見出し画像

『くまとやまねことゆかいな仲間たちによる音楽団の物語~「海のはじまり」によせて~』 (後編)

前編の続き

「やまねこくんにも、みんなと同じように大事な存在はいるのかい?」

たぬきがやまねこにたずねると

「うん…まぁね。でも今は内緒。」

とはぐらかすように、やまねこは言いました。

「みんな話したのに、やまねこくんだけ話さないのか。」

きつねは嫌味ったらしく言いました。

「今夜は話さないだけで、そのうち話す時が来ると思うから。」

やまねこはきつねに、ほほ笑みました。

「まぁまぁ、いいじゃない。話したくなった時に話せばいいんだから。こういう話は無理に聞き出すものではないし。みんな、おなかすいたでしょ?ごはんにしよう。」

やまねこをかばうように、たぬきは身体が温まるごはんを用意しました。

「ありがとう、たぬきくん、雨宿りさせてもらっている上に、ごはんまで食べさせてくれて。」

「本当に、ありがとう。球根や植木鉢ももらったのに、ごはんまで。」

「たぬきくんのスープとってもおいしいよ。」

「木の実入りのスコーンもおいしいわ。」

六人でごはんを食べた後、六人で眠りました。あらしの夜のはずなのに、とても幸せに満ちた温かな夜でした。

 

 「おはよう。ちょっと早起きして、ほら穴の外へ出てみたんだけど、あらしは過ぎ去ったみたいだよ。」

たぬきはみんなを起こすと、朝ごはんを用意しました。

「おはよう、たぬきくん。朝ごはんまでありがとう。」

「あらしが去って良かったわ。」

「たぬきさんの家のおかげで、あらしを忘れていたわ。」

「たぬきくん…もし良かったら、たぬきくんもぼくらの音楽団の一員にならないかい?たぬきくんの宝物の山を見てたら、ウィンドチャイムみたいな楽器も見つけたから、それで参加してくれないかな?旅をしていればいつか海にも行けると思うよ。」

やまねこはたぬきを音楽団に誘いました。

「たしかに古いウィンドチャイムも拾ったんだけど、使ってなくて…。でもみんなの演奏を聴いていたら、ぼくも楽器を始めてみようって気になったよ。せっかく拾った楽器だから、使ってみるよ。でも、ごめんね。音楽団には入れないや。」

「どうして?」

「たぬきさんも私たちと一緒に旅をしてくれたら、もっと楽しくなるのに。」

「きみたちのことは好きだし、一緒に旅をしたい気持ちはあるよ。音楽だってやってみたい。けれど…きみたちのおかげで気づいたんだ。ぼくが拾っている捨てられたガラクタが役に立つこともあるって。もう少しきれいに片づけて、これからも必要とする人たちにあげたい気持ちになったんだよ。この家にいて、例えばあらしの夜には、困っている人たちを泊めてあげたいって思うから、ぼくはここに残るよ。」

たぬきはシャララランとウィンドチャイムを揺らしながら、にっこりほほ笑みました。

「そうだな…たぬきくんみたいにひとつの場所にいるって選択も大事だと思う。集めた宝物の山の管理はたぬきくんにしかできないことだし。」

たぬきの気持ちを分かったように、きつねも目を細めました。

「そうよ、自分で選んで決めることが大事だと思うわ。だから私は…あなたたちについて行くことにするわ。その球根が…何色の花が咲くのか気になるし。」

あひるはのうさぎが持っている球根を見つめながら、ちょっと照れたように小声で言いました。

「えっ、ほんと?あひるさんもぼくらの音楽団に入ってくれるなんてうれしいな。」

やまねこたちは喜びました。

「音楽団に入るとは言ってないわよ。旅について行くって言っただけ。」

あひるはいつものようにツンとした態度に戻って言いました。

「それでもいいよ。音楽団に入らなくても、きみがぼくらと一緒にいたいって思ってくれたことがうれしいから。」

くまもにっこりほほ笑みました。

 

