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『くまとやまねことゆかいな仲間たちによる音楽団の物語~「海のはじまり」によせて~』 (前編)

<キャスト>
くま…海
やまねこ…夏
のうさぎ…弥生
きつね…津野
あひる…朱音
たぬき…大和
ことり…水季

※所々に海のはじまりで印象的だった台詞を動物たちに言わせてます。

 くまとやまねこが旅を続けていると、見晴らしの良い丘の上でひとりぼっちの、のうさぎに出会いました。そののうさぎは、死んだことりを入れるために、くまが作った木箱によく似た木箱を大事そうに抱えていました。

「やあ、のうさぎさん。ひとりで何をしていたんだい?」

気さくなやまねこが最初に声をかけました。

「こんにちは、やまねこさんにくまさん。花を…探していたのよ。」

「こんにちは。花ならあちこちに咲いているけど…。」

くまは、色とりどりの花が咲く丘を見渡しながら言いました。

「違うの。私が探しているのは、この花よ。」

のうさぎは木箱をそっと開けて、二人に中を見せました。木箱の中身が気になっていたくまはドキドキしながら中をのぞきました。中にはことりがいるんじゃないかと思ったからです。

「この花は…スズランかい?」

木箱の中にはスズランの花と葉の押し花が入っていました。くまは中に入っていたのがことりではなかったことにほっとすると同時に、少しだけさみしい気持ちにもなりました。

「そうよ、スズランの押し花よ。この花は…私のお母さんが大好きだった花なの。」

「へぇーそうなんだ。きれいな押し花だね。」

くまは、死んだ友だちのことりと同じ、サンゴ色のその花をまじまじと見つめました。

「白いスズランならよく見かけるけれど、サンゴ色のスズランはめずらしいね。」

やまねこも花をじっと見つめました。

「そうなの。白いスズランなら探せば見つけられるけれど、サンゴ色のスズランはなかなか見つからないのよ。」

のうさぎはため息を吐きながら言いました。

「その花を見つけて、お母さんにプレゼントでもしたいのかい?」

やまねこがたずねると、のうさぎは少しだけ黙った後、静かにこう言いました。

「お母さんにプレゼントできたらいいんだけど…私のお母さんは川に流されて死んじゃったの。」

「何も知らずにたやすく聞いてしまってごめん。のうさぎさんのお母さんは死んでしまったんだね。」

やまねこはのうさぎにあやまりました。

「気にしないで。数年前まで、お母さんと一緒に住んでいた家があったんだけど、その家の周りにはこのさんご色のスズランが咲いていたの。春のある日、大雨が降って、家とスズランは根こそぎ流されてしまったの。出かけていた私は運良く助かったんだけど、お母さんは川に流されてしまって…。私はお母さんを助けてあげることができなかった。私がお母さんを殺したようなものなのよ…。」

「大切なお母さんを突然、亡くしてしまったなんて、つらかっただろうね。」

くまはことりが死んだ日のことを思い出しながら、のうさぎをなぐさめました。

「えぇ。お母さんのことが大好きだったから、しばらくの間、私はふさぎこんだわ。仲間のうさぎたちはね、家族が多い子たちが多いんだけど、私はお母さんと二人きりだったから。子どもを産めなかった私には、お母さんしかいなかったのよ。」

のうさぎはいつの間にか目に涙をためながら話していました。

「きみの気持ち、よく分かるよ。ぼくも大切な友だちと二人きりで暮らしていたことがあるから。」

くまはそっとのうさぎに寄り添いました。

「くまさん、ありがとう。流されてしまったお母さんのことは、結局見つけられなかったの。ちゃんとお母さんを見つけて、お墓を作ってあげたかったんだけど、それさえできなかった…。だからね、代わりにお母さんとの思い出の花、サンゴ色のスズランを探しているの。この押し花だけは手元に残ったけれど、この花はもう生きていないから、植えられないの。私、サンゴ色のスズランをまた植えたいのよ。この花を見つけられたら、またお母さんと一緒に過ごせる気分になれると思うから。」

