつか死ぬことのみを夢見て、あの時のわたしは生き永らえていた」
ハイクは、檻の中でうずくまっていた、かつての大鷲の姿を思い出した。塩に焼け、砂埃が張り付いた羽毛は、正に目の前に佇む石像のようだった。濁った瞳は、死者の瞼を無理矢理こじ開けたに近しい色をしていた。その姿にほんの少しの哀れみを感じたことは、今でもよく覚えている。
「そんな時だった、おまえたちが落ちてきたのは」
大鷲は、当時を懐かしんでいるのだろう、眩しそうに眼を細めた。
「今思えば、わたしはあの時、この背に圧し掛かる、救われぬ魂達の重みに耐えきれなくなっていたのだと思う。自暴自棄というべきかもしれない。なんだか、もう、すべてがどうでも良いことのように思えてしまったのだ。生者にも死者にも魔獣にもなれぬ苦しみが続くくらいなら、すべて終わりにして欲しかった。だからこそ、わたしはおまえたちに懇願したのだ。わたしの骨を持ち帰らせ、現実の土の下に埋めてもらい、そうして腐り落ちていくことで、わたしはわたしを殺そうとした。だが、……ふふ」
ふいに、大鷲は笑い声を漏らした。初めて聞く、爽快な声だった。
「ああ、ハイク、ハイク。愛すべき人の子よ。おまえは、それを許してはくれなかったな。驚くべきことにおまえは、わたしの牢を破ってしまった。そんなことができる者など居ないと思っていたが……だが、おまえはいとも容易く鍵を砕き、鎖を引きちぎり、鉄格子を崩した。そして、その時、わたしはすべてを思い出したのだ。おまえが思い出させてくれたのだ。飛ぶとは何たるか、喜びとは何たるか、悲しみとは何たるか、……生きるとは、何たるか」
もしもそうすることが可能であったなら、ハイクは今すぐにでも大鷲の嘴に掴み掛り、その口を封じていただろう。これ以上は聞きたくなかった。これ以上本心を吐露しないで欲しかった。これ以上大鷲の心に近づきたくなかった。これ以上、撃つのを迷わせないで欲しかった。あるいは、ただ一言、「死にたくない」と言ってくれれば良かった。それさえ言ってくれれば良かった。その一言さえ言ってくれたなら、ハイクは即座に銃を捨て、手を差し伸べただろう。五年前と同じように。
しかし大鷲は、そのどちらも選ばなかった。自分はもう満足だ、これでもうこの世から未練なく消えてゆける、そんな顔をしながら語るのだ。わたしを殺しておくれ、と。
今、ようやく、ハイクは理解した。あの青の神殿で、壁画を目にした大鷲が逃げ出したのは、むごたらしい戦争の記憶を思い出すのが嫌だったからではない。大鷲は、あの神殿がハイクをアグニへと導くためのものであることを悟り、ハイクと別れなければならないという、その事実を突き付けられることだけを恐れたのだった。
腹の底が、内側からどくどくと熱くなっていく。そこにもう一つ心臓があるのではないかと錯覚しそうなほどだった。大鷲の話は、まだ続いている。
「おまえはわたしに、共に行こうと言ってくれた。目の前に自由が提示された。閉ざされた浜の空とは異なる本物の青空が、おまえの内には拓けていた。それは、いかにしても抗いがたい誘惑だった。そしてわたしはとうとう、己が使命よりも、ただ一匹の鳥としての欲求に屈してしまったのだ。その瞬間までは、兵器たる自分の中にそんなものがあるとすら想像もしなかったが……少しくらい、先延ばしにしてもいいだろう、おまえが弾丸を手にするその時まで、冥途の土産に今の世を見て回るのもいいだろう、そう思い、手を取った。その先は、知っているだろう? わたしは結局、おまえの中に入ってからも、ただの一言さえも自分の過去を明かすことはできなかった。それほどまでに、おまえとの旅は楽しかった。鮮やかな世界に心が躍った。まだ、真相を明かさずともよい、時期を誤ることで、おまえに必要以上の苦悩を与えるようなことがあってはならない、そう自分に言い聞かせた結果、しかしおまえは今、より多くの苦しみと悲しみを背負っている。……ああ、ハイクよ、わたしは永遠にこの時が続いてゆけばよいとすら、思っていたんだ。より齟齬のない言い方をするならば、わたしは……死にたくなかった」
大鷲の言い方が気に食わず、ハイクは鋭い視線を大鷲に向けた。死にたくなかった。……なかった、だと?