 「最後に…くまくんとやまねこくんに渡したいものがあるんだよ。たしかこの辺に…。」

別れ際、たぬきはガラクタの山から小さなフレームに入った少し汚れた絵を差し出しました。

「この絵って…。」

それは虹が架かる空の下で、やまねこはバイオリンを、くまはタンバリンを仲良く演奏している絵でした。

「くまくんとやまねこくんに似てると思わないかい?」

「たしかに似てるわ。」

「くまくんとやまねこくんにそっくり。」

のうさぎやきつねも絵をのぞき込みながら言いました。

「森の外れで拾ったんだ。ずいぶん古い絵みたいだけど…良かったら、くまくんとやまねこくんが持ってて。」

やまねこはその絵をじっと見つめながら言いました。

「たぬきくん、ありがとう…。この絵、大事にするよ。ぼくの宝物にするよ。」

やまねこの目にはうっすら涙がにじんでいるように見えました。

「良かったわね、やまねこさんにくまさん。」

「うん、ぼくもうれしいよ。まるでやまねこくんとぼくの絵みたいで。」

くまも目を細めて喜びました。

「またいつでも遊びに来てね。あらしの日じゃなくても、大歓迎だから。」

「うん、いつかまた必ず来るよ。きみも音楽団の一員だもの。」

「たぬきくんのことは忘れないから。海に行けたら、おみやげ話を持って帰ってくるね。」

「私はたぬきさんも一緒の気分で、旅するわね。球根を見れば、いつでもたぬきさんのことを思い出せるから。」

「バイオリンケース、ありがとう。」

「たまご型の石をありがとう。」

「みんな、ありがとう。みんなと過ごせたあらしの夜のことは絶対忘れないよ。ぼくは一人で暮らしているけど、みんながここにいた時間を忘れないで生きていくよ。友だちのきつねだけじゃなく、きみたちもかけがえのない存在になったから。」

たぬきの家から、ほら穴の入り口へ進むと、まぶしいお日さまの光が射し込み始めました。別れを惜しみながら、たぬきと別れた『くまとやまねことのうさぎときつね(とあひる)の音楽団』は、町の巡業場を目指して歩き始めました。

 

 最初はやまねことくまの二人きりだった音楽団が、三人増えて、五人のにぎやかな音楽団になったおかげか、演奏会を開く度、たくさんのお客さんが押しかけ、音楽団はどこへ行っても、大にぎわいの大盛況でした。

 やまねこときつねのバイオリンコンチェルトは息がぴったり合うようになりました。のうさぎのオカリナもみちがえるように上手になりました。気まぐれで歌うあひるの歌も評判が良く、くるくる踊りながら叩くくまのタンバリンも大人気でした。

 町の会場で、演奏していた時のことです。いつものようにくるくる踊りながら、タンバリンをバラン、バララランと叩いていたくまは、ふと客席の方に目を向けると、はっと息を飲みました。思わず、タンバリンを叩くのを忘れて、すべての動きを止めてしまったくらいです。見覚えのあるサンゴ色の羽…宝石のオニキスのようにつややかな黒いくちばし…死んだ友だちのことりにそっくりなことりがお客さんとしてそこにいたからです。

 