のうさぎは溢れ出る涙を拭って、ほほえみました。

 のうさぎの話を聞いたくまは、はっとしました。死んだことりを手元に残してしばらく大事にできた自分は恵まれていたかもしれないと気づいて。のうさぎのように大事な存在の亡骸と再会できない場合もあるんだと分かり、ことりのために木箱を作り、花をしきつめて、ことりを中に入れ、死んだ後も、ことりのことを大事にできた自分は幸せだったと思えました。お墓を作って、埋葬できることは幸せなことなんだと知りました。

 何も言葉を返せなくなっていたくまに代わって、やまねこは言いました。

「のうさぎさん、そんなことがあったんだね。きみはえらいよ。お母さんも家も大事な花も何もかも失くしてしまったのに、ちゃんと希望を見つけて、生きてるんだから。ぼくとくまくんは、『くまとやまねこ音楽団』として、あちこち旅を続けているところなんだ。きみも一緒に来ないかい?世界中を巡業していれば、いつかきっとサンゴ色のスズランも見つかると思うよ。」

「まぁ、そうなの。あなたたちは音楽団だったのね。花を見つけたいし、一緒に行きたいけど…私、何も楽器なんて持ってないのよ。きっと二人の役には立てないわ。」

「役に立とうなんて思わなくていいんだよ。ぼくらは気が向くまま、気ままにバイオリンを弾いて、タンバリンを叩いているだけなんだから。」

「やまねこくんの言う通りだよ。やまねこくんのバイオリンは上手だけど、ぼくのタンバリンの腕前はこんなもんだし。」

くまはタンバリンをバラン、バララランと叩いて見せました。

「きみに良さそうな楽器も持ってるんだ。これなんかどうかな?」

やまねこは、ぼろぼろのリュックサックの中をがさごそ探すと、何かを取り出しました。

「オカリナという楽器なんだけど、のうさぎさん吹いてみない?」

やまねこはのうさぎに古ぼけたオカリナを渡しました。

「オカリナなんて吹いたことないんだけど…私にできるかしら?」

のうさぎはオカリナを咥えて、息を吐いてみましたが、上手く音は出ませんでした。

「練習すればきっと吹けるようになるよ。のうさぎさん、ぼくらの音楽団に入ってくれないかい?」

「そうだよ。ぼくのタンバリンだってまだ下手っぴだし。きみと一緒にサンゴ色のスズランをぼくも探したいよ。」

やまねことくまは、ひとりぼっちでさびしそうなのうさぎを自分たちの音楽団に誘いました。

「やまねこさん、くまさん、ありがとう。そうね…あなたたちと一緒に旅することにするわ。オカリナを吹けるようになりたいし、花も見つけたいもの。」

『くまとやまねこ音楽団』にのうさぎも加わることになり、三人は音楽を奏でつつ、サンゴ色のスズランも探す旅を続けていました。

 

 三人で旅を続けていると、すてきなバイオリンの音色が風に乗って聴こえてきました。とてもきれいでちょっとせつない音楽でした。

「やまねこくんのバイオリンと同じくらいすてきな音色だな…。」

「ぼくのバイオリンより、すごく上手だよ。」

「あっ、あそこにだれかいるわ。」

のうさぎが大きなカシの木の下でバイオリンを弾いているだれかを見つけました。

 かしの木の下でバイオリンを弾いていたのはきつねでした。

「きみ、とってもバイオリンが上手なんだね。」

やまねこが話しかけると、きつねは演奏をやめてしまいました。

「やめないで、もっと聴かせてほしいよ。」

くまが言うと、きつねは冷たくこう返しました。

「別に…きみたちに聴かせるために弾いていたわけじゃないし。」

きつねはそう言うと、草の上にぽいっとバイオリンを投げ捨ててしまいました。

「バイオリンはもっとていねいに扱わなきゃ。ケースにしまわないと壊れてしまうよ?」

やまねこは放り出されたバイオリンを心配し始めました。

「せっかくバイオリンケースがあるのに、どうしてしまわないの?」

のうさぎはきつねのそばに置いてあるバイオリンケースを見ながら、不思議そうにたずねました。

「ぼくにとって、バイオリンはたいして大事なものじゃないんだ。バイオリンケースの中には、バイオリンなんかより大事なものが入っているから、バイオリンはしまえないんだよ。」