腹にわだかまる熱が、より質量を増した気がした。赤い炎が円陣を描き、体内を舐め上げていく。
「まるで、昔のことみたいな口ぶりだな」
「そうとも、何事も昔のことになっていくのだ、ハイクよ。時は進まねばならん。浜は壊れねばならん。おまえのようにわたしも、先にゆかねばならんよ」
「おまえが行きたがってるのは先じゃない。ただの破滅だ」
「それでも、わたしにとっては安らぎだ。なに、心配することはない。ゆりかごへと赴けば、自然とわたし達の魂は分離するだろう。だから、撃ったとしてもおまえが死ぬことはない。安心していい」
ハイクの中で、何かが切れる音がした。
「そんなこと——そんなことはどうだって良い!」
灼熱の炎が、ついに声となって口から噴出した。魔獣の咆哮のように、ハイクの声は狭い部屋に轟き、反響を繰り返した。セイファスが驚いてハイクを見つめる。その視線すらも今は鬱陶しかった。ハイクは苛々と頭を振った。
「どうでもいい! どうでもいいだろうが、そんなことは!」
「ハイクよ」
「俺は!」
大鷲を遮り、ハイクは更に声を荒げた。最早自分の声とは思えなかった。目に映るすべてが気に入らなかった。憐れみの目を向けてくるセイファスも、行儀よく立っている石像すらも気に食わず、蹴り飛ばして砕いてしまいたかった。焼けるような音の塊を吐き出す度、沸き上がる熱で喉が痛み、脳が揺さぶられ、視界にちかちかと火の粉が舞った。声ではなく血を吐いているのではないかと錯覚しそうになる。自分は今、何に激昂しているのだろう。それすら見失いそうだった。
「俺はそんな話がしたかったんじゃない! 俺の生死なんかどうでもいい! 死なないから安心しろだって? だから殺せっていうのか? おまえ、今更俺におまえが撃てると本気で思って」
「だが、撃てるだろう?」
言葉が出ない。横っ面を強く殴られた気分だった。怒りのあまりに忘れかけていた事実を、ハイクは思い出した。そうだ、そうとも、自分は撃てる。すでに“一度撃って”いる。身体をのたうち回っていた炎が、今度は急速に冷め、黒々とした溶岩となって流れ落ち、腹の底でずしりと凝固した。それは、マキナの額に狙いを定めたあの時と、まるきり同じ冷たさの岩だった。心臓は相変わらず激しく打っているのに、今は逆にその音が、ハイクの頭を鎮めていく役割を果たしている。
あの頃はまだ、まだ見ぬ真なる史の語り部が、暗に探索者を試し、選り分けるために、命と真実の選択を迫っているのかと思っていた。しかし、それはハイクの思い違いであった。選択は始めから為されていた。天秤などというものは最初から存在しておらず、そして今は、不幸な無数の魂と、一羽の大鷲の命を比べ、どちらかを選択する必要すらも無いのだということを、冷静さを取り戻したハイクははっきりと理解していた。どちらかを選ぶのではない。どちらも救う手立てが、これしか残されていないのだ。
大鷲は、少しばかり目元を緩め、言った。
「おまえは、おまえのその冷静さを、もっと誇るべきだよ」
そんなこと、できる訳がなかった。認めたくなど無いに決まっている。友を撃つ自分自身を喜んで受け入れる人間が、一体どこに居よう。
ふいに、このまま弾を床に叩き付け、粉々に砕いてしまいたいという強い衝動に駆られた。だが、そう思う反面、ハイクの身体は動かなかった。ほんの一瞬前まで暴れたくて堪らなかったのが嘘のように、凍りつき、硬直している。大鷲の言う通り、ハイクの内の冷静さが、そうすることを躊躇わせるのだ。この弾丸は、皆を永劫の檻から解放するための最後の希望なのだから、と。