 演奏会が終わった後、くまは大慌てで、ステージから客席へ向かいました。

「待って!きみ、ことりくん!」

帰ろうとしていたことりはくるんと振り向き、くまを見つめました。

「あぁ、きみはタンバリンを演奏していたくまくんだね。とってもすてきな音楽だったよ。ぼくに何か用かい?」

姿だけでなく、声までことりによく似ていたので、くまは感激し、ぽろぽろ涙をこぼし始めました。

「ステージからきみを見つけた時、ぼくの大事な友だちに似てるって思ったから、思わず声をかけてしまったんだ。」

「なんだ、そうだったんだ。ぼくの仲間がきみの友だちなんだね。」

「うん、その友だちは死んでしまったんだけどね…。でも今でもずっとぼくの友だちなんだ。忘れたことはないし、いつでも友だちのことを思いながら、演奏してるんだ。」

「そっか、友だちが死んでしまったなんて気の毒だね。」

ことりとくまが話していたところへ、やまねこたちが駆けつけました。

「くまくん、どうしたんだい?演奏が終わった途端、慌ててステージから下りて。」

「ごめん。ぼくの友だちのことりに似ている子を見つけたものだから…。」

やまねこは、ようやくことりに気づきました。

「おやっ。たしかにくまくんの友だちのことりくんにそっくりだね。」

「ぼくって、そんなにその友だちのことりに似てるの?」

きょとんとしたことりは首をかしげながら、たずねました。

「あぁ、ぼくから見ても似てるよ。よく見ると…尾っぽも似てるよね。」

やまねこは、ことりの尾羽がちょっと欠けていることに気づいて言いました。

「ほんとだ。きみ、その尾羽はどうしたの?痛くない?」

くまは自分のことりと同じように尾っぽが少し欠けたことりに気づいて、たずねました。

「あぁ、これはちょっと前にイタチに食いつかれてこのありさまだよ。もう痛くはないよ。」

イタチに食いつかれたせいなんて、ますます自分のことりとそっくりだとくまは思いました。

「ことりくん、ぼくらはしばらくこの町にいるんだけど、この町にいる間だけでもいいから、ぼくらの音楽団と一緒にいてくれないかい?」

ことりと一緒にいたいはずのくまの気持ちを察したやまねこが、ことりに提案しました。

「この町にいる間なら、いいよ。音楽団のみんなと一緒にいるのは楽しそうだし。」

ことりはやまねこの提案をあっさり受け入れました。

「ありがとう、ことりくん。じゃあぼくらと一緒にいよう。」

だれより喜んだくまは、うれしさのあまりくるくる踊りながらタンバリンをバララランと叩き始めました。

「おかしなくまくんだな。」

ことりはちょっと不思議そうに笑っていました。

「見た目が似ているくらいで、そんなに喜んで大丈夫なのか?」

浮かれるくまを、きつねは冷めた目で見つめていました。

「ぼくはただうれしいだけなんだよ。まるで死んだことりに再会できた気がして…。」

「どんなに外見が似ているとしても、知り合ったばかりのことりくんは、きみのことりくんとは違うんだから、それを忘れてはいけないと思う。出会ったことりくんに対しても失礼だよ。だれかの代わりとして喜ぶなんて。」

きつねはくまを諭すように冷静に言いました。

「そんないじわる言わないでよ。あんなに似てるんだもの。きっと性格だって似ていると思うし、ぼくのことを好きになってくれたらいいな。もちろん、ぼくは友だちに似てるからって理由だけじゃなくて、ことりくんと友だちになりたいだけなんだ。」

ことりと出会えてうれしいくまは、きつねのきつい言い方も気にせず、まだ浮かれた様子でした。

「くまさんってば、ほんとにことりさんのことが大事だったのね。」

「私も、お母さんに似たのうさぎに出会えたら、くまさんみたいに喜ぶと思うわ。」

あひるとのうさぎも喜ぶくまを、うれしそうに見守っていました。

 

 町にいる間、小屋を借りて、そこに宿泊することにした音楽団一行とことりは、その小屋に到着しました。

 またことりと一緒に過ごせるなんて夢のようなくまは、ドキドキしてなかなか眠れませんでした。ことりと仲良くなるために、ことりに喜んでもらえることがしたいと思いました。そうだ…尾っぽ…。くまはかつて友だちのことりに欠けた尾羽の代わりに、きれいな葉っぱを糸でつけてあげたら、とても喜んでもらえたことを思い出しました。

 寝静まるみんなを起こさないように、そおっとくまは起き上がると、一人で小屋から出て、町の外れの森の入り口へ行き、ことりの尾羽に良さそうな葉っぱを集め始めました。ことりが喜ぶ顔を想像しながら、暗がりの中、一生懸命きれいな葉っぱを探しました。

 葉っぱを拾って、小屋へ戻ると、ぐっすり寝ていることりを起こさないように、そおっと尾っぽに拾った葉っぱを糸で結んであげました。ことりが起きた時、びっくりして喜ぶ顔を想像するだけで、くまはにやけてしまいました。ことりのために夜中に起きて、葉っぱを拾いに行き、こっそり尾っぽに葉っぱをつけてあげたくまは、すっかり疲れて、ぐっすり眠ってしまいました。

 

 翌朝…寝坊したくまはおでこをツンツンされ、懐かしいくちばしの感触で起こされました。ことりと過ごせた幸せな朝が戻ってきた気がしました。うれしくて起きるのがもったいなくて、なかなか目を開けられませんでした。

