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笑うと「瑞気」がやってくる

今日のおすすめの一冊は、岡本彰夫(あきお)氏の『神様にほめられる生き方』(幻冬舎)です。その中から「曖昧さを受け入れる」という題でブログを書きました。

本書の中に『笑うと「瑞気」がやってくる』という心に響く一文がありました。

目に見えないものは存在しない。はたして本当にそういい切れるのでしょうか?電波や音波は、見えないけれど存在します。だから目に見えない世界が「ない」とは断言できないわけです。


「瑞気(ずいき)」とは「めでたい気」「新鮮で、かつ美しい気」という意味ですが、昔の人は、この「瑞気」をいかに家や体に取り込むかに苦心したものです。


たとえば神棚に飾る榊(さかき)の枝は、毎月1日と15日に取り替えます。榊は「栄える樹」で「サカキ」。つまり、榊の持っている、常に栄え続ける瑞々(みずみず)しい気を家の中に取り込むために飾る。


「健全なる肉体に健全なる精神が宿る」というのは、西洋の考え方です。東洋ではその逆で、「魂を健全にすれば自ずと肉体も健全になる」と考え、魂をいかに健康に活発化するかということを大切にしました。


家に「瑞気」を呼び込むのは、魂に活力を与えるための行為です。正月に正装をし、いつもと違う雰囲気に身を置くことも、「瑞気」を呼び込むための方法の一つです。家を建てるときは、地鎮祭をして祝い、上棟祭をして祝い、落成してまた祝います。そしてその都度、大工さんにはお酒やご祝儀をさしあげます。


ところが最近は、建築の契約金の中にすべて含まれているという理由で、「ご祝儀なんて無駄なことだ」と考える人が増えているようです。昔の人は、なぜ、無駄と思えるようなことをしたのでしょう。


それは人を悦(よろこ)ばせるためなのです。つまり、地鎮祭や上棟祭にお酒やご祝儀を出して、宴をし、大工さんや職人さんに悦んでもらう。その悦びの歌声や笑い声が「瑞気」を呼びます。その瑞気を新しい家に取り込むと、そこに住む人は幸せになれます。こんなふうに、昔の人は常に物事を活性化することを考えていたのです。


「瑞気」を呼ぶと家が栄えます。来客が多い家は栄えるといいますが、人々で賑わい、談笑が絶えないと活気が家に充満し、繁栄をもたらすのです。家だけではありません。人もそうです。陰気な人では瑞気は呼べません。何事にも前向きで陽気な人には瑞気も集まってきます。


笑うことが大切で、神様もよくお咲(わら)いになることが『古事記』にも書かれています。


中村天風師は、原因不明の難病になったとき、師匠であるカリアッパ先生から、「いくら体の具合が悪くても、心の具合まで悪くなってはいけない」と教えられたという。「今日は体の具合が悪い」といくら言ったとしても、それで治ることはないからだ。

それよりも、「心はさわやかだ」「どんどん元気が出てきた」と先に心を喜ばせた方が、体もつられてよくなっていく、と。

東洋では、「魂を健全にすれば自ずと肉体も健全になる」と考える。つまり、明るく笑っておおらかにすごし、魂が健全であれば、自ずと、めでたいことが玄関先に集まってくるという、「瑞気集門」

人に喜んでもらい、笑い声の絶えない職場や家でありたい。

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