大事そうにバイオリンケースを抱えたきつねは、カシの木の下にごろんと横になりながら三人に言いました。

「そのバイオリンケースの中には何が入っているの?」

きつねのバイオリンケースの中身が気になるくまはたずねました。

「ぼくのバイオリンケースの中身なんて、きみたちには関係ないはずたけど、教えなきゃきっとぼくのそばから離れないよな。仕方ないな…。早くどっかに行ってほしいから、見せるよ。」

きつねは文句を言いながら、バイオリンケースを開きました。すると中にはたくさんの本が入っていました。

「えっ…本?」

「楽器じゃなくて、本をしまっていたのね。」

「きみの大事なものって本だったんだね。」

「そうさ。ぼくにとって大事なものはバイオリンじゃなくて、本さ。でも…本の中にはもっと大事なものをしまっているんだ。」

三人に本を見せると、きつねはぱたんとバイオリンケースを閉じてしまいました。

「もっと大事なものって?」

「本の中にしまえるものがあるの?」

「本の中身も気になるわ。」

「もういいだろ。バイオリンケースの中身を見せたんだから、あとはほっといてくれよ。きみたちとぼくは別に友だちでも何でもないんだから、これ以上、教える必要はないと思う。」

きつねはまたバイオリンケースを大事そうに抱えて、ごろんと横になると目をつむって言いました。

「たしかにまだ友だちではないけど…。」

「これから友だちになりましょうよ。」

「きみ、バイオリンが弾けるなら、ぼくらの音楽団に入ってくれないかい?」

「音楽団?」

草の上に寝転んでいたきつねは、片目を開いてたずねました。

「ぼくら『くまとやまねこと…のうさぎ音楽団』なんだ。ぼくはバイオリンを担当しているよ。」

「私は、オカリナを練習中なの。」

「ぼくはタンバリン係だよ。」

三人はそれぞれ音を出して見せながら、きつねに説明しました。

「ふーん。バイオリンにオカリナなタンバリンか…。」

きつねはあまり興味がなかったのか、また目を閉じてしまいました。

「きみのバイオリンの音色は、とってもすてきだと思ったんだ。ぜひぼくらの音楽団に入ってほしい。」

きつねのバイオリンの腕前をすっかり気に入ったやまねこは、熱心にきつねにお願いしました。

「きみもバイオリン弾きなら、音楽団にバイオリン弾きは二人もいらないだろ?」

きつねはまた片目を開けると、じろっとやまねこのバイオリンを見つめました。

「バイオリン弾きは二人いた方が、もっと音楽を楽しめるんだよ。一緒に、コンチェルトとか演奏しないかい?」

「コンチェルトね…。ぼくは別にだれかと一緒に音楽をしたいとは思わないけど。ぼくはぼくにとって大事な子のために弾いているだけだから。」

きつねはバイオリンケースをぎゅっと抱き抱えました。

「大事な子のことを聞いても教えてくれないだろうから、あえて聞かないけど…でもぼくはやっぱりきみと一緒に音楽を演奏したいよ。ぼくらの音楽団に入ってほしい。」

諦めきれないやまねこは、しつこくきつねにアプローチしました。

 はぁーときつねは大きなため息を吐いたあと、起き上がって言いました。

「どうせ、ぼくがいいよと言うまできみたちはここから離れる気はないんだろ?ぼくはヒマだから旅をするくらい別にいいよ。たまにバイオリンを弾けばいいんだろ?」

「きつねくん、ありがとう。」

「音楽団に入ってくれて、うれしいわ。」

「きみと一緒に演奏できるのが楽しみだよ。」

喜ぶ三人に向かって、きつねはくぎをさすように言いました。

「バイオリンは気が向いた時しか弾かないし、ぼくにとって大事なことは、バイオリンより読書なんだ。バイオリンケースの中の本を読む時間の方が大事だから。」

「うん、それはもちろん構わないよ。きつねくんはきつねくんが大事なものを優先してくれていいから。だれにでも大事なものはあるし。時々、一緒に演奏してくれたら、それだけでぼくはうれしいから。」