ハイクは力無く右腕を下ろし、手の中で弾を握りこんだ。せめてそうすることで、この繊細な弾丸に一筋でもひびが入りはしないかと期待したものの、弾はハイクが普段扱っている鉛の弾と同じように、ハイクの力を内側から強く押し返すばかりだった。
「ハイクよ、こういうことを言うと、またおまえは激昂するかもしれないがな。わたしはすでに、何度か肉体の死を経験しているだろう? 魂まで撃たれたことはないが、きっと、似たようなものなのではないかと思うんだよ。むしろ、血や神経が通っていないぶん、痛みはないかもしれない」
「だから、気がねせずに撃ってくれ、そう言いたいのか」
「ああ。おまえは自分に責め苦を課す必要も、後悔に苛まれる必要もない。おまえが次への引き金を引いてくれるのなら、わたしにとって、これほど幸福なことはない」
胸が潰れそうだった。いっそこの弾丸で大鷲もろとも自分の魂をも貫けてしまえたのなら、大鷲を失う痛みを消し去ることもできたのかもしれない。だが、そうすることに、一体何の意味があるだろう。例え銃で穴を穿とうが穿つまいが、ハイクの魂に、大鷲が居たその場所に、ぽっかりと巨大な空洞が出来ることは決められているのだ。約束されていたのだ。そしてそれは、他の誰でもなく、五年前にハイク自身が選択し、掴み取った結果に他ならないのだった。
沈黙を貫いていたセイファスが、その時初めて口を開いた。ハイクに対して礼節の限りを尽くさんとするかのように、老人は重々しく囁いた。
「おまえさんは、いかなる選択をしてもよいと思う。半身として、互いのすべてを分かち合ってきた友を手にかけさせるなど……ましてやそれを強いるなど、どうしてできようか」
セイファスは、そこで一旦言葉を区切り、口を薄く開いて息を落とした。その一挙一動が、追憶の浜で頭を下げていた青年に似ているな、と、ハイクはぼんやりと考えていた。
「だが、アグニの長として、それでもわたしは、おまえさんに願わねばならぬ。わたしを軽蔑しなさい。おまえさんのその怒りは、むしろわたしにこそ向けられるべきだ」
一体あとどれだけ、彼らは許しを請わなければならないのだろう。セイファスは、大鷲の主は、その息子は、アグニの血筋の人々は、一体あとどれだけの間、そうして自らの足に枷を嵌め続けなければならないのだろう。セイファスは、ゆりかごの錠の存在も、その錠が大鷲の中に取りこまれてしまっていたことも知らなかった。錠と大鷲の融合は言うなればただの事故であるし、自らの無知ゆえに浜の牢を破壊し、大鷲を外に出したのはハイクだ。それでも、セイファスはハイクに頭を下げる。深々と腰を折り、ハイクの助けを懇願する。自分達ではなく、他者の魂を救うために。
ハイクは、ゆっくりと、ゆっくりと、右手をガンベルトへと持っていった。腕を構成するすべての筋肉が硬直し、脳からの指令を拒否して軋む。血が止まったように指が冷たい。それでも、動かすのをやめなかった。心臓の音がこんなにも早く、うるさく胸板を叩くのは初めてだった。留め金を外し、中から拳銃を取り出すと、銃は吸い寄せられるようにぴったりとハイクの手に収まった。丸いシリンダーを横に滑らせ、すべての弾を取り出していく。空になった弾倉の一発目の部分に、輝く散の弾を押し込み、そっと元に戻し終えると、親指でハンマーを操作する。かちり、というかすかな音がして、装填の一切が完了するまで、大鷲も、セイファスも、瞬きの間すら惜しむように、ハイクの手元から目を離さなかった。
