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ひとりぼっちの電柱(ポプラの木の続編)

※これは2020年11月に書いた物語で、童話・ポプラの木の続編です。

 オレは人間によって作られた電柱だ。人間たちの生活に欠かせない電気を送るために、一年中、一日も休むことなく、朝から晩まで二十四時間、働き続けている。忙しかったけれど、人間の役に立っていると思うとうれしかったし、そんな自分を誇りに思っていた。

 どこまで続いているのか分からないほど長く遥か彼方まで続く電線で仲間の電柱たちと繋がれていて、孤独を感じたことはなかった。繋がっているはずの仲間たちとは話すこともできなかったけれど、別に寂しくなんてなかった。

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 ある時、オレのすぐ側に何かが芽吹いて、いつしか立派なポプラの木が育っていた。寂しがり屋なのか、そいつはしょっちゅうオレに話し掛けてきた。朝の「おはよう」から始まって、夜の「おやすみ」まで…。「今日は寒いね」とか「天気がいいね」とか、他愛のないことを話し掛けてくれた。何か返事をしたかったけれど、休みなく電気を送り続けているせいか、オレは話すことができない。まるで無視しているようで、申し訳ない気分になった。きっとポプラくんはすぐ近くに一緒に立っているのに感じの悪いやつだなって思っていたかもしれない。

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 そのうち、道路を挟んだポプラくんの正面にオレと同じく、人間によって作られた防災無線が建てられた。ミントグリーン色で植物の若葉みたいなそいつはオレと違って話せるらしい。ポプラくんとすぐに打ち解けていた。話し相手ができたポプラくんはもうオレに話し掛けてくることはなかった。そりゃ、そうだ。返事のないオレに話し掛けるより、返事をくれる相手としゃべった方が楽しいに決まっている。返事はできなかったけれど、毎日話し掛けてくれて、うれしかったのに、楽しかったのに、何も言葉をもらえなくなるとなぜかぽっかり心に穴が空いた気分になった。

 でも仕方ない。オレは電気を送り続けているせいで、話すことができないんだから。せめて夜の間だけでも休ませてくれたらいいのに、人間たちは夜でも電気を欲しがる。暗くても遠くの街はまるで昼間みたいに電気の明かりでピカピカ輝いていた。でも人間たちに夜でも昼間のような快適な生活をさせてあげるために、オレは弱音なんて吐いてはいられなかった。寂しいなんて考えている暇さえなかった。

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 ポプラくんと防災無線さんはそのうち一緒に歌を歌うようになっていた。話せなくても、二人の会話は聞こえていた。二人が歌う『家路(遠き山に日は落ちて)』という曲が特に一番お気に入りだった。誰とも話せなくても、遠くの山に沈む太陽を眺めるには特等席みたいな場所に立っていたオレは、夕暮れ時が一番好きな時間だった。防災無線さんとポプラくんが夕方五時の歌を歌う頃、オレはひとりで沈みゆく茜色の夕日を眺めていた。いつかあの夕日をもっと間近で見ることがオレの密かな夢でもあった。仲間たちと繋がっている電線を辿って、どこへでも行くことができたらいいのに。街だって見てみたいし、鳥のように空だって羽ばたいてみたい。でもオレは電柱だから、動けない。動けるわけがない。それはポプラくんや防災無線さんも同じだけど、彼らはしゃべることができる。オレはなぜか話すことさえできない。二人の歌や会話を聞けて楽しい反面、少しばかりの嫉妬や孤独感は拭えなかった。夕日はキレイだけれど、眺めているとなぜか切なくもなった。胸が締め付けられた。

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 夜九時に一日の終わりを告げる歌を歌い終えると、ポプラくんと防災無線さんは星が瞬く夜空の下で静かに眠りについた。オレだけ、眠ることさえできない…眠くなることもなかった。きっとずっと電気が流れているせいだと思う。自然界の生き物たちの多くが眠りについても、オレだけ人間たちのために疲れも知らずに働き続けて、孤独な長い夜を毎晩過ごしていた。せめて他の電柱仲間たちと話すことができたらいいのに…。試しに話し掛けてみても、返事はなかった。