やまねこはきつねにやさしく言いました。

 『くまとやまねことのうさぎ音楽団』にはちょっとひねくれ者のきつねも加わり、音楽団は四人になりました。旅をしながら、くまとやまねことのうさぎは一生懸命演奏しましたが、きつねだけはバイオリンを弾くことより本を読むことに夢中でした。

 

 四人は旅の途中、川べりであひると出会いました。あひるは一人で歌を歌っていました。四人に気づくと、あひるは歌うのをやめました。そのあひるは立派ななめし皮のポシェットを首からさげていました。

「あひるさん、こんにちは。すてきな歌声だね。」

「あなたの歌をもっと聴きたいわ。」

「すてきなポシェットを持ってるんだね。何が入っているの?」

きつね以外の三人はあひるの歌とポシェットに興味津々でした。

「初対面のあなたたちに教える義務はないと思うけど。」

あひるは三人に対して、冷たい態度を取りました。

「歌いたくなくなったのなら、歌わなくていいと思うし、そのポシェットの中身も教える必要はないよ。」

自分にどこか似ているあひるの気持ちが分かるのか、または興味がないだけなのか、きつねだけはあひるの心に寄り添うように言いました。

「大事な歌だし、ポシェットには大事なものが入っているから、簡単には赤の他人に見せられないわ。」

三人はあひるのことをちょっといじわるだなと思いましたが、無理強いはできないので、あやまりました。

「そっか、ごめんね。初対面なのに、ずけずけ聞いてしまって。」

「きみにとって大事な歌なんだね。」

「大事なものが入っているのね。」

「そうよ。私にはだれにも邪魔されずに一人で守りたいものがあるの。私に構わず、さっさとどこかへ行ってちょうだい。」

あひるは四人を邪魔者扱いしました。

「あひるさん、せっかく歌っていたのに、邪魔してごめんね。」

「でも…きみの歌声はとってもすてきだから、本当はぼくらの音楽団に入ってほしいと思ったんだ。」

思いきってやまねこはあひるに音楽団の話をしました。

「音楽団?」

「そうよ、私たち『くまとやまねことのうさぎときつねの音楽団』なの。」

「ふーん。私には関係ないけどね。」

少しは興味を示したかと思いましたが、あひるは音楽団には入りたくないように、ぷいっとそっぽを向いてしまいました。

「もし…気が向いたら、演奏を聴きに来て。」

「しばらくこの近くで巡業する予定だから。」

「無理に来ることはないよ。きみはきみの大事なものを一人で大事にしていればいいんだから。他人のために大事な時間を使うことはないんだ。」

きつねだけは最後まで、ちょっといじわるなあひるの気持ちを理解するように言いました。

「えぇ、分かったわ。私は私の大事なものと私の時間を大事にするから、ごめんなさいね。」

音楽団の一員にならなかったあひると別れ、四人が巡業場所へ向かっていた時のことです。

 

 森の中で野宿していた夜。急に強い風が吹き荒れ、大雨が降り出しました。四人はあらしにおそわれたのです。

「すごい雨と風だ。」

「困ったな、どこかに避難しないと。」

「このバイオリンケースの中の本だけは汚さないようにしないと…。」

バイオリンより、ケースばかり大事にするきつねに向かって、のうさぎが言いました。

「きつねさん、バイオリンも大事にしなくちゃ。この大雨で濡れたら壊れてしまうわ。」

「そんなこと言ったって、ケースはこれひとつしかないんだから、仕方ないだろ。ぼくにとって大事なのはバイオリンより本なんだから。」

「二人とも言い争っている場合じゃないよ。あそこにほら穴を見つけたから、避難しよう。」

くまが見つけた大きなほら穴に、みんなで慌てて駆け込みました。

 

