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『瞬く命たちへ』<第7話>プレゼントの行方 そして新たなターゲットの出現
「ターゲットワンが受精しました。」
芽久実先生が帰って間もなく、突然テレビの電源が入り、そんな意味不明なアナウンスが流れた。そして星居香ちゃん、つまり私のママの姿がテレビに映し出された。
「えっ?命汰朗、ちょっと…これは何なの?ママが映ってるんだけど…。受精ってどういうこと?」
「あーこれは…さっき教えた芽久実先生のプレゼントに仕掛けた魔法と同じような魔法を香ちゃんにあげた大人のおもちゃにも仕組んでおいたんだよね。受信ってプログラムしたつもりだったんだけど…受精になっちゃったみたい。映ればまぁいっか。」
「つまりさっき言ってた盗聴とか盗撮の類の魔法をママのプレゼントにも仕組んでたんだ…。テレビの画面に映るようにするなんて芸が細かいわね。」
「だって俺の頭の中だけで彼女を覗いてたら、つまらないでしょ?結椛にも見せてあげたいから、テレビに映るようにしたんだよ。やっと俺があげたプレゼントを開封してくれたみたいだね。」
命汰朗が私に説明している間に、ママは服を脱ぎ始め、あられもない彼女の姿が画面に映った。
「ちょ、ちょっと…服を脱ぎ始めちゃったんだけど…こんなの…見てていいのかな…?」
「もしも結椛は見たくないなら、見なくていいよ。俺はきみの両親の仲を引き裂くためにも、彼女の本性を知りたいし、これからじっくり観察するよ。」
本心では見たくないものの、二人を別れさせるためにはたしかにママのことを知らなきゃいけないと思い、私も画面を見つめた。
「えっ…この下着…よく見たら、大事なところだけ穴が開いてる…。ナオリンちゃんもこんな下着つけてるのかな…。」
ママはそんなことを言いながら、この前ナオリンさんからプレゼントされたセクシーな下着を身にまとった。そして命汰朗がプレゼントした大人のおもちゃを手に持ち、電源を入れた。
「これってたしかローターっていうおもちゃよね…。使ったことないけど、ちょっとだけおっぱいに当ててみよう…。」
少しだけためらいつつも、ママはそれを自分の胸に当てた。
「あっ、あん、何これ…この振動、すごく気持ちいい…。」
乳首の部分だけ穴の開いている下着の上からローターを使い始めたママは気持ち良さそうに身をよじらせた。
「幸人に触られるより、気持ちいいの。」
もだえている彼女を見ていた命汰朗はニヤニヤしながらローターを魔法で遠隔操作し始めた。
「香ちゃんってば、おっぱいだけで満足しちゃダメだよ。こっちにも当てないとね…。」
命汰朗はそんなことを言って、ローターをママの下腹部の方へ転がした。
「あん、下に落ちちゃった…。でも…こっちの方がいいかも…。」
下腹部に移動させたローターの力を命汰朗は少しずつ弱から強へと変えた。
「あっ…あん。振動が勝手に強くなった気がするんだけど…。」
一番敏感なところに当たっているローターは容赦なくママを辱めた。
「すごい、こんなの知らない。気持ちいい。気持ちいいよ…。おっぱいよりこっちの方が好き…。」
まさか私たちに見られているなんて知らないママはますます大きな喘ぎ声をあげた。
「香ちゃん、案外まだこの手の快楽は知らなかったみたいだね。幸人くんより先に俺が教えてあげるよ。」
命汰朗はローターを好き勝手に強めたり、弱めたりしながらママを弄び始めた。
「ん…どうして…?すごい気持ちいい時に弱くなっちゃう…。壊れてるのかな…。」
そのうちママは、下腹部はローターに任せて、自分の胸を自分の手で揉み始めた。
「幸人…こんなおもちゃに夢中になってごめんね。せめて幸人のことを考えながらするから許して…。」
ママはパパの名前をつぶやきながら、押し寄せる快楽の波に身を任せていた。
「まったく…香ちゃんってば、ほんとに幸人くんのことが好きなんだなぁ。俺のことも好きになってもらわないと困るよ。」
命汰朗はそう言うと、ローターに新たな魔法をかけ、ママに自分のことを考えさせるように仕向けた。