 日が落ちると、道路を挟んだ所に建てられていた、街灯に赤黄色の明かりが灯った。ポプラくん同様、街灯さんも時々オレに話し掛けてくれていた。「あなたの電気のおかげで、私はこうして光を灯すことができるの。ありがとう。」とか、感謝を言ってくれる時もあった。けれどオレはやっぱり返事をすることができなかった。せっかく、孤独な夜に話してくれる相手がいても、返事ができないなら意味がない。オレはまた感じの悪いやつって思われて、嫌われるだろう…。夜空に輝くどんな星よりも、月よりもやさしく輝く彼女と本当は友達になりたかったのに、オレは人間たちに電気を送ること以外、何もできない存在だった。夜中起きている彼女は、防災無線さんが起床のチャイムを鳴らす頃、赤黄色の明かりを消して眠りについた。

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 夏には雷が轟いた。ポプラくんはよく雷を怖がっていた。その度に防災無線さんが大丈夫だよって励ましていた。オレだって本当はやさしく励ましてあげたかったのに…。オレだって少しは怖かった。雷は同じ電気とは言え、人間たちがコントロールしているオレの電気と比べて桁違いの威力を感じていたから。稲妻は同じ電流を流すものとして、仲間のようであり、ライバルのようでもあったけれど、やっぱり敵わない、恐れ多い存在だった。オレも電柱じゃなくて、稲妻だったら、ああやって空を駆け巡ることができたのに。雷はオレよりもずっと自由で、強くて、たくましくて、憧れの存在でもあった。

 ある年の三月、大地震が起きた。当然ポプラくんは怯えていた。防災無線さんは緊急事態を知らせるサイレンを鳴らし続けていた。オレの電線には電気が届かなくなっていた。電気が流れていないということは、もしかしたらしゃべることができるんじゃないか。やっと仕事を休めるのだから、ポプラくんや街灯さんに話し掛けてみようか。人間たちが慌てふためいているというのに、オレは少しだけうれしかった。自由になれた気がして。「ポプラくん」、そう声を出そうとしたけれど、心の中でしか話すことはできなかった。電気が流れているせいで、話せないわけではなかったのだ。電気が止まっていても、オレは発声できないことに気が付いた。なんだ、オレは結局どんな状態でも話せないのか。話せないようにできているのか…。どうせ誰とも話せないなら、人間たちのために電気を送り続けている方がマシだ。忙しく仕事をしている方が寂しいなんてあまり感じなくて済むから。電気も送れない、話すこともできない今のオレはただの役立たず柱だ。こんな惨めな状況は耐えられない。人間たちは自分たちの生活のために急ピッチでオレたちの点検に取り掛かった。一週間後にはまた電気を送る仕事ができるようになった。

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 話すことができなくても、遠くの街や街灯さんに明かりを灯すことができるのはオレが電気を送り続けているおかげだろう。人間の暮らしを豊かにし、夜の暗闇でも安全を与えている。それはオレたち電柱以外にできることではないだろう。ポプラくん、防災無線さん、街灯さんは話せるかもしれない。眠ったり休むこともできるかもしれない。どこへも行けない、動けない仲間たちではあるけれど、彼らは電気を送ることはできないのだから、オレは自分に生まれながらに与えられた使命を潔く全うしよう。自分にそう言い聞かせて、眠れない孤独な夜も働き続けていた。

 オレのてっぺんにはよくカラスがとまった。カァカァと大声を上げながら、羽を休めている。好きなだけ休んだら、また好きな所へ飛んで行った。「カラスはいいなぁ、声も出せて、動くこともできて。」と羨ましく思いつつも、カラスはどうやら人間たちからあまり好かれてはいないと知った。邪魔者にされることが多いらしい。じゃあ、オレは人間たちから大切にされているし、好かれているんだから、カラスよりこの世界に欠かせない存在だろうと無理矢理、自信を取り戻した。本当はオレたち電柱よりもずっと昔から生きていて、命を繋ぎ続けているのはカラスの方なんだけれど。所詮、オレたち電柱は人間に作られた人工物なんだけれど。でもカラスより今の文明に貢献していると思わなければ、ただ突っ立っているだけではまるで落ちこぼれだ。オレはいつでも自分の存在意義を見出したかった。生まれたからには、生きてる証拠がほしかった。