「ねぇ、ちょっと、くまくん!」

「早く、起きてよ。」

「一体、何なの、これ!」

ことりはなぜかぷんぷん怒っている様子でした。

「おはよう、ことりくん。何をそんなに怒ってるんだい?」

くまは寝ぼけながら、たずねました。

「このいたずら、くまくんがしたんでしょ?」

ことりはくるっと振り向き、尾っぽを見せながら言いました。

「いたずら?」

「そう、いたずら。だれもこんなところに葉っぱをつけてくれなんて頼んでないよ。」

「いたずらじゃないよ…尾羽の代わりに葉っぱをつけたら、きみが喜んでくれると思ったから。」

まさか怒られるなんて考えてもいなかったくまは、しょんぼりしました。

「ぼくはね、尾羽が欠けた身体で生きていくと、自分で決めていたんだよ。命と同じで失ったものは取り戻せないんだから…。尾羽が完璧じゃないとそんなにダメなの?立派な尾羽がある方がエライの?ぼくは少しくらい欠けた部分があってもいいと思う。その方が一生懸命生きてる感じがするから。こんな飾りはいらないから、早くとって。先に起きたみんなに聞いたら、だれも知れないって言うし、こんなことをするのは、くまくんしかいないと思って。」

ことりはぷりぷり怒りながら、せっかくくまがつけてあげた葉っぱを早くとってほしいと文句を言いました。

「そっか…きみの決意も知らないで、勝手なことをしてごめん。」

くまはあやまりながら、ことりの尾っぽにつけた葉っぱの糸をほどきました。

「もう二度と、勝手な真似はしないでよね。ぼくは自分のことは全部、自分で決めたいんだよ。」

ことりのためを思ってしたことで、くまはことりの機嫌を損ねてしまいました。

「ほらな。きみの友だちのことりはそういうことをして喜んだのかもしれないけど、同じことをしてみんなが喜ぶとは限らないんだよ。」

本を読んでいたきつねはすずしい顔をして、くまに言いました。

 

 「ねぇ、ことりくん、ぼくが悪かったよ。反省するから、許して。おわびじゃないけど、ひなたぼっこでもしに一緒に外へ出かけないかい?昨夜、葉っぱを探していた時、ひなたぼっこに良さそうな場所を見つけたんだ。近くには水浴びもできそうなすてきな湖もあったよ。」

くまは、ことりにあやまりながら、ひなたぼっこと水浴びに誘いました。友だちのことりと一緒に楽しんだことを思い出しながら…。

「ごめんね。ひなたぼっこも水浴びもぼくは興味ないんだ。ぼくはどっちかって言うと、きつねくんみたいに家の中で本を読んでいるのが好きなんだよ。」

ことりはくまの誘いを断り、本を読んでいたきつねのそばへ行ってしまいました。

「へぇ、きみも本が好きなの?」

「うん、友だちと一緒にページをめくりながら、いつも読んでいたからね。」

「じゃあ、一緒に読もうよ。」

「そうさせてもらうよ。」

読書が好きなきつねと意気投合したことりは、くまの誘いはそっちのけで本に夢中になりました。

「ぼくの死んだ友だちのことりも、本が好きだったんだ。きみとは全然違う羽の色で、くちばしも声も似てないけど、どこか性格は似ているのかもしれないな。」

きつねはことりに、るり色の羽がついたしおりを見せながら、ほほ笑みました。

「へぇーきみにもことりの友だちがいたんだ。すてきな羽だね。ぼくのともだちのことりとおんなじ色の羽だ。」

「きみのサンゴ色の羽だってすてきだよ。」

本が好きな二人はあっという間に仲良しになっていました。

 

 その様子を見ていたくまは孤独を感じて、ひとりで昨夜見つけた湖のそばまで、とぼとぼ歩きました。お日さまの光であったかいはずなのに、心は凍ってしまった感じがして、寒さとさびしさでむねが押しつぶされそうでした。

 演奏会へ向かう時間になってもなかなか帰って来ないくまを心配したやまねこが、くまの元へ駆けつけました。

「くまくん、探したよ。どうしたんだい?」

「ごめんね、やまねこくん。今日はぼく、とても演奏する気分になれないや。」

「どうして?」

くまはやまねこに今の自分の気持ちを語り出しました。

「昨日、友だちのことりにそっくりなことりくんと出会えた時は、すごく幸せだったんだ。ことりくんと仲良くなりたい一心で、夜中にこっそり葉っぱを拾って、ことりくんの尾っぽに尾羽代わりにつけたりして。ぼくの友だちのことりはそうしたら喜んでくれたし、ことりくんにも喜んでもらえると思ったから。でも…喜ぶどころか怒られちゃった。自分のことは自分で決めたいんだって。おわびに水浴びやひなたぼっこに誘ったんだけど、きつねくんみたいに家で本を読んでいる方が好きって言われて断られちゃったんだ。なんだかぼく、一人で空回りしている気分で…。ただ仲良くなりたいだけなのに。ことりくんはあんなにぼくのことりにそっくりなのに、全然性格は違うから、それもつらくなってしまって…。」