「幸人…幸人…命汰朗くん…。えっ、なんで私、こんな時に命汰朗くんのことを考えてしまうの?この前、彼に触れられたことが忘れられないからかな…。ごめんね、幸人。命汰朗くんのことも思い出しちゃう。」
ママは戸惑いながら、パパと命汰朗の名前を交互に言いながら、ローターに夢中になっていた。
「幸人…命汰朗くん…そんなこと考えちゃいけないのに、私…二人に同時におっぱいを揉まれたくなっちゃう。ふしだらな女でごめんね、幸人…。あっ、もう、ダメ、我慢できない…。」
ママの果てた姿を命汰朗は満足げに見つめていた。
「香ちゃんは結椛と違って、こういうこと大好きみたいだから、俺もローターを操り甲斐があるよ。香ちゃんに喜んでもらえて何より。さっそく俺のことも考えてくれるようになったし。」
「命汰朗…これからこんなことばかりしようとしてるの?私、ママのあんな姿なんて見てられないんだけど…。」
「思い出してよ。俺たちがこの世界にわざわざタイムスリップしたのは、結椛の両親を結婚させないためじゃない?結椛は存在したくないんでしょ?だから香ちゃんを幸人くんから引き離すためには、この快楽を身体で覚えさせるしかないんだよ。香ちゃんが幸人くんよりも俺のことを好きになってくれれば、たぶん結椛が存在するようなことにはならないはずだから。俺は香ちゃんに目を向けてもらうようにするから、結椛はさ、幸人くんの気を引いてね?」
「たしかに私は自分が存在しないため、ママとパパが別れてしまえばいいと思ってるけど…命汰朗がパパからママを奪うから、私はパパの気を引けってこと?そんなの恥ずかしいんだけど。パパに色仕掛けするなんて…。」
「結椛はパパのことは好きみたいだから、できるでしょ?下着だってパパに選んでもらってるくらい仲良しだし。」
「親として好きなのと、異性として好きなのは全然違うの。」
命汰朗の策略にはついていけそうもないと早くも脱落しそうになったけれど、自分が存在したくないのはほんとだからめげてる場合でもなかった。
「別に俺みたいに相手に色目を使えとは言わないから。幸人くんだってまだ高校生だからね。エッチなことはなくても、異性からやさしくされれば、少しは気にかけるようになるよ。うわさをすれば…部屋に彼が来たみたいだよ。」
ママが乱れた服を整えた頃、ママの部屋にパパが現れた。
「今日は幸人くんが遊びに来る日だったんだね。だから下着とローターを先に試そうとしたのかな。」
命汰朗と私がまた画面を見始めると、急に暗くなり、今度は
「ターゲットツーが着床しました。」
というアナウンスが流れて、画面が切り替わった。
「おっ、芽久実先生が早くも俺のプレゼントを部屋に置いてくれたみたいだね。ターゲット二人を同時に見られるようにテレビを改良しないとな…。でも同時に観察するのもたいへんだし、とりあえず今は彼女に専念しよう。」
「魔法っていうより、ほんとにこれはただの盗撮よね…。それに今度は着床って…命汰朗、間違えてるわけじゃなくて、わざとそういう言葉ばかり魔法に吹き込んでいるんでしょ?」
「細かいことは気にしないで、ほら先生の生活を覗いてみよう。」
芽久実先生の部屋には命汰朗があげたぬいぐるみと同じキャラクターのマスコットがたくさん置かれていて、まるで子ども部屋のようだった。
「先生、ほんとにこのキャラクターが好きみたいね。」
「そうだね、そんなこと知らなくて、たまたまこのぬいぐるみを選んだだけなんだけどさ。何しろ盗撮&盗聴さえできれば、ぬいぐるみなんて何でも良かったんだ。」
そして先生は急に誰かに向かって話し始めた。
「芽生太、今日はちょっと疲れちゃったよ。でも、命汰朗くんからプレゼントもらえてうれしかったな。」
「芽生太?先生、誰かと一緒に住んでるのかな?彼氏いないとか言ってたけど、実は男の人がいたりして…。」
「まぁ別に誰か男がいても気にしないけど…。」
そんな話をしながら、先生をよく観察していると、周囲にはやはり誰もおらず、彼女は写真に向かって話しかけている様子だった。
「写真…?誰なんだろう…芽生太って…。」