 「ふぅ。これで少しは安心かな…。」

ほら穴の入り口で雨風をしのいでいると、ほら穴の奥からランプを持っただれかがやって来ました。

「きみたち、大丈夫?ひどい風と雨になったね。」

ランプを持っていたのはたぬきでした。

「こんばんは、たぬきくん。」

「もしかして、このほら穴はきみの家?」

「うん、ほら穴の奥はぼくの家だよ。」

「そうだったの。ごめんなさいね、勝手に雨宿りに使って。」

「いいんだよ。ここは元々森のみんなのほら穴だったのに、家を失くしたぼくの住みかにしていいよって仲間が言ってくれて、住まわせてもらっているだけだから。良かったら、ぼくの家に来て。あったかいごはんもあるよ。」

たぬきはニコニコしながら四人を自分の家に誘いました。

「今夜はたぬきくんの家へお邪魔しよう。このひどいあらしが去らないうちはどこへも行けそうにないし。」

そう言うきつねが率先して、ほら穴の奥へ進み始めました。

「きみも、えんりょしないで。」

きつねとくまとやまねことのうさぎの他にもだれかが入り口にいることに気づいたたぬきが声をかけました。

「私は…ここでいいわ。」

それは音楽団に入るのを断ったあひるでした。

「あれっ?あひるさんもいたの?」

「あひるさん、あらしの夜なんだから、えんりょしないで、一緒にたぬきさんの家にお邪魔しましょうよ。」

「そうだよ。ぼくらの音楽団に入らなかったことは気にしなくていいから。」

「へぇ、きみたち、音楽団なんだね。」

たぬきはランプの明かりでやまねこときつねのバイオリンケースと、むきだしのバイオリンを照らしながら言いました。

「そのバイオリン、ずぶ濡れじゃないか。どうしてケースに入れないんだい?」

たぬきは不思議そうにきつねにたずねました。

「バイオリンケースには、バイオリンより大事なものが入っているんだよ。」

「なるほどね。それなら、ぼくの家にちょうどいいものがあるから、きみにあげるよ。さぁ、あひるさんも一緒に、みんなでぼくの家に来て。」

お日さまみたいに明るいたぬきに誘われ、音楽団の四人と一緒に、あひるも渋々みんなの後をついて歩き始めました。

 

 ほら穴の奥へ到着すると、広い空間が現れ、そこにはいろいろなものがごちゃごちゃ無造作に山のように置かれていました。脚が一本ないイス、流木、底の抜けたなべ、何か分からないブリキの破片、欠けたガラスのかびんなど…。

「何…ここ…ガラクタの山ね。」

あひるは言葉も選ばずに、あきれるように言いました。

「ガラクタというかゴミというか…。」

きつねもあきれている様子でした。

「二人とも、そんな言い方は良くないわ。」

「そうだよ、ガラクタに見えるものでも、たぬきくんにとっては宝物なのかもしれないし。」

「うん、そうだね。宝物かもしれないよ。」

のうさぎとくまとやまねこはガラクタの山に圧倒されながらも、きつい言い方をするあひるときつねを注意しました。

「ははははっ。みんな、びっくりさせちゃって、ごめんね。ぼくさ、火事ですべて失ってしまったものだから、森や川で拾ったものを集めてしまうんだよね。さびしいとついモノを集めてしまうんだ。それにゴミとかガラクタに見えても、だれかにとっては宝物かもしれないし…。」

たぬきはガラクタの山からあまりきれいとは言えないバイオリンケースを引っぱり出して、きつねに渡しました。

「きつねくん、良かったらこのバイオリンケース使ってよ。前に森で拾ったんだ。もっと汚かったから、たぶんだれかが要らなくなって捨てたんだと思う。これでも一生懸命みがいて、きれいにしたんだ。」