くまははぁーと大きなため息を吐くと、そばにあった石を湖に投げながら言いました。

「ねぇ、くまくん。」

やまねこはくまが湖に投げた石が、ちゃぷんと水に沈む音に耳をすませながら言いました。

「実はね、ぼくもきみがあんまりぼくの友だちのくまにそっくりだったから、きみにタンバリンを渡したんだよ。そのタンバリンは何年も友だちのくまが使っていたものなんだ。」

「えっ?そうだったの?」

そんな話を聞いたのは初めてだったので、くまは驚きました。

「この前、たぬきくんがぼくらにくれた絵があるだろ?それはたぶん…ぼくとぼくの友だちがこの町で巡業していた時の絵だと思うんだ。きみにそっくりな友だちのくまと二人でこの町で演奏会を開いた時、虹が架かったことがあってね。お客さんの中に絵描きがいたのかもしれない。」

「へぇーそうだったんだ…。」

やまねこが昔話を始めると、お日さまが照っているというのに、急に雨が降り出しました。

「くまくん、あの木の下で雨宿りしよう。」

湖の近くにあった大きな木の下で、二人で雨宿りしながら、やまねこは続きを話しました。

「大好きで大事な友だちのくまはこの町にいた時、突然死んでしまってね。ぼくの友だちのお墓はこの町にあるんだ。」

「そうなんだ…。知らなかったよ。」

「きみと出会った時は驚いたよ。あんまり姿や声が友だちのくまに似ていたから。でも…性格は全然違った。友だちのくまの方がもっとタンバリンは上手だったし、寝坊はしないし、めそめそしないし、先頭に立ってぼくの道しるべにもなってくれるようなたのもしいくまだったから…。」

「ぼくはタンバリンが下手だし、朝寝坊だし、いつまでもめそめそしてるし、きみの後ろをついて歩くことしかできない弱虫でごめんね。」

くまは少しむっとしながら言いました。

「誤解しないで。それが悪いって言いたいんじゃないんだよ。ぼくの友だちのくまとは違うけど、そういう性格がきみの良いところでもあるから。タンバリンを上手になろうと努力しているのは知っているし、ひょうきんに踊りまでしてくれるし。めそめそしているのは心がやさしい証拠だし、人の後をついて歩くのも謙虚でやさしいってことだよね。」

やまねこはくまに、ほほ笑みながら言いました。

「そっか…そういう風に考えてくれてありがとう。うれしいよ。きみの友だちのくまとは違うぼくのことを受け入れてくれて。」

「ぼくはさ、自分の昔話をしたかったわけじゃないんだ。友だちのことりとことりくんが違うことに戸惑っているきみに気づいてほしいことがあるから、話したんだよ。」

「気づいてほしいこと…。」

「うん。どんなに見かけが似ていても、性格は違う場合もある。でもその性格がダメとか合わないと決めつけるのは良くないと思うんだ。ことりくんは理不尽に怒ったわけじゃないよね?ことりくんには、ことりくんの考えがあって、くまくんにやめてほしいって言ったと思うんだ。外に出るより、家の中で本を読むのが好きって言ったのだって、くまくんに自分の気持ちを伝えるためで。つまり、ことりくんはきっと自分の意思をしっかり持ってる子なんだと思う。それは別に悪いことじゃないよね?」

やまねこに教えられて、くまははっとしました。たしかにことりは、理不尽に怒ったわけではなく、自分は尾羽がないまま生きていくと決めていたと教えてくれたし、理由もなく一緒に出かけることを拒否したわけではなく、家の中で本を読む方が好きとちゃんと理由も教えてくれました。ことりはくまに自分の気持ちをちゃんと伝えてくれていたのです。

「そっか…ことりくんは自分の意思をしっかり持っている子で、それは別にぼくのことを嫌いって意味じゃなくて、ぼくにはっきり気持ちを伝えてくれただけなんだよね。ことりくんと仲良くなりたいから、ぼくは勝手に決めつけるのをやめて、もっとことりくんのことを知りたい。」

