『18禁コーナーで佇む女』
その女はあまり人気(ひとけ)のない古いレンタルショップの18禁コーナーの中で佇んでいた。従業員でもない限り、女性がそこにいるのは珍しいし、初めて見かけた時は、何かの間違いでその一角に迷い込んでしまっただけかと思った。または罰ゲームか何かの遊びで、入らざるを得なかったのかと勝手に気の毒に思ったりもしていた。
どんな理由があるにせよ、男の秘密基地に女性がいると何となく落ち着かなかった。存在が気になってしまって集中できないから、早く立ち去ってくれたらいいのにと思った。こんな時、勇敢な男だったらこれはチャンスとばかりに、もしも欲求不満なら相手しますよ、なんてナンパできるのかもしれない。三十歳過ぎても未だに童貞で小心者の自分にはそんな勇気はなかった。
彼女は、特にアニメコーナーを熱心に物色していた。ちゃんと棚の商品を見ているということは、間違って入り込んだわけではなさそうだった。彼女のことが気になり、物色しづらかった俺は、適当に新作を数枚選ぶと、そそくさと18禁コーナーから抜け出した。自分より先に入っていた彼女はまだそこから出てくる気配はなかった。
その日以来、時々彼女の姿を同じ場所で見かけるようになった。数日おきに通っていた俺は金曜日の夕方に出くわすことが多いことに気づいた。慣れてしまうと恥じらいはなくなり、彼女に興味を抱くようになった。さすがにナンパしたいとまでは思わなかったものの、女性にとっては場違いかもしれない、危険も伴うその場所に、なぜわざわざ足しげく通うのか、その理由だけは知りたくなった。
勇気を振り絞って、いつものようにアニメコーナーで佇んでいる彼女のすぐ側に近寄ってみた。商品を眺めるフリをして、彼女の様子をうかがっていた。するとふいに彼女の方から声を掛けられた。
「あの…すみません。おすすめのアニメ…ありませんか?」
まさか彼女の方から声を掛けてくれるとは思いもよらず、少しうろたえてしまった。
「えっ?おすすめのアニメですか。そうですね…。」
動揺を隠しながら、それほど詳しくはないアニメを適当に選んだ。
「これとか、おすすめですよ。」
無意識に選んでしまったエロアニメは人妻ものだった。これじゃあ何か期待していると思われても仕方ないかもしれないと我に返ると、急に気恥ずかしくなった。
「ありがとうございます。今夜はこれを主人に見せてみます。いつも私が選んでいるアニメじゃ気に入らないみたいで、困っていたので助かりました。」
彼女は恥ずかしがる素振りもなく、まっすぐ俺の顔を見て微笑んだ。彼女は本当に人妻だった。
「旦那さんのために借りてあげるなんて健気なんですね。女の人ってあまりこういうの、見たがらないし、ましてパートナーが見るなんて許せないって方もいるみたいなのに、やさしいんですね。」
このコーナーに彼女がいる理由が分かってすっきりした俺は、思いの外、冷静に彼女と会話できるようになっていた。
「えぇ、でも主人のためというより、自分のためなので…健気でやさしい女ってわけではないんですよ。」
また俺の方をじっと見つめて微笑んだ彼女に、何か妙な気配を感じ始め、ぞくっと身震いしてしまった。
この女に近づくべきではないと気づいた時には遅かった。突然、彼女は俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。そして耳元でこう囁いた。
「黙って私についてきて。抵抗したら、あなたに痴漢されたって大声あげるから。」
彼女は俺が選んだ人妻アニメDVDを片手に持つと、反対側の腕で俺を力強く掴んで離さなかった。脅された俺は抵抗することができなかった。
DVDを借りて、レンタルショップから出ると、彼女は俺に腕を絡ませたまま、黙って暗がりの中、歩き続けた。外にさえ出れば、逃げ出すこともできたはずなのに、俺はなぜか彼女の腕から逃れることができなかった。しばらく歩き続けると、不思議なことに俺の部屋に到着していた。もしかして彼女はストーカーで、俺のことをつけ回していたのかもしれない。
鍵をかけて出たはずの部屋を女は鍵も使わず容易く開けた。そして彼女に促されるまま、見慣れた室内に入ると、置いた覚えのない仏壇が目に飛び込んできた。そこにはまだ若そうな男性の遺影が置かれていた。その男性の顔は何となく自分に似ている気がした。
「主人ね…子どもも残さないうちにあっけなく死んでしまったのよ。私、つらい治療にも耐えて、必死にがんばったのに、主人の方にも問題があったみたいで、なかなか授かることができなかったの…。たった一度だけ、授かったことがあったけれど、すぐに流産してしまって…。」
「そうなんですか…お気の毒さまです…。」
この部屋から出なければと思っているうちに、見た目のわりにものすごい腕力の女にベッドに押し倒されてしまった。そして金縛りにでも遭ったかのように身動きがとれなくなった。
「私ね…初めてあなたがこの部屋に来た時から、主人に似ているし、いいなって思ってたの。」
いつの間にか女は全裸になり、俺の下半身の衣類を脱がせ、馬乗りになっていた。
「ちょっと、何考えているんですか。やめてください。」
抵抗しようとする俺に構わず、性器をなぶり始めた彼女はすでに正気の沙汰ではなかった。
「私、どうしても子どもがほしいのよ。子どもができるまで、あなたのことは解放しないから。」
執念深く、子どもを授かることを望む女に童貞を奪われた俺は、一晩中犯され続けた。狂気めいた女に恐怖を感じ、それどころではないはずなのに、身体だけは勝手に反応していた。女に身を委ね、空っぽになるまで精液を抜かれた俺は、一晩で精力のみならず生気まで奪われていた。
女は俺が住む部屋の元住人で、夫を亡くした後、夫に似た男を見つけては、性交していたが、子どもを授かることができず、絶望し、部屋の中で自死していたということをあの世で知った。妙に家賃が安い部屋だと思っていたけれど、まさか事故物件だったなんて…。
その展開は、無意識に自分で選んだ人妻エロアニメと完全に一致していた。そもそもそのDVDを借りたレンタルショップはとっくに閉店していたことも死んでから気づいた。俺は一体、いつまで生きていて、いつから死んでしまっていたのだろうか…。あのレンタルショップで女と出くわした時にはすでに死んでいて、彷徨っていただけかもしれない。そう言えば、そのレンタルショップがまだ繁盛していた頃、中学生だった俺は女によく似た従業員のお姉さんに淡い恋心を抱いていたこともふと思い出した。
あのお姉さんに童貞を奪われたい…密かにそんなことを願っていた俺は、命と引き換えに中学生の頃の夢を実現させていた。
#現代のホラー #2000字のホラー #物語 #小説 #男 #女 #妊娠 #子ども #レンタルショップ #人妻 #事故物件 #エロアニメ #幽霊 #執念