その白黒写真にはうっすら小さな白い塊が写っていた。
「あっ…これってもしかして…。」
命汰朗ははっと気づいた様子でつぶやいた。
「エコー…写真だね。芽生太って…ははっ、なんだ、俺のことか。」
「芽久実先生…名前まで考えていたんだね。実は未だに命汰朗のこと、大事に思ってるんじゃないの?」
「まさか、ほんとに大事ならきっと産んだでしょ?たぶん一人で寂しくて、拠り所がなくて手っ取り早く、亡き子に依存してるだけじゃない?」
意外そうな顔をしていた命汰朗は寂しそうに笑った。
「そうかな…もう十八年も経ってるのに、名前を口にするなんて、気まぐれとは思えないよ。命汰朗を産めなかったこと、後悔してるんじゃないかな…。」
「さあね。知らないけど…そうだとしても、親って勝手な生き物だよな。つくづくそう思うよ、ほんとに。安易に子の命を作っておきながら、自分の都合で堕胎したり、それをいつまでも引きずったりさ…。馬鹿だなぁと思うよ。だからやっぱり最初から命なんて存在させなきゃいいのにね。」
「芽久実先生がそうとばかりも言い切れないけど…でも私も親って勝手だなとはよく思う。特にうちのママに関してはね。良い時はあんなに幸せそうだったのに、ちょっと問題とか、いざこざが起きればまるで地獄の底で生きてるみたいなんだもの。そんなにつらいなら、パパと結婚しないで、私のことも存在させなきゃ良かったのにって、ずっと思ってた。」
「だから、俺たちはこうしてその二人のターゲットを観察しているんだよ。結椛と俺を苦しめ続けてる元凶の二人をさ、俺たちの力で変えようよ。ここは過去なんだから、俺たちがいる未来を変えることはできるんだ。ここで二人を変えれば、きっと俺たちは親の呪縛から解かれて、自分たちの存在そのものを消すことができるはずだから。」
私たちが少し重い話をしている間に、先生は浴室の方へ向かった。
「さて、ぬいぐるみを魔法で遠隔操作して、ちょっと歩かせてみようか。」
命汰朗は器用にぬいぐるみを操ると、先生のいる脱衣所を覗き始めた。
「ちょっと…何で芽久実先生のヌードを見ようとしてるのよ。命汰朗ってほんとエッチなんだから。」
「彼女の前では好意のあるフリしてるけど、親なんだから、別に欲情することはないよ。だって裸を見る以前に、俺は彼女の身体の中、子宮の中にいたんだから、今さら親のヌードを見たって興奮なんてしないよ。」
「じゃあ何で覗くのよ…。」
「興奮はしないけど、興味はあるかな。十八年前、俺の命が宿った身体は今、どんな風になってるのかなってさ。やっぱり当時と比べたらちょっと老けたかな…。」
「そういうものなのね。私もさっきママの身体見ちゃったけど、やっぱり若いなって思ったし。芽久実先生はたしか今、40歳よね…。もう少し若く見えるけどね。」
私たちが先生の裸体を覗いていると、電話が鳴った。そして先生はタオルを巻き、慌てて部屋に戻ってきた。
「もしもし?なんだ、お母さん。えっ?年末年始?前にも言った通り、学校の仕事が残ってるから、帰りません。」
どうやら先生のお母さんからの電話のようだった。
「えっ?お見合い?孫の顔が見たい?いい加減諦めてよ。私は結婚する気なんてないんだから。もう40歳だし、子どもを産もうなんて思えないし。」
先生は遺影のような芽生太くんの写真を見つめながら言った。先生の言葉に納得しなかったのか、お母さんはしつこく何かを訴えているらしく、先生は適当に相槌を打っていた。そして最後にこう強く言った。
「学校のことが忙しいのはほんとだってば。クラス持ってるし、転校してきたばかりの子たちとか、ご両親が不在の子が何人かいるの。その子たちを冬休みの間は特に見守らないといけないし。担任としてね。お見合いなんてもう考えるのはよして。じゃあね、お父さんにもよろしく。良いお年を。」
そんな風に私たちのことを出しに使うようにして電話を切った。
「芽久実先生…頑なにお見合いを拒否してるみたいだけど…命汰朗のことが忘れられないからじゃないの?」
「知らないけど、それも彼女の勝手だよ。俺には関係ないし。」
先生は電話を終えると、浴室に戻った。