「ありがとう…。バイオリンを入れるケースなら、これで十分だよ。助かるよ。」

きつねはたぬきからもらったバイオリンケースにバイオリンをしまいました。

「ねぇ…たぬきさん、これは…何?」

のうさぎは何かが入ってそうな古ぼけた小さなバスケットを見つけました。

「あぁ、それには球根をしまっているんだ。」

「球根?」

「そう。ぼくは花の球根や種も集めてるんだ。種や球根ってすごいと思わない?こんなに小さいのに命が眠っていて、土に植えればちゃんと育つんだから。」

たぬきはバスケットの中から球根を取り出して見せました。

「ねぇ…もしかして、これってスズランの球根じゃない?」

のうさぎはバスケットの中に、見覚えのある球根を見つけました。

「あーうん。そうかも。ごめんね、ぼく、いろんな球根混ぜちゃったから、どれがスズランか覚えてないんだけど。スイセン、ヒヤシンス、チューリップにそれからたしかにスズランの球根もあるはず。」

「きっと、これはスズランの球根よ。私、ちゃんと覚えているもの。」

「それがのうさぎさんの探しているサンゴ色のスズランの球根とは限らないけどね。」

のうさぎが旅の道中、サンゴ色のスズランを探していることを知っていたきつねはちょっと冷たく突き放すように言いました。

「えぇ、そうね。白いスズランの球根かもしれないけれど…でももしかしたらサンゴ色のスズランかもしれないじゃない?」

のうさぎは宝物を見つけたように、きらきら瞳を輝かせていました。

「のうさぎさんは、サンゴ色のスズランを探しているのかい?それなら…この森でそんな色のスズランを見かけたことがあるから、もしかしたら、それはサンゴ色のスズランが咲く球根かもしれないよ。」

たぬきはのうさぎにやさしく教えました。

「そうなの?じゃあ、サンゴ色のスズランの球根かもしれないのね。」

「それが探していた花の球根なら、きみにあげるよ。」

「いいの?うれしい。たぬきさん、ありがとう。私の死んだお母さんが好きな花なの…。だからずっと探していたの。」

のうさぎは木箱に大切にしまっていた、スズランの押し花をたぬきに見せました。

「そっか、きみのお母さんの形見の花なんだね。たしかにこういう色のスズランをこの森で見かけたよ。」

たぬきは木箱の押し花を確認するように見つめながら、言いました。

「きみたちは旅をしているんでしょ?その球根、地面には植えられないだろうから、これをあげるよ。」

たぬきはまたガラクタの山をがさごそあさると、少し欠けた植木鉢を取り出して、のうさぎに渡しました。

「植木鉢…ありがとう。これなら旅をしながら球根を育てることができるわ。」

「ちょっと欠けてる部分もあるけど…。」

「ううん。これで十分よ。本当にありがとう。お礼にたぬきさんに音楽を聴かせてあげたいわ。やまねこさん、いいでしょ?」

「よし、じゃあここでたぬきくんのための演奏会をしよう。きつねくんもバイオリンケースをもらったんだし、いいよね?」

きつねはだまってうなずくと、バイオリンケースからバイオリンを取り出し、演奏し始めました。きつねのバイオリンに合わせて、やまねこもバイオリンを弾きました。のうさぎも一生懸命、少しは上手になったオカリナを吹きました。くまのタンバリンもだいぶ上達していました。四人の演奏を黙って聴いていたあひるは、演奏に合わせるように歌い始めました。

 

「すごい!みんな、すてきな演奏をぼくに聴かせてくれてありがとう。あひるさんもやっぱり音楽団の一員だったんだね。」

たぬきは拍手しながら、音楽団の演奏をほめました。

「あひるさん、歌ってくれてありがとう。」

「やっぱり、きみもぼくらの音楽団の一員になってほしいな。」

くまややまねこに改めてお願いされたあひるは、恥ずかしがるように言いました。

「気が向いたから、歌っただけよ。たぬきさんにはこうして雨宿りさせてもらっているし。それから…。」

あひるは、のうさぎとたぬきを見つめながら、いつになくやさしい口調で言いました。

「私は一人じゃないかもしれないって思ったから。どこか似ているのよね、あなたたちと…。」

そう言いながら、あひるはあれほどかたくなに見せることをいやがっていた、なめし皮のポシェットを突然、開けました。

「本当は何も入っていないのよ。」

ポシェットの中は空っぽでした。

「えっ…?」

「空っぽ…?」

「大事なものが入っているって言ってたのに…。」

やまねこたちはあっけにとられました。

「私にとって何より大事なものはね、生まれられなかった私の子なの。たまごをどんな温め続けてもひなはかえらなくて、結局たまごの中で死んでしまったの…。しばらくその子のことはこのポシェットに入れて肌身離さず持っていたんだけど、そのうち腐ってしまって…。仕方なく、たまごのカラと一緒に土に埋葬したの。」