「だれにでも、合うところと合わないところがあるものだから。すべて相手に合わせる必要はないし、合うところを見つければいいと思う。ことりくんには、ことりくんの良さがあるんだから。出会ったばかりだし、友だちのことりくんの性格を重ね合わせてしまう気持ちも分かるよ。ぼくだって、最初はそうだったから。なんでぼくの友だちのくまとくまくんは見かけが似てるのに、全然違うんだろうって思った時もあったよ。」

木の下で、やまねことくまが話していると、しだいに雨は上がり、空には大きな虹が架かり始めました。

「うぁー虹だ。」

「あの時、友だちのくまと一緒に見た虹と同じだよ。この町でくまくんと一緒に見られるなんて、うれしいな。」

はじまりとおわりがあいまいで、ふもとがぼんやりしている虹を背に、二人は歩き出しました。

「ねぇ、知ってるかい?虹ってほんとは半円じゃないんだ。途切れてないまあるい円なんだよ。地上に隠れて見えないだけで、本当はつながっているんだ。」

「へぇーそうなんだ。知らなかったよ。やまねこくんは物知りだね。」

「昔、友だちのくまが教えてくれたんだよ。」

「そうなんだ。ねぇ、きみの友だちのくまくんのお墓参りしたいな。」

「くまくん、ありがとう。お墓はすぐ近くだから、お墓参りしてから帰ろう。」

二人はきれいな花を摘み、やまねこの友だちのくまのお墓に花を手向け、手を合わせてから、小屋に戻りました。

 

 「ただいま。」

「あっ、やっと帰ってきたわね。演奏会に遅れないように早く支度して。」

いつの間にか、あひるが誰より演奏会を楽しみにしているようでした。

「雨降ったけど、大丈夫だった?」

のうさぎが二人を心配しました。

「うん、木の下で雨宿りしていたから…。」

「まったく、ちょっと意見がすれ違ったくらいで、落ち込んでさ。」

読んでいた本をぱたんと閉じたきつねは、あきれながらも飛び出したくまのことを心配してくれているようでした。

「ぼく、ちょっときつく言い過ぎちゃったかな?ごめんね、くまくん。友だちにもよく言われていたんだ。ぼくは相手の気持ちを考えないで、はっきり言い過ぎるところがあるから気をつけた方がいいって。ちょっと自己中だしマイペースすぎるよって言われてたことを思い出して、反省したよ。」

ことりはくまに申し訳なさそうに、あやまりました。

「ううん。ぼくの方こそ、ごめん。きみはぼくの友だちのことりとは違うのに、見かけが似てるから勝手に性格も同じだろうって決めつけてしまって。自分の意見や気持ちを相手にはっきり言えるところが、きみのいいところだと思うんだ。無理に相手に合わせることはないし、これからも素直にきみの気持ちを伝えてほしい。ぼくはことりくんのことをちゃんと理解したいから。ぼくは自分の気持ちをはっきり伝えられるきみを見習いたいと思ったから、こうして自分の気持ちをきみに話したよ。」

「うん、ありがとう。これからもくまくんの気持ちや考えをもっとぼくに教えてね。ぼくもくまくんのことをもっと知りたいし、ちゃんと仲良くなりたいから。」

ことりと少し分かり合えた気がしたくまは、ほっとしてたずねました。

「ねぇ、ことりくん、質問してもいい?」

「うん、いいよ。何?」

「木の実の数を数えるのは得意?」

「うーん…。友だちのことりの方が得意だったから、ぼくは苦手な方だと思うよ。」

「そうなんだ。じゃあさ、昨日の朝と今日の朝と明日の朝のどれが一番好き?」

「そんなの、選べないよ。だって、元々は全部今日の朝だし、ぼくは昨日も今日も明日も、生きていられる時間が大好きだから。今日が昨日になって、明日が明後日の昨日になるとしても、生きている限り、ぼくがその時間の中にいることはたしかなことだから、全部好きだよ。」

「そっか、そうなんだ。そうだね。」

くまはやっぱり今、目の前にいることりは、友だちのことりとは違うやと思いました。でももう違うことがさびしいとは思いませんでした。むしろ友だちとは違うことりの考えを知ることができて、うれしいと思いました。