お風呂から上がると、先生はなぜか二人分の食事を用意し、芽生太くんに供えるように、エコー写真が飾ってあるテーブルに並べた。
「今日はちょっと味付け失敗しちゃったかな…ごめんね、芽生太。」
と写真に向かって話しかけながら、先生は一人で食事をとっていた。
さっきまでいろいろ茶化していた命汰朗は黙って先生の行動を見つめるようになっていた。
「なんか、芽久実先生、ちょっと不憫に思えてきたよ。命汰朗のことがほんとに忘れられないんだよ、きっと。」
「痛々しいとは思うけど…でも全部彼女が自分でしたことだから、誰のせいでもなく、彼女自身の責任じゃん。寂しいのも悲しいのも全部、ただの身勝手だよ。」
先生は食事を終えると、お気に入りらしいぬいぐるみを抱えながら、ぼんやりテレビを見ていた。
そして就寝前、命汰朗があげたぬいぐるみを枕元に持ってくると、おもむろに「芽生太、おやすみ。」とそのぬいぐるみに向かって、声をかけた。
「ねぇ、命汰朗…もしかして先生ってこのキャラクターのことを芽生太くん代わりにしてるんじゃないの?さっきからずっとぬいぐるみを離さないし。」
「そうかもしれないね。まさかそんなことまでしてるとは知らなかったよ。俺は、命の使いだから大抵何でもできるけど、彼女と離れて以来、彼女が過ごしていた時間を覗くことはできなかったからさ。でも、たとえ芽生太と名付けた俺に未練があって、今さら大事に思っているとしても、俺の命を存在させて、即、消した事実は変えることはできないんだから、俺の彼女への恨みは変わらないよ。だからちょっとからかってやろうか。」
そう言うと、命汰朗はぬいぐるみを操り、
「おやすみ」
と先生に言い返した。
急にしゃべり出したぬいぐるみを見て、先生は驚きを隠せない様子だった。
「えっ?何で…ぬいぐるみがしゃべるの?あっ、こんなところにスイッチがある…。もしかして簡単な挨拶はできるぬいぐるみなのかしら?」
「命汰朗ってほんと芸が細かいよね。もしかしてダミーのスイッチまで用意したの?」
「そうそう、ただのぬいぐるみがしゃべったり動いたりしたら、気味悪いと思われてしまうと思って、しゃべるかもしれないし動くかもしれない仕様に変えておいたんだよね。スイッチさえあれば、魔法もごまかせるなと思ってさ。」
ぬいぐるみがしゃべると勘違いした先生は妙にうれしそうだった。
「おやすみ、芽生太。」
「おやすみ。」
「おやすみ、芽生太。」
「おやすみ。」
そんなことを何度も繰り返しているうちに、命汰朗は飽きたのか、返答をやめてしまった。
「あれ?壊れちゃったのかな。しゃべってくれなくなっちゃった。」
そして諦めた先生はすぐに眠るかと思いきや、妙な声を上げ始めた。
「ん…んっ。めいた…。」
「なんだ、先生も香ちゃんみたいにそういう欲求はまだまだ元気みたいだ。」
先生は自分の胸と下腹部をまさぐり始めていた。
「しかも…自分が殺した子の名前をつぶやきながらするとはねぇ。仕方ないな…少しだけ手伝ってあげようか。」
命汰朗はぬいぐるみを操ると、布団の中へ潜らせ、先生の胸の付近で適度な振動を与えた。
「えっ?何?どういうこと?もしかしてこのぬいぐるみ…しゃべるだけじゃなくて動くの?あっ、ん…っこの振動、気持ちいい…。」
ブルブル震えるぬいぐるみを胸に押し当てながら、先生は「めいた…めいた…会いたいよ」とうわ言をつぶやきながら、身体をビクビクさせていた。
「いけないお母さんだなぁ…まるで息子をおかずにしてるみたいだ。少しお仕置きしないとな。」
命汰朗はぬいぐるみを先生の胸から下腹部へ移動させ、先生の一番敏感なところに押し当てた。
「ひゃっ、あ…ん…何これ…どんなローターよりバイブより気持ちいい。こんな振動知らない。めいた、めいた、気持ちいいよ。」
「喜んでもらえて、何より。じゃあもう少し強くしてあげようか。それから…香ちゃんと同じように俺のことも考えさせてあげよう。」
命汰朗は振動をさらに強くして、先生を弄んでいた。
「あっ…ん…めいた…めいたろうくん…。えっ、何で私…こんな時に命汰朗くんの名前を呼んでしまうの?こんなことしながら、大事な生徒のことを考えてしまうなんて、はしたない。でも…ん…めいたろうくん、めいた…あっ、あっ…。」
