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【読書記録】トランプ新政権を読み解くヒントがここにある 小川寛大著『南北戦争――アメリカを二つに裂いた内戦』(中央公論新社)
日本製鉄会長兼CEOの橋本英二氏へのインタビューを含め、USスチール買収をめぐるもろもろの取材をするうちアメリカの歴史に対する無知を痛感した。手に取ったのは、畏友である宗教ジャーナリスト・小川寛大氏(『宗教問題』編集長)による本書である。2020年の刊行だが、最初の数ページを読んで積ん読にしていたのは迂闊であった。知らないことばかりが書いてある、力作である。
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日本語による南北戦争の概説書がない、という問題意識から書かれたという本書は、1861年の「サムター要塞の戦い」に始まり、勝負の分かれ目でもあった「ゲティスバーグの戦い」、そして南部の敗北直後のリンカーン暗殺に至る、一連の流れを図や地図も用いながら丁寧に紐解いていく。
学部で行われる入門講座のような語り口は読みやすいが、黒人奴隷制を続けていく南部と、廃止を求める北部というイデオロギー対立以上に、さまざまな歴史の結節点・分岐点だったことが明かされる。例えば冒頭から、こんな記述に出くわす。
「北部が勝利したことにより、アメリカ各州の強すぎる州権には一定の制約が生まれ、アメリカ合衆国はようやく、一つの国家としての内実を伴った体制となる。実際、南北戦争を境とし、アメリカ合衆国(United States of America)を受ける動詞は「are」という複数形から、「is」という単数形になったとされている」
18世紀後半のアメリカ独立戦争でイギリスの支配からの脱却は果たしたが、国家としてのまとまりができたのは、この南北戦争だったという。
南部の「勘違い」と北部の「経済発展」
産業革命と同時進行した兵器革命によって戦いの内実が変わっていったことや、戦時中に起きた南部の綿花中心のモノカルチャー経済衰退の流れは膝を打った。
前者についていえば、当時の新兵器だった「ライフル銃」を両陣営が大量に運用した初めての戦争でもあったとは知らなかった。銃身内部のらせん状の溝をライフルというが(刑事ドラマで出てくる「線状痕」が弾に残る)、弾丸が隙間なく発射できる銃の大量生産がその少し前のフランスの技術革新で実現。命中率が飛躍的に向上したライフル銃を大量導入したことで、60万人もの死者を出す結果にもつながった。
これが軍事思想を変える。軍隊同士の純粋な力比べだった従来の戦争は一変し、敵側の都市や農場を焼き払い、一般人にまで銃口を向けることで戦意を喪失させる戦術がしばしば採用された。のちの第一次大戦の「総力戦」の準備となったという説明は、世界史の授業の「空白」を埋める知識だ。
また南部側の指導部は当初、綿花の輸出を通じて結びつきが強かったイギリスやフランスによる軍事支援を期待したが、この読み違えが苦境を招く。綿花の栽培に適したインドがイギリスの植民地下に入ったことも手伝って、ヨーロッパにとってアメリカ南部は、不可欠なピースではなくなっていた。
むしろ北部に本拠を持つ企業が主導した鉄道敷設や製造業などへの投資が大陸の資本家たちにとって魅力的なものになり、工場がつぎつぎと建設され、内需主導型の経済ができあがる。
「アメリカ人のことはアメリカに生まれた者」が決める
敗者となった南部の貧しい労働者家庭が戦後、仕事を求めて北上し、ペンシルベニアやオハイオの製造業の街に住み着いた。工場の城下町は、彼らの子弟が通う学校や体育館や福祉を支えたものの、20世紀後半からグローバル化の波に洗われて衰退していく。
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2期目のトランプ政権の副大統領に就任したジェームズ・D・バンス氏の自伝(『ヒルビリー・エレジー』)のタイトルにある「ヒルビリー」は「田舎者」を意味する。ヒルビリーたちの不安定な生活環境は代々、絶望の色を深めながら受け継がれた。しだいにドナルド・トランプ氏の大統領返り咲きと、この南北戦争の歴史も一本の糸でつながって見えてくる。
ちなみにリンカーンを暗殺したのは「アメリカ人のことはアメリカで生まれた人間によって動かされるべき」と主張する国粋主義政党に属するジョン・ブースという、20代の俳優だったが、彼の父はイギリスからの移民だったという。移民が移民排斥を訴えるという図は、25年前にブラジルから移民してきた経営者が「日本は我々アメリカ人の血を吸うのをやめろ!」と叫んで、日本製鉄を罵る構図と似ていなくもない。歴史は繰り返すのか。
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異論反論ある北部の政治のなかで、のらりくらりと極論をかわしてまとめていく「寝業師」のリンカーンや、奇策をいとわないアメリカ史上屈指の名将として北部軍を追い詰めるリー将軍など、個性豊かなリーダーたちの横顔も面白い。これはこれで、やはり小川氏による新著『南北戦争英雄伝』(中新書ラクレ)も24年11月に出ている。
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◇小川寛大著『南北戦争――アメリカを二つに裂いた内戦』(中央公論新社) 1980円
◇J・D・バンス著/関根光宏・山田文訳『ヒルビリー・エレジー』(光文社) 1320円
◇小川寛大著『南北戦争英雄伝ーー分断のアメリカを戦った男たち』(中新書ラクレ)
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