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アメリカンチェリーに憧れる

私は昔からアメリカンチェリーに憧れている。理由は簡単だ。子どもの頃、“アメリカンチェリーは体に悪い物”と刷り込まれ、口にしたことがなかったから。
健康志向の母は、国産の食べ物にこだわっていて、特に皮を剥いて食べられないものは、日本原産のものしか購入しなかった。本当はすべて国産を食べたかったらしい。けれど、バナナやグレープフルーツはなかなか国産のものは売られていなかった。皮を剥けば大丈夫ということで、それらは食べていたけれど、アメリカンチェリーだけは絶対買ってもらえなかった。

海外の果物や野菜は農薬がたくさん使われているから、体に悪いという理論らしい。じゃあ無農薬ならいいのかと思うけれど、無農薬なら無農薬で寄生虫とか虫の問題もあって、どっち道、体内に入れてしまえば大差ないと大人になってから気付いた。


さくらんぼと言えば佐藤錦しか食べたことがなかった。お弁当にアメリカンチェリーが入っている友達がなんだか少し羨ましかった。食べられないせいか、憧れは強く、中学生頃に輸入雑貨店で購入したアメリカンチェリーの絵柄が缶に描かれたチェリー味のキャンディはとてもおいしく感じられた。(あの飴、どこかで売られていないかな…。)

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そんな母の元で育った私は高校生くらいまでは母と同じくけっこう痩せ細っていた。母と同じものを口にしていたから当然だ。妹はどうやら摂食障害を発症し、痩せるどころか健康を害した。同じものを食べていたわりに、妹は太っていたのだ。思春期になると痩せ願望が現れ、摂食障害はやがて精神疾患へ発展した。

私はというと、摂食障害ではないけれど、母と同じくなかなか偏食だった。みんなと同じようなものが食べられない。中学校の修学旅行ではせっかく中華街に行っても、おやつに持参したフランスパンをかじっていた記憶がある。

大学生くらいになると、自由に好きなものを食べられるようになったので、みるみるうちに太った。食の変化というのは恐ろしい。それまで食べられなかったものを好奇心で食べているうちに体重は増えていった。気付けば20歳の頃と比べて、20キロくらい増えた気がする。

母はいまだに自分の食生活を貫いている。なるべく三食手作りで、薄味で、自分の好きなものだけ食べて生きている。なのに、あまり健康的とは言えない。痩せすぎているから。今は妹の病気もあって、母は自由に外出できず、買い物全般、私が引き受けている。

母と妹のこだわりの食物を買い集めるのはなかなかたいへんだ。毎日必ず食べる物が多すぎる。最近は二人各々がそれぞれ続けて食べているものが違って、両方全部買わなきゃいけないから、疲れる。

朝のサプリ数種類、栄養ドリンク、毎日の飲み物(緑茶、抹茶、麦茶、野菜ジュース、炭酸水、コーヒー、カルピス、牛乳)、午前と午後のおやつ(和菓子、バナナ、パン、豆類、チョコ、コーヒー風味手作り寒天)、朝ごはん(白米、卵、納豆、焼き海苔、ちくわ、きのこ、野菜、みそ汁(具材は豆腐、野菜)など必ず)、昼食(カレーの材料、麺類、たまに炊き込みご飯)、夕飯(豆乳、もやし、チーズ、白米、肉魚、野菜、果物、みそ汁、和食中心の材料たくさん)などなど…。これらを毎日欠かさず二人は食べているので、材料を切らさないように買うのが本当に一苦労で。疲れる。傍から見れば健康的な食事だろうけど、これを365日ほぼ休まず続けているのだから、買う方も調理する方もたいへんだ。私は主に買う係なので、まだマシだけれど、調理係の母はいくら自分のためとは言え、疲弊している。健康を気にするあまり、返って健康を害しているんじゃないかと思ったりする。

そんな母の元で育ったから、私は料理があまり得意じゃないし、好きでもない。友達からはいつもおいしいもの食べられていいねって羨ましがられた頃もあったけれど、どうなんだろうと考えてしまう。昔はおやつもいろいろ手作りしていて、今以上に食に凝っていた気がする。

添加物少な目でたしかに体には良いのかもしれないけれど、精神的にどうなのかなと。たまには手抜きしないと疲れるんじゃないのかなと。母も妹もムキになって自分の理想の食生活を貫いているけれど、大丈夫なのかなと思ってしまう。私が言ったところでどうにもならないけれど。

何しろ一番不健康っぽい私が言ったところで説得力がない。不健康になって当然だ。お惣菜とかインスタントとかよく食べてるから。たまには作るけれど、今は料理する時間があるくらいなら、書いていたいから。真剣に2時間くらい料理する時間があるなら何かを書いていたい。

そんな私は5月下旬の週末、お惣菜を買うついでに、ついつい旬のアメリカンチェリー小1パックを手に取ってしまった。ひとりで食べきれる量の一番少ないものを。高揚感となぜか少しばかり罪悪感に襲われた。幼い頃、刷り込まれた“アメリカンチェリーは悪”という論理はいまだに拭えない。

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滅多に食べられないアメリカンチェリーを食べる前にたくさん撮影した。撮りまくった。本来はそう使うものではないと分かっていて、前に買って使う機会のなかった蝶のマドラーにチェリーを乗せてみた。お酒は苦手なので、ノンアルコールのカシスオレンジテイストの炭酸飲料にアメリカンチェリーがよく映えた。ちょっとしたカクテルに見えないだろうか。これを誰と一緒に飲むわけでもなく、ひとりでじっくり味わった。チェリーはチェリー。佐藤錦を少し派手にしたような味。あのキャンディの味にちゃんと似ている。甘酸っぱくて、ちょっと罪の味。おいしいけれど、やっぱり私は佐藤錦の方が好きかな。アメリカンチェリーはたまにしか食べられない。自分にとっては永遠の憧れの存在であってほしいから。

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