命汰朗の魔法で操られているとは知らない先生は、ママと同じように二人の名前を交互に口にしながら、悶えていた。そして快楽に溺れ、恍惚とした表情の先生はいつの間にか深い眠りに落ちていった。
ママと芽久実先生の観察をひとまず終えた私たちも眠ることにした。本当は嫌だけど、勝手に同じベッドで一緒に眠ろうとする命汰朗にもまだ慣れなくて、私は彼に背を向けて横になっていた。
「結椛…誤解しないでね。本当に愛しているのはきみだけなんだから。」
彼は背後から私をやさしく抱きしめながらつぶやいた。
「えっ?誤解?何のこと?私は何も気にしてないんだけど…。」
「香ちゃんや芽久実先生にああいうことして、彼女たちのことを喜ばせようとしちゃったけれど、あれは心から好きでしていることではないからね。結椛と俺のミッションを達成させるための手段に過ぎないから…。本気でああいうことをして、喜ばせたいのは結椛だけだよ。だから結椛にも振動するものあげて、気持ち良くなってもらいたいな…。」
彼はそんなことを囁きながら、私の胸を揉み始めた。
「ちょ、ちょっとやめてよ。私はそういうの必要ないから。ママや先生と違って、興味ないし…ん…っ。」
興味ないとは言え、身体が勝手に命汰朗の手つきに反応してしまった。
「結椛はもう少し素直になりなよ。俺が気持ち良くしてあげるからさ…。」
彼は私のうなじにキスしながら、私の身体をまさぐり続けた。
「いーかげんやめて。落ち着いて眠れないから。ほら、明日からも二人のこと、観察するんでしょ?早く寝よう。おやすみ。」
私は彼をガードするように、自分の身体を毛布で包んで目を閉じた。
翌日の昼過ぎ…。またテレビの電源が勝手に入り、芽久実先生が映し出された。
「四六時中見ているわけにもいかないし、何か起きそうな時に、自動的に電源が入るようにしてるんだ。どうしたのかな?」
命汰朗と私が画面を見つめていると、先生の部屋のインターホンが鳴った。
「どちらさまですか?」
「突然訪ねて申し訳ないね。私のこと…覚えてるかな?」
先生は来客の顔を確認すると、顔色を変えた。
「えっ…もしかして…羽咲先生…。」
先生は少し警戒するようにドアを開けた。
「どうして…私の住所を知ってるんですか…。太朗くんとはあれ以来、連絡は取っていませんし、ここは誰にも教えていないのに…。」
「息吹さんの職場の…月慈学院高等学校の理事長は学生時代からの友人でね。彼にきみの居場所を教えてもらったよ。」
「そう…なんですか…でも今さら私に何の用ですか?私はもう太朗くんとは関わっていません。」
「あれから、もう十八年経つし、突然訪れて息吹さんが驚くのは無理もないが、少しだけ、私の話を聞いてくれないかね。」
羽咲先生という人は芽久実先生に立派な菓子折りを手渡した。そして芽久実先生は渋々部屋の中へその人を招き入れた。
芽久実先生はテーブルの上に置いていた芽生太くんの写真をさっと伏せると、その人にお茶を出した。
「お気遣いなく。すまないね、忙しい暮れの時期に押しかけて。その後…身体の調子は変わりないかい?」
「いえ…私ならこの通り、気ままな一人暮らしなので、それほど忙しいわけではありませんし、身体も…おかげさまで健康です。」
「そう言ってもらえると、これから話す話をしやすいよ。息吹さんもご存知だろうけど、太朗はずいぶん前に結婚したんだがね…。」
「はい、存じ上げております。羽咲先生があの時、おっしゃっていた通り、医師免許のある方と結婚したと伺いました。」
その人はお茶を一口飲み干すと、余裕のあった表情をしかめて、急に芽久実先生に頭を下げた。
「息吹さん、これから話すことは本当に勝手なお願いで、きみに不愉快な思いをさせるかもしれないが、とにかく話だけ聞いてほしいんだ。太朗は結婚したが、なかなか子どもが授からなくてね…。太朗の子を妊娠したことのあるきみに、太朗の子を産んでもらえないだろうか?」
突然、理解に苦しむ話をされた芽久実先生は困惑していた。
