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自分にしか咲かせられない花

今日のおすすめの一冊は、渡辺和子氏の『どんな時も人は笑顔になれる』(PHP研究所)です。その中から「他人とちがった人間になる」という題でブログを書きました。

本書の中に「自分にしか咲かせられない花」という心に響く文章がありました。

ある人が送ってくれたその詩は、英語で「Where  God  has  planted  you,  you  must  bloom.」という言葉で始まっていました。 その人の自作なのかどうか、いまだにわかりません。 

神が置いてくださったところで /咲きなさい/仕方がないと諦めてでなく/「咲く」のです。 「咲く」ということは /自分が笑顔で幸せに生き /周囲の人々を幸せにするということです。 

「咲く」ということは 周囲の人々に、あなたの笑顔が /私は幸せなのだということを示して生きるということなのです。/“神が私をここに置いてくださった /それは すばらしいことであり/ありがたいことだ”と

あなたのすべてが /証明することなのです。

「咲く」ということは /他の人の求めに喜んで応じ /自分にとって /ありがたくない人にも /決して嫌な顔 /退屈げな態度を /見せないで生きることなのです。 

その頃の私は、若くして思いがけず与えられた管理職の重みに耐えかねて、口には出さずとも「今の仕事さえしなかったら、今の立場にさえ置かれていなかったら」と、心の中に呟(つぶや)くことの多い日々でした。 

人間は一人ひとり花です。 小さい花もあれば大きい花もあり、早咲き、遅咲き、色とりどり店頭に飾られ、買われてゆくのもあれば、ひっそり路傍で「花の一生」を終えるのも多いでしょう。 

花の使命は咲くことにあります。 他の花と比べて優劣を競うこともなければ、どこに置かれるかにもなく、自分しか咲かせられない花を一番美しく咲かせることにあります。 

それは決して「迷い」のないことを言っているのではありません。 もっと日当たりの良いところだったら、もっと風当たりの少ないところだったら、もっと広々としたところだったらと、嘆くことがあってもよい。 

そんな思いを抱いてもいいのだけれども、それにのみ心を奪われて、みじめな思いで一生を過ごすのではなく、置かれたところで精いっぱい、それも詩の中にうたわれているように「咲く」こと、それがいつしか花を美しくするのです。 

《人の使命とは 自らが笑顔で生き、周囲の人々も 幸せにすること。》…自分にしか咲かせられない花を、どこに置かれても、精いっぱい咲かせよう。 

◆中国の明末の書 「酔古堂剣掃(すいこどうけんそう)」の中の一節にこんな言葉がある。 

《野花艶目 不必牡丹 村酒酔人 何須緑蟻》

 『野花も目に艶(あで)やかなり。 必ずしも牡丹(ぼたん)ならず。 村酒も人を酔わす。 何ぞ縁蟻(えんぎ・美酒の異称)を用いん』

 “野に咲く花も目にあでやかである。 必ずしも牡丹(中国の代表的な花)でなければならないことはない。 村の地酒も人を酔わせる。 何も銘酒でなければならないことはない” 

野にひっそりと咲く花も、また美しい。 人も同じで、無名であっても有力な人もいる。 逆に、有名であっても無力の人もいる。 花は花として、自分の花を精いっぱい咲かせる。 置かれたところで… 自分独自の花を咲かせたい。

今日のブログはこちらから→人の心に灯をともす


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