本当の意味で完全無欠となった銃は、ハイクの手の中で、天井から降り注ぐ光を鈍く反射していた。全体に満遍なく光が当たったことで、表面に付いた沢山の傷の一つ一つが露わになり、克明に浮き上がっている。内なる大鷲は、健常な黄色い左目と、白く濁った右目の両方で、ハイクの目を見つめた。すぐに顔を背けたハイクに、それでも大鷲は、丁寧に頭を下げた。
「ありがとう、わが友よ」
出発は明日の朝にする。手の中の銃を見下ろしながら、セイファスにどうにかそう伝えたのを覚えている。
涙は出なかった。
*
地上に戻ると、すでに日はほとんど落ちかけ、都市の丸い空の外側へと太陽は姿を隠していた。円形広場の半分は西日でほのくらい朱に染まり、もう半分は、くっきりと濃い影に覆われている。昇降機から下りると、セイファスはちょうど朱と黒の境界線のあたりで立ち止まり、懐から短く細い笛を取り出して、鋭く吹いた。ほどなくして、赤い雲の中に小さな黒い点が浮かび上がる。眺めていると、点はやがて一羽の鷹となり、優雅に都市のすき間を滑空して、伸ばされたセイファスの腕に着地した。老人が鳥使いを職にしているというのは本当だったようだ。
「アグニの民は昔から、生き物を扱う才に恵まれておるようでの」
セイファスは、人差し指で鷹の翼をくすぐるように撫で、行ってくれるかのう、と囁いた。鷹はセイファスの指を一度だけ甘噛みすると、再び翼を広げ、空へと飛び立っていった。
「おまえさん達が、咆哮を歌に変えたのと同じことだ。あの鷹も、谷の兵の子孫なのだよ」
鷹を見送るうち、広場の影はするすると面積を広げ、ハイクとセイファスを包み込んでいった。都市に日が当たる時間は少ない。セイファスは再び歩き始めた。
「これで、朝には迎えが来るだろう。来なさい、休むための場所がある」
セイファスは、裏通りにある民家へとハイクをいざなった。小さいが、きちんとした木造の二階建ての家だ。後から建てられたようだった。居間には暖かな毛布や薪、数日を過ごすのに十分な水と食料の蓄えがあり、地下の機構を維持管理するために、時折アグニの民が使っているのだとセイファスは教えてくれた気がするが、ハイクはその大半を聞き流してしまっていた。暖炉に火をくべ終えると、ハイクは厨房でパンとチーズを切り、鍋に湯を沸かし、干した野菜と肉で簡単なスープを作った。
「事を為す役目を、他の仲間に託してはどうかのう。まだ、ルドラの民にも生き残りはおるのだろう? 時間がかかるかもしれないが、やはり……。もちろん我らも、全霊で捜索にあたろう」
味のしない晩餐のあと、セイファスはそう提案した。しかしハイクは、頑としてそれを受け入れなかった。自分以外の者が大鷲を撃つ場面を想像するだけで、気がおかしくなりそうだった。ハイクは空になった皿から頑なに視線を逸らさず、「無謀だ」と言った。
「あの緑の遺跡の一帯にも、黄昏は迫ってる。探しに行っている時間はない」
「しかし」
「さっ、話は終わりだ、じいさん。色々ありすぎて、もう疲れちまったよ。明日は一世一代の大仕事なんだし、今のうちに寝とこうぜ」
ハイクは膝を叩いて立ち上がり、肩が凝ったふりをして右腕をぐるぐると回した。こちらに休む気がさらさらないことは分かっているだろうに、セイファスは静かに、二階の部屋を使いなさい、とだけ言った。
夜更け、暖炉の火も消え、家が静まり返った頃合いを見て、ハイクは部屋を抜け出した。セイファスは隣の部屋で眠っている。玄関から外に出れば、そこはわずかな焦げ臭さが漂うだけの、完全な闇の世界だった。ランタンに火を灯し、ハイクは大通りを東へと進んで行く。かつてルドラの先祖達が駆け抜けた道だ。そう思うと、不思議と親しみすら湧いてきそうだった。