「何言ってるんですか…何でよりによって私に頼むんですか。太朗くんと私の子を存在させたくないとあの時、その命を奪ったあなたがどうしてそんなことを言えるんですか。もしも太朗くんの奥さんに妊娠できない問題があるなら、他の女性に頼めばいい話だと思います。」
「本当にすまない…あの時、二人の子をはなから反対した私が頼めることではないと分かって、頼んでいるんだ。太朗の嫁の身体には問題ないんだよ。むしろ太朗の方に問題があると分かってね…。太朗の精子がほとんど機能していないんだ。」
「それなら…奥さんに問題ないなら、誰か親族の精子を使って、体外受精でもしたら済む話じゃないですか。そもそも精子が機能していないなら、私に頼んでも無駄でしょう。」
「私の考えが甘かったと今なら反省できるよ…。まだ若かった太朗があっさりきみのことを妊娠させたものだから、息子の精子には何の問題もないだろうと、結婚させたらすぐに子どもができると信じていたんだ。でも…私が独自に調べた海外の論文で、すべての機能不全の男性に当てはまるわけではないんだが、特定の女性の卵子になら、働きかけることのできる精子があるということが分かっていて、つまり、太朗がその事例に当てはまれば、息吹さん…きみの卵子となら、子を作れる可能性が高いんだ。何しろ、きみは一度、太朗の子を身ごもっているんだから。」
にわかには信じ難い話を聞かされた芽久実先生は複雑な表情をしていた。
「もしも…太朗くんがその論文の事例に当てはまっているとしても、だからと言って、今さら、私は太朗くんとそんな関係にはなれません。なれるわけがありません。だってあの時、太朗くんとの子を私は見捨ててしまったんですよ。子どもを殺してしまった私が、今さら…太朗くんの子を…相手が太朗くんでないとしても、産めるわけがありません。手放してしまったあの子に申し訳なくて…。」
芽久実先生の瞳には涙が滲んでいた。
「あのことは…息吹さんが一人でそんな背負い込むことではないんだよ。太朗の子を見捨てて、殺めてしまったのは、きみではなく、あの時手術を担った私なんだから…。私のこの手で、せっかく生まれようとしていた太朗の子の息の根を止めてしまったようなものだと後悔しているよ。それに…これは産婦人科医として今までの経験から言わせてもらうが、中絶したからと言って、二度と妊娠してはいけないと自責の念に駆られることはないと思うんだ。もちろん自分を責め続けて、本当に一生独身を貫く女性も中にはいるが、時が経てば結婚したり、妊娠、出産している女性も少なくないんだよ。子どもを手放してしまった経験があるからと言って、幸せになってはいけないということではないんだ。罪を犯してしまった人だとしても、幸せになる権利はあるんだ。きみが背負ってしまっている罪の意識はほう助した私がすべて受け持つから、あの時のことは私に預けて、もう一度、太朗と一緒に生きることを考えてはくれないだろうか。息吹さんがすでに他の誰かと結婚して、出産していたら、こんなことは頼めるわけもないが、きみが独身と知って、失礼を承知の上で頼むことにしたんだ…。」
その人はさらに深々頭を下げた。
「そんな…今さら…そんな勝手な言い分が通用すると思ってるんですか。あの時、私たちのことを…あの子と私を有無も言わさず引き離したのはあなたじゃないですか。私は母性本能だけで考えたら産みたい意志があったのに…。それを許してくれなかったのはあなたじゃないですか。幸せになる権利があるだとか、罪の意識は預けてなんて綺麗事言わないでください。私は…もう太朗くんのことなんて少しも考えていないんです。産んであげられなかった子の供養をしながら、一人で余生を生きるのが自分の務めだと思ってます。」
芽久実先生は彼に語気を強めて言った。