 日が傾いてくる頃、ポプラくんとオレの影が長く伸びて、土手の斜面に一枚の絵のように影の絵画が現れることがあった。一緒に生きてる証のように思えた。まるで記念撮影でもするかのように土手のキャンバスにキレイに収まった。オレはその光景を見るのが好きだった。たしかに側にいてくれる大切な存在を確かめることができたから。

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 何年経過しただろう。ある日、防災無線さんが歌えなくなった。ポプラくんが心配そうに見守る中、防災無線さんは撤去されてしまった。もう彼の歌声を聞けないのかと思うと、悲しくなった。一緒に歌えなくても、彼の歌声はオレの日常の一部になっていたから。長年、聞いていると、自分も歌えているような感覚さえしていた。心の中では一緒に歌っていたし。

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 それからまた何年かして、大きな台風が上陸した秋のこと、ポプラくんが根元から折れてしまった。一番長く一緒に立っている、一番近くのかけがえのない存在だったのに…。防災無線さんに続いて、ポプラくんまでいなくなってしまった。オレはひとり取り残された。街灯さんは完全ソーラー電池式に変えられて、もはやオレの電力は必要としなくなっていた。道路を挟んで近くに灯る街灯さんの赤黄色の明かりがなぜか遠くの街の明かりくらい、遠く感じた。気が付けばオレはひとりだ。

 そうか、オレは誰とも話せなくてずっと孤独を感じていたけれど、本当は孤独じゃなかったんだ。ポプラくんが話し掛けてくれて、防災無線さんが歌う歌を何年もずっと聞いていて、夜になると赤黄色の光を灯す街灯さんに話し掛けてもらえたこともあって…。菜の花たんぽぽ黄色い花が咲き乱れ、ちょうちょが舞ううららかな春も、太陽が照りつけ、セミの声が賑やかで時々雷が轟く暑い夏も、ポプラくんの葉っぱが枯れ落ちて、落ち葉が積もる秋も、霜が降りて、雪が積もる寒さ厳しい冬も、オレはずっとひとりじゃなかったんだ。側にポプラくんがいてくれて、防災無線さんも街灯さんもいてくれて、決して動けないみんなで一緒に立っていたから、寂しくなかったんだ。寂しかったのは、そんなみんなと話せない、もどかしい温かさがあったからなんだ。今はそんな温かい寂しさではなく、冷たい寂しさが、本当の孤独が襲ってくる。オレはひとりになってしまった…。

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 電線で仲間の電柱たちとは繋がっている。けれどもう賑やかな話し声、歌声は聞こえてこない。あぁなんて温かくて幸せな寂しさを今は亡き、彼らから与えられていたんだろう。一度も会話はできなかったけれどみんながいた時間が今となればとても幸せな時間だったと思えるよ。オレもいつかは自分の役目を終えて、ここから去る時が来るだろう。死ぬ時がやって来るだろう。もしも生まれ変われたら、ここで出会ったみんなと会話ができる存在に生まれ変わりたい。必ずみんなと再会したい。『家路(遠き山に日は落ちて)』実は得意なんだ。オレの歌も聞いてほしい。そこのメロディ、間違ってるよとか笑ってほしい。ポプラくん、街灯さん、話し掛けてくれてありがとう、防災無線さん、歌を教えてくれてありがとうって伝えたいんだ。
「ラーララ ラーララ ラーラ ラーラ ラー」
電柱が心の中で歌を歌っていた頃、遠くの山に夕日が沈んだ。日が落ちて間もなく、山の上にかかる雲が残照でキラキラ輝いていた。

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