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なにもしない贅沢
今日のおすすめの一冊は、大前研一氏の『日本の論点 2025―26』(プレジデント社)です。その中から「アンダーツーリズムとは」という題でブログを書きました。
本書の中に「なにもしない贅沢」という心に響く文章がありました。
今、世界で人気があるのは、「何もない」ところを開発したリゾート地だ。元々欧米の富裕層は、名所旧跡や観光施設で混みあう街よりも、何もなくて一般の観光客がやってこない地域でのんびりと長期滞在することを好む傾向がある。
トレンドの牽引役となっているのは、スーパーラグジュアリーリゾートホテルの「シックスセンシズ」だ。創業者はインドの大富豪ソヌ・シヴダサニ氏で、妻エヴァにモルディブの島を1つプレゼントした。
1995年、その島に建てたリゾート「ソヌバフシ」(夫妻の名前「ソヌ&エヴァ」と、モルディブ語で青い鳥を意味する「フシ」を組み合わせた名前)がシックスセンシズの始まりになった。
ソヌバフシはただの島であり、砂浜に続く青い海と空以外、何もない。チェックイ ンで渡される布袋には、「No News, No Shoes」の文字が書かれてある。 チェックアウトするまでこの島で新聞は読めないし、靴はその布袋に入れてフロントに預けなければならず、島内ではずっと裸足で過ごすというわけだ。
施設は客室とレストランだけである。客は何もないところで、何もしない時間を過ごす。それが最高の贅沢なのだ。
同じくモルディブにあるシックスセンシズラームも、何もないことでは負けていない。あるのは水上コテージだけで、そのシンプルさが世界の富裕層を引きつけている。シックスセンシズを例に出したが、他のラグジュアリーリゾートも、最近は「何もない」をコンセプトにして人を呼んでいる。
1泊100万円を超えるラグジュアリーリゾートの草分けである「アマンリゾート」もそうだ。 フィリピンの島にあるリゾート「アマンプロ」は、10~16時の間は基本的にサービスはなしだ。朝食後、従業員が船で好きな場所に連れて行ってくれて、夕方に迎えに来るまで、一日中、他に誰もいないビーチに放っておかれる。
ランチボックスと船による送迎で1泊100万円以上は高いと感じるかもしれないが、富裕層は誰にも邪魔されずに家族や恋人と過ごすためなら喜んでお金を払う。世界では「何もない」「誰もいない」に価値があるのだ。
とはいえ、本当に「何もない」ところに外から人はやってこない。これからのリゾートに共通しているのは、豊かな自然に囲まれている点だ。青い海や星空、生い茂る緑やきれいな空気。何にも煩わされることなく自然を堪能できるので多くの人が訪れる。
タイのサムイ島にあるシックスセンシズサムイのレストラン「ダイニングオンザロックス」は、自然環境を見事に取り込んでいる。レストランが建っているのは崖の岩の上だ。270度のパノラマビューで、見渡す限り他の建物はない。夕陽を見ながらディナーを始めるのだが、テーブルの間隔が広く、かがり火にぼんやりと照らされた他の客すらも風景の一つになり、ゆったりとした時間を楽しむことができる。もちろん食事は言うまでもない。
これらの地域は50年前まで、地元の人が見向きもしない無人島や寒村だった。しかし、適切に開発すれば世界の富裕層が集まり、地域が潤うリゾートに変わった。まさにアンダーツーリズムがスタートだったのだ。
実は日本列島にも、素晴らしい景色が堪能できる「何もない」な場所がたくさんある。日本を旅したことのある人であれば、思い当たる場所がきっとあるはずだ。にもかかわらず、そこには富裕層がお金を落としたくなるようなリゾートがない。
すなわち、日本が誇る観光資源を活かしていないのだ。たとえば、長崎県佐世保市の九十九島(くじゅうくしま)は、複雑に入り組んだ海域に浮かぶ大小さまざまな群島がまさに絶景であると言える。
しかし、まともな観光リゾートがないため、観光客は昼間に九州側の展望台から景色を見て、夜は佐世保市街など他の地域のホテルに泊まってしまう。西岸にある九十九島の景色が本当に美しいのは夕日が沈む時間帯なのに、それを楽しめるリゾートがない。同じように四国の西側、とくに愛媛県宇和島市から高知県の足摺岬までのエリアも素晴らしい。
アンダーツーリズムに向いた魅力ある地域がいくらでもあるのに、日本の観光産業はそこに目を向けてこなかったのだ。
◆富裕層ではなくても、現代人には時に「何もしない贅沢」が必要だ。山の中の一軒家の旅館や離れ。そこには温泉と、ご当地ならではのおいしい料理がある。観光地を何か所も周ったりするのではなく、どこへも行かず、宿で終日まったりとした時間を過ごす。日頃のあわただしさを忘れる贅沢な時間の過ごし方・・・。
これからの観光に最も必要な視点だ。
「何もしない贅沢」という言葉を胸に刻みたい。
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