あす、ノンフィクションひそひそ話 第6回です


私の師匠が出馬したことについて、出版関係の各方面から「まだ権力がほしいのかね」と嘆息まじりの連絡をいただきます。

連絡をくださる人はみな、そもそも特殊法人研究の本や三島由紀夫の評伝など往年の作品などの良さを知っている人たちで、彼への一定の敬意があるからこそ、純なものが失われていくようなもやもやしたものをお感じなのだと、ありがたいやら、私ももやもやするやら。

もちろん「権力志向」がないと言ったらそんなはずないだろうとも思いますが、私は、75歳の作家がいまから選挙に出る主たる動機を「権力」と表現するとちょっとピントがずれるのではないか、と思っています。もちろん世間からそう見えること当然です。公職ですからね。ただ、あくまで、書き手がなんで選挙に出るのかと。

明日、ライター仲間とまたイベントをやるにあたってお話する「ノンフィクションライター業の悩み」につながるテーマのような気がするので、整理のためにここに書きます。

事務所を辞していらい、私はあまり連絡を取らないようにしているので、エゴサされると不意に師匠から雷が落ちてくるかも(笑)、めんどくさいので名前を掲げずに書きます。

先走っていえば、ほしいものは「権力」というより「情報」だと思います。
もちろん、出馬意図を聞いたインタビュー記事ではそんなことは書いていません。

それらを読んだり見たりしてみると、概ねこういうことのようです。岸田政権には改革提言もしたが、聞く耳を持たない、しかも遅い、にもかかわらず世論調査の数字は伸び続けていて、このままでは日本は沈没しかねない、2月に亡くなった石原さんにも「日本を頼む」と3回言われた。国政に自ら打って出て日本を変えたい。やるべき改革はより一歩踏み込んだカーボンニュートラル、そして構造改革だ――といった感じです。

これに嘘はないと思います。

ただ、私が言いたいのは、むしろ作家としてやる、つまり書くことを前提として出馬する根底にあるリアルな動機は、法律とか予算を勝ち取ることよりそれを求めるプロセスにあって、情報を手にしたい、ということではないのかなと想像しています。

小説家と違い、ノンフィクションの場合は、調べる、取材する、取材するプロセスを記録するといったフィジカルが必要で、今回ウクライナで起きている戦争取材に足を運んだ水谷竹秀さんも、『逃げるが勝ち』を書くにあたって、逃亡者たちの足取りを追い、取材してまわった高橋ユキさんも、体をつかい、足をつかって、どろっとした生の現実やデータを手にし、そこから、これまで書かれなかった価値というか、当たってなかった光をあてた現実を見せるかたちで、新商品を提示しようとするわけです。

40代半ばの体力でも結構大変なのに、70代を超えてこれをいちからやることはなかなか難しい。この点、国会議員になれば、官庁に対して堂々と資料を求めることができる、さまざまな情報を体内に染み込ませた優秀な官僚たちとの対話は、ときにそのものがミステリアスな対話になります。

こうした情報を得て、あるいはその過程で面白い現実と向き合い、また表現できれば、自分は面白い発信ができるーーそんなふうに思っているのではないか。

これには、いちぶ、私も責任を感じないではありません。師匠は、ちょうど10年前に初めて出た選挙で史上最高得票を獲得して某知事に就任、1年後、選挙の際に某医療法人の親玉から金員を借り受けた事実が発覚。選挙運動費用収支報告書に記載しなかった公職選挙法違反で略式起訴となりました。

ちなみに事務所スタッフの私も、東京地検特捜部に5、6回は呼ばれ、調書も取られましたよ。でも、某新聞がスクープするまで師匠がそんなことをしているとは知りませんでしたし、本人もうしろめたかったんでしょうね。事務所スタッフとスケジュールを共有するための手帳にも何も書いていませんでした。あとで見ると、ああこれかと思わせるような深い空白になっていました。

さておき、まいったなと思いました。人生の選択を間違った、と彼を呪いましたが、でも目の前には、天国から地獄に転落して見たことないぐらいしおれているその人がいました。

とにかく本を書く仕事に復帰するところまでは戻ってほしかったので、辞めずにスタッフとしての仕事を続けました。そして、データマンとして携わった3作品を世に出したところで退職しました。

ただ、あとに残された師匠のところでは、私が離れたことで物を調べたり、取材したりする手足には不足があったはずです。そのあと、どのように補っていたかは知りませんが、ずっと、どう取材し、データを取り込むかは、ノンフィクションを足場にする作家にとっては、70代になろうと、80代になろうと、つねに課題になることのはずです。

ちなみに大御所のノンフィクションライターの大先輩たちもこの点は同じで、大手媒体の場合だと作品ごとに編集者がデータマンとしてつくこともありますが、そのように遇されるのは、ほんとうに数えるほど。

政治の世界になんで足を踏み入れたのか、ということに関していうと、私の師匠は石原慎太郎さんの引き、とくに石原さんが「知事になって作品の企画を8本思いついた」といっていたことに反応していました。

政治の場で受けた知的刺激から発想してフィクションの世界を膨らませるのと、政治の場での格闘を映し取っていくノンフィクションでは、特に後者の場合、よりなまなましく(走りながらの回顧録のようなかたちになります)、「政治と文学」という範疇で考えると、違和感を感じる人がいるかもしれません。それをここで書きたいのではありません。

ノンフィクションを書くという作業は、どうしてもその性質上、「ある特異な現実」を出発点にしなければなりません。辺境か、戦争か、事件か、スポーツか、官僚機構か、政治の現場か、いずれのテーマにしても、誰も見ていないその生の生にどう到達するのか、という問いをいつもつきつけられる。また、書き手は、面白いからこそ書くのですが、政治であれば政治的誠実性を問われ、戦争であれば国際的なコモンセンスを問われ、事件であれば倫理観を問われる。面白い、つまりは知的好奇心を全面に発動すればするほど、「あるべき論」との間で、不謹慎ではないか、という目線とぶつかるときがくるのです。

もう一つ。専門的であればあるほど、道案内が不要で、それだけ「特異な現実」への最短距離がひらけやすい、という悩ましい問題もあります。ただ、専門家だけがその「特異な現実」に到達できるわけではありません。専門家でない、むしろ通りすがりの方が、専門家集団の「死角」をつくこともありますよね。

先日、『逃げるが勝ち』を出版された高橋ユキさんは、裁判・事件取材の専門家でありますが、全国を騒がせた逃亡犯の足取りを追いかけていく今作は、その専門性の重さを感じさせない巧みなタッチで、「逃げ勝ち」の世界に私たちを連れて行ってくれます。

一方、戦争取材まったくの未経験でありながら、戦場のウクライナにじつに2か月近く滞在し、虐殺の町として有名になったブチャの取材などに身を投じてきた水谷竹秀さんは、その性質からして「旅行者」。ロシアやウクライナを研究している専門家でもなければ、住民でもなく、友人もいない、その立ち位置から、ただただ「見たい」という好奇心を鏃のようにして、惨劇の現場に切り込んで行ったようです。

あすのノンフィクションひそひそ話 第6回」ではその取材にかける思いや悩みをぜひ聞いてみたいと思います。





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