「そうだったんだ…。」

「そんなことがあったのね…。」

みんな返す言葉を見つけ損ねていました。

「何で話す気になったかって言うと、のうさぎさんやたぬきさんの話を聞いたからよ。のうさぎさんはお母さんを亡くしていたのね。たぬきさんは火事で大事なものをすべて失くしてしまったようだから、私も話してもいいかなって思ったの。この空っぽのポシェットには、あの子がいた証がつまってることを、あなたたちなら分かってくれる気がして…。ずっといじわるばっかり言ってごめんなさいね。」

あひるの話を聞いたたぬきはガラクタの山から、たまごの形をした石を見つけると、あひるに渡しました。

「あひるさん、大事な話を聞かせてくれてありがとう。これ、良かったらポシェットに入れて。あひるさんのたまごに似てると思うんだ。」

「ありがとう…えぇ、ちょうどこれくらいの大きさだったわ。あの子のお墓の目印に置いて来た石によく似てる…。」

あひるはたぬきからもらった、たまご型の石を大事そうにポシェットにしまいました。

 

 あひるたちの話を黙ってそばで聞いていたきつねは、ふいに本が入っているバイオリンケースを開けて言い出しました。

「勝手に気が合うと思ってたあひるさんが話してくれたから、ぼくも話す気になったんだけど…。本の中にしまってる一番大事なものってこれなんだ。」

きつねは本をぱらぱらめくると、一枚のしおりを取り出しました。

「しおり…?」

「何か羽がついてる?」

「そう、ぼくの大事な友だちのことりの羽で作ったしおり。ずっと友だちでいようって約束したのに、ある日、死んでしまったんだ…。だからぼくが時々ひとりで演奏するバイオリンはことりへのレクイエムなんだよ。」

るり色の美しい羽がついたしおりを愛おしそうに見つめながら、きつねは音楽団の一員になってから初めて、さびしそうに笑みを浮かべました。

「きつねくんにも大事なことりくんがいたんだね。ぼくにも大事な友だちのことりがいたんだ。だから、きみの気持ち、よく分かるよ。」

くまはしおりを見つめながら、きつねに寄り添うように言いました。

「きつねさんは、他の三人と違って、最初から私のことを分かってくれている気がしたの。きつねさんにも私と同じように忘れられない大事な存在がいるのね。」

あひるもやさしくきつねに寄り添いました。

「ぼくと友だちのことりが一緒に生きていた時、大事なことりが死んだ時、きみたちはいなかったから…。いなかった人たちに、ぼくがことりを忘れられない気持ちを話したところで、分かってもらえるはずないって思い込んで、今日まで話すのをためらっていたんだ。」

きつねはまた少しさびしそうに、ほほ笑みました。

「だれにでも、大事な存在っているよね。生きているからこそ、死からは逃れられないし、いつかは離れ離れになってしまう。だからこそ、一緒に生きていられた時間はかけがえがないし、大事な存在が死んでしまっても、一緒に生きた時間は大事にしたいよね。」

たぬきはきつねにやさしく語りかけました。

「たぬきくんにもぼくらと同じように大事な存在がいたの?」

きつねがたぬきにたずねました。

「うん、いるよ。きみによく似たきつねの友だちがぼくにはいたんだ。ぼくらはずっと森で暮らしていたから、いつか二人で海に行くのが夢だったんだ。海に届くように、二人で書いた手紙をガラスの小瓶に入れて、川に流したこともあったよ。二人でいろんなことをして楽しく暮らしていたんだけど…きつねは病気で死んでしまったんだ。」