円形広場に戻ると、ぽつりぽつりと、隅の水晶灯に青白い明かりが灯っていた。セイファスが気を遣ってくれたに違いない。ハイクは溜息をついてランタンを下ろし、左手にぶらさげると、辺りをぐるりと見回し、ほどなくして目的の建物を見つけた。
尖塔は、上半分がぽっきりと折れてしまっていたが、周囲が辛うじて原型を保っていたお陰で、なんとか見分けることができた。追憶で見た、金髪のルドラが最後に立っていた場所だ。月を背負った彼はどこまでも勇壮だった。大鷲が、なつかしい、と、しみじみと頷いた。
大鷲と過ごす最後の夜がこれほど唐突にやって来るなど、考えたこともなかった。死の突然さと必然性は十分に分かっていたつもりだったが、この不思議で特別な大鷲だけは、その理から外れているような気がしていた。しかし、こうして蓋を開けてみれば、大鷲もまた、ただ一つの命であり、生と死が尊重されるべき一つの個体であり、世界の大きな流れに逆らえなかった、惨めで悲しい存在に過ぎないのだ。
大鷲が、自分達となんら変わらない平凡な存在であることに、ハイクはこの時、ようやく行き当たったのだった。
「なあ、ハイクよ」
「なんだ」
「わたしは思うのだがなあ。黄昏は、人が生んだものではないかな」
「旧時代の兵器かもしれないって話か。前にジュスとボルボロッサと話した」
「ううん、というよりも、そうだな……造られた兵器というよりは、もっと人に近しいものを感じるんだ……、そう、たとえば借り物の力が究極にまで高まった結果呼び出された、大きな力の成れの果て、というのはどうだ」
ハイクは息を呑み、大鷲を凝視した。思わずランタンを取り落としそうになる。
「借り物の力だって? あれが? まさか」
「落ち着け、落ち着け、ただの仮説だ。だが、青の神殿で見ただろう。借り物の力を使って戦う人々を。アグニの人々がより強力な兵を求めたように、他の誰かがより強大な力を使って大戦の勝者となろうとしたって、不思議じゃないだろう」
ハイクは黙りこくった。原因不明の厄災や、人や動物の魔獣化、それらがすべて、人間から生まれた力によって生じたものだったとでも言うのか? だとしたら、自分達が戦っていた相手は何なのだ。誰なのだ。結局の所人だったということか? 戦の時代を終え、人が人を殺すなどどうかしていると歴史を詰っておきながら、結局は同じ過ちに手を染めていたと言うのか?
「いいや」
ハイクは首を振り、奔流のようなその考えを断ち切った。
「ありえない、そんなことは」
「そうかもしれない。わたしにも、真実は分からんよ。だが、そんなようなことを、おまえと共に終いまで探求し尽くしてみるというのも、悪くなかったのだろうな、と思ってな」
「できないから、せめて最後に自分の論を話しておこう、ってわけか」
「まっ、そんなところだ」
「おまえ……前からそんな喋り方だったか?」
「ふふ、少し、おまえの声を聞きすぎたのかもしれないよ」
会話は苦もなく続いた。適当な塔の残骸によじ登り、そこからは普段と変わりなかった。言葉を交わし、歌も少しだけ歌った。
「おや」
ふと気づくと、周りが明るくなり始めていた。見上げた丸い火口の淵が金色に光るさまは、やけに美しく、感動的に思えた。もしかしたら大鷲がそう感じたのかもしれない。薄黄色い光の中に、灰の都が色づいていく。
「……朝だ」
二人同時に、呟いていた。