「なんだよ、そのなぞなぞみたいな質問。」

二人のやり取りを聞いていたきつねが、不思議そうにつぶやきました。

「あっ、やっぱりぼくはね、死んでしまったとしても、昨日も今日も明日の朝も全部大好きだよ。」

ことりは思い出したように言い加えました。

「どうして?」

「だって、ぼくが生きていたってことを覚えてくれている人が生きている限り、ぼくはきっとそのだれかの中で生きていられると思うから。明日、死んでしまうとしても、ちゃんと明日の朝も好きだよ。例えばくまくんと仲良くなれたら、ぼくが死んだことを悲しんでくれて、ぼくのことを時々思い出しながら、明日、明後日、その先もずっと生きてくれると思うと、死んでもくまくんの中で生きられると思うと幸せな気持ちになれるから。」

くまはことりからとても大事なことを教わった気がしました。友だちのことりが死んだ朝、ことりが生きていた昨日の朝に戻りたいと思って泣いてしまいましたが、今、ことりが教えてくれた通りに考えたら、少しは悲しみが和らぐ気がしたからです。死んでしまっても、友だちのことりは自分の心の中で、ずっと一緒に生きていて、自分が生きている限り、明日の朝、明後日の朝の中にも友だちのことりはちゃんといると気づけたからです。

「ことりくん、きみはぼくのともだちのことりにそっくりだけど、全然違うから、やっぱりきみのことが好きだし、友だちになりたいよ。」

くまは素直に自分の気持ちをことりに伝えました。

「うん、ぼくも時々不思議なことを言う、おかしなきみと友だちになりたいよ。きみが集めてくれた葉っぱ…尾っぽには使わないけど、本のしおりに使ってもいいかな?きつねくんがしおりを作ってくれるっていうから、くまくんが見つけてくれた葉っぱがちょうどいいと思って。」

きつねはくまがことりのために集めた葉っぱを大切に保管してくれていました。

「ありがとう。もちろん、いいよ。きみのしおりとして使って。」

 

 町から離れる時、『くまとやまねことのうざきときつねとあひるの音楽団』にことりはついて行くことに決めました。「本で読んだ海ってところに行ってみたいし。湖よりもっと大きな水たまりなんでしょ?」と目を輝かせながら…。ことりはあひると一緒に歌を歌う係をするそうです。みんなの名前を入れるとちょっと長くなってしまうので、今では『くまとやまねことゆかいな仲間たちによる音楽団』という名前で、巡業しているそうですよ。

六人で巡業途中、海に行きました。海を見たがっていたことりは大喜びでした。砂浜で、何かが入ったガラスの小瓶を見つけました。それはあの時、たぬきが話してくれた、たぬきと友だちのきつねの手紙でした。そのうちたぬきの家へ寄って、手紙入りのガラスの小瓶を届けるつもりです。

たぬきがのうざきにあげたスズランの球根は、ひもをつけてのうさぎが背負っている欠けた植木鉢の中ですくすく育ち、小さなつぼみが顔をのぞかせ始めました。スズランの花言葉は「幸せの再来」、「母性」などがあるそうです。何色の花が咲くか楽しみですね。

 

 次の町へ到着し、みんなが小屋で休んでいた夕暮れ時、くまはひとりで外に出ました。少し湿った空気の中で深呼吸すると、水浴びをした後のことりの羽のにおいによく似た、懐かしいにおいのする風が、くまの鼻先をくすぐりました。茜色に染まった空にぽっかり浮かぶ、ことりの羽のようにふんわりしているサンゴ色の雲を見上げながら、くまは思いました。

「ことり、ぼくはちゃんと幸せに生きているよ。死んでしまったきみと、一緒に生きてくれる仲間たちが、ぼくのそばにいてくれるから。きみはぼくの時間の中にたしかにいるよ。だからぼくは明日の朝もきっと幸せだよ。」

くまはサンゴ色の雲に向かって、タンバリンをバラン、バララランと叩いて、ほほ笑みました。

#物語 #童話 #児童文学 #くまとやまねこ #海のはじまり #グリーフケア #癒し #悲しみ #死別 #スズラン #バイオリン #音楽 #出会い #動物 #オマージュ #続編 #時間 #旅 #仲間 #友だち #友情 #親子

いいなと思ったら応援しよう!