「そうだったのか…。」

ずっと明るかったたぬきがちょっと悲しそうに話すものですから、きつねは心が痛くなりました。

「たぬきさんにとって、大事なきつねさんが死んでしまったのは気の毒だけど…でも私は、たぬきさんやきつねさん、のうさぎさんやくまさんがちょっとうらやましくもあるのよ。」

しんみりしているみんなの前で、あひるがそんなおかしなことを言い出しました。

「うらやましい?」

「うらやましいってどういうこと?」

「私たち、みんなあひるさんと同じく、大事な存在を亡くしたのよ?」

みんな一斉にあひるにたずねました。

「あなたたちには、大事な存在と一緒に生きた時間と、たくさんの思い出があるからよ。いなくなっても、あちこちに一緒にいた記憶があるでしょ?それがとってもうらやましいの。私は…そもそもたまごをかえせなくて、子どもと一緒に生きることができなかったから、大事な存在との思い出がひとつもないの。それが時々、たまらなくさびしくなる。あの子は死んでしまっても、せめて何かひとつでいいから、楽しく一緒に過ごせた幸せな思い出が残っていたらいいのにって考えると、泣けてくるわ。」

あひるは目に大粒の涙をためながら話しました。

「そっか…そうだよな。あひるさんの言う通り、大事な存在との思い出をたくさん持っているぼくらは恵まれているのかもしれない。」

「そうね。私には大好きなお母さんと一緒に過ごした思い出がたくさん残っているけれど、あひるさんにはそういう思い出がないんだものね。つらいわよね。」

「でも…かわいそうって決めつけられるのもイヤなの。あの子との思い出は何もないけど、たまごを温めながら、子どもの命を感じている間はとても幸せだったから。私ってほんとにひねくれ者よね。」

あひるは涙をぬぐいながら、少し笑みをのぞかせました。

「たしかにあひるさんのやりきれない悲しみと比べたら、ぼくらの方が幸せなのかもしれないけれど、あひるさんはこれからここにいる仲間と一緒に思い出を作ればいいんじゃないかな?あひるさんに子どもがいたことを、ぼくらはあひるさんから教えてもらった。だから、あひるさんの子のことも忘れずに共に思いながら、これからのあひるさんとの時間を大事にしたいと思うよ。かわいそうとか同情するんじゃなくて。」

あひるたちの話を聞いていたやまねこが言いました。

「やまねこくんの言う通りだよ。ぼくらはあひるさんからあひるさんの子の話を聞いたから、忘れないよ。あひるさんのそのポシェットを見たら必ず、あひるさんの子のことを思い出すし、これからあひるさんとその子と一緒に旅をして、たくさん思い出を作りたいって思う。」

くまもあひるにやさしく言いました。

「そうよ、思い出がないなら、これから作ればいいのよ。あひるさんの心の中であひるさんの子はちゃんと生きているもの。だから私たちはあひるさんと一緒にいれば、あひるさんの子とも一緒に過ごせて、新しい思い出をたくさん作れるはずよ。」

のうさぎもはげますように言いました。

「いじわるなことばっかり言う私にみんなやさしくしてくれて、ありがとう…。あなたたちの言う通りね。この子との思い出はこれから作ればいいのよね。もうポシェットは空っぽじゃなくなって、たぬきさんからもらった石も入っているし。またちゃんと命の重みを感じられるわ。空っぽのポシェットも愛しかったけどね。」

あひるは少し重くなったポシェットを揺らしながら、はにかみました。

 

ランプの明かりだけがぼんやり灯る暗いほら穴の中で、それぞれが心の奥にしまい込んでいた深い悲しみを吐き出し、語り合っているうちに、いつの間にかみんなの心は晴れやかになっていました。ほら穴の外はあらしだというのに、そんなことは忘れてしまうくらい、ほら穴の中のたぬきの家だけは、和らいだ雰囲気のおかげで、お日さまに照らされているようにポカポカでした。

後編へ続く

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