「そうかい…そうだよね…。あの時、息吹さんと太朗を、息吹さんとおなかの子を引き離したのはたしかに私に違いない。でも…もしも時を戻せるのなら、あの時の自分の過ちを止めたいと本気で思うよ。二人が同意して私が執刀した手術を過ちと片付けてはいけないことも分かっているが、割り切れなくてね…。太朗に子ができないと気づき始めてから、焦りが募ってね。嫁の方に問題がないのだから、きみの言う通り、近親者の精子で体外受精ももちろん考えたよ。でもそれは太朗の子ではないからね…。私は…太朗の子をこの手でとり上げたいんだ。抱き抱えたいし、あやしたいんだ。太朗は一人息子だから、あの子に子ができなければ、孫に会うことはできない。医師としてなら、たくさんの新たな命と出会えた恵まれた人生だったが、太朗の父として、一人の人間として、自分の血を引いた孫に会いたいと願うのは当然のことだろ?そのためなら、何だってすると私は開き直ってしまったんだ。どの面下げて頼めることかと自覚していても、もしもきみに了承してもらえたら、二人のことは離婚させるつもりだったよ…。」
「そんな、あなたはどこまで自分勝手な人なんですか…。孫に会いたいからと言って、離婚させることまで考えているなんて…。太朗くんがかわいそうです。」
「きみは知らないだろうが、そもそも二人は私が引き合わせて、無理矢理結婚させたようなものだからね。嫁の方は太朗ではなく、私の病院を継げることを魅力に感じて太朗と結婚したようなものなんだ。今だって二人の仲は冷めきっていて、どうにか夫婦を続けているだけだからね。病院は約束通り渡すと言えば、嫁は太朗に未練はないよ。太朗の方もね…。もしも二人が本当に愛し合っていて、子がいなくても仲睦まじい夫婦なら、さすがの私もここまではできなかったと思う。そういう夫婦仲を知っているからこそ、孫を諦めきれないんだ。太朗と息吹さんがよりを戻してくれることを夢見てしまうんだよ。」
「太朗くんの夫婦にどんな事情があろうとも、私には関係ありませんから。とにかくあなたがどんな気持ちだとしても、私の気持ちは変わりません。お役に立てなくて申し訳ございません。」
芽久実先生の言葉を聞き、頭を上げたその人はため息を吐くと、残りのお茶を一気にすすった。
「そうかい…やっぱりダメかい。聞き入れてもらえなくて残念だよ。一パーセントの望みを捨てられなくて、息吹さんの元を訪れてみたが…そうだよな。やっぱり無理だよな…。悪かったね。こんな勝手な私の話に付き合わさせてしまって。」
そう言って、彼は芽久実先生の部屋を後にした。
黙って二人の会話を聞いていた命汰朗がようやく口を開いた。
「へぇ…おもしろいことになってきたね。俺は今まで、母親である芽久実先生のことばかり恨んでいたけど、ターゲットにすべき人は他にもいるみたいだ。親の言いなりになっているらしい父親と…それから産婦人科医という祖父も、ターゲットに加えるとするか。」
彼は画面を睨みながら、笑って言った。
「たしかに…母親だけを憎むのは間違っているよね。命は父親もいて、ようやく存在するものだから。」
「命が存在するためには父親の力も必要だけど、父親のおなかに宿るわけではないから、言い方悪いけど、父親は命から逃げることが可能なんだ。だから今までは父親のことはスルーして考えないようにしてたんだ。結局、俺たちの命は母親次第だと思ってたから。母親の子宮に宿る以上、その命を産むのも手放すのも母親次第って思ってた。責任はすべて母親にあると俺は思ってたんだ。でも二人の話を聞いていたら、少し違ったみたいだなと…。父親よりも、俺の命は祖父に嫌われたらしいね。そして今度は芽久実先生に産んでほしいと、のこのこ頼みに来るなんて、ふざけたじいちゃんだね、まったく。さすが俺のじいちゃんだわ。」
傷ついた子犬のように寂しく笑った命汰朗を私は思わず、抱きしめてしまった。
「あれ?結椛の方からハグしてくれるなんて珍しいね。うれしいな。」
調子に乗った彼は私にキスをした。
「って、すぐ調子に乗るんだから…。命汰朗には私がついてるから大丈夫だよ。」
「ありがとう、結椛。結椛にも俺がついてるから大丈夫だよ。きみのことは俺が命をかけて守るからね。」
私たちは拭えない寂しさを埋めるように、しばらくの間、ただ抱き合っていた。
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