見出し画像

「通い農」でムーブメントを起こすことに、人生を賭けることにしました【前編】

【前編:PR会社出身のぼくが、地域おこし協力隊になるまで】


本連載について

みなさま、始めまして。十日町市地域おこし協力隊の星(ほし)と申します。
東京から車で3時間、電車で2時間半。新潟県十日町市は、里山を舞台にした国際芸術祭『大地の芸術祭』の舞台としても知られる、日本有数の大豪雪地帯です。

東京生まれ、東京育ちで全く縁もゆかりもない地域でしたが、ふとしたきっかけからこの地域に出会いました。2023年4月にミッション型地域おこし協力隊に着任して、十日町市の松代地域を拠点に「棚田のPRと関係人口創出」をミッションに活動しています。

松代地域「儀明の棚田」(撮影:山岸多喜男さん)

前編では、PR会社出身のぼくが、地域おこし協力隊になるまでのお話
中編では、2年目までに仕掛けた「通い農」ムーブメントの取り組みと、ぶち当たった巨大な壁の話
後編では、これからの活動の中長期計画、都市部に住むあなたがいま、中山間地域へ通ったほうが良い理由
を3回に分けてお話します。

3年間で終わるな

地域おこし協力隊あるあるとして、「3年間の任期中はお給料が出るので、無償奉仕的な活動にコミットすることができるが、任期が終わると活動が途絶えてしまう」ということがあるそうです。協力隊の任期が「3年間で終わる」ことは、地元の方も非常に意識をしていて、「3年後にはまた別のところに行っちゃうのかね」などと聞かれることもしばしばです。

集落の道普請や、棚田の草刈りは住民参加の大切な年中行事

ぼくは、移住を決意するときに10年・20年とこの地に関わり続け、大きなムーブメントを起こすための最初の3年間として位置づけました。そうすることで、ボランタリーかつ属人的な取り組みも、どのようにしたら持続可能な仕組みで回っていくか?という視点で向き合うようにしています。

具体的には、都市住民が棚田に通って、自らが耕作主体となって取り組む「ヨ~イ!みんなの棚田」というプロジェクトがあります。良かったらFacebookグループを覗いてみて下さい。

▼Facebookページ

この取り組みは、ただの棚田体験とはせず、都市に住みながら自分のお米を作る「通い農」という営みの実証実験として位置づけ、様々なトライ&エラーをしています。

さらには、こうした「通い農」の方が耕作道具のレンタルや、ロッカー利用、コワーキングスペースとしても利用できる「棚田ステーション」を、旧農協施設を改装して作っています。この資金は、今年5~6月で実施したクラウドファンディングで集めた385万円を原資に改装工事を委託しました。

旧農協施設。2階と3階が使われていなかった

▼棚田ステーション(クラウドファンディングページ)

この他、協力隊の活動時間外とはなりますが、棚田を利用した法人のチームビルディング研修のパッケージを企画・実証を行い、棚田を保全するためのビジネスモデルづくりにも取り組んでいます。ではなぜ、この地にたどり着いたのか、少し昔話にお付き合い頂きたいと思います。

人生を一変させた二人のキーパーソン

「死の路線」。
7年前、ぼくが通勤に使っていた東急田園都市線は、通勤ラッシュ帯の鮨詰め状態を皮肉って、そう呼ばれていました。

新聞さえも広げられない空間で、リュックサックは前に抱え、痴漢と間違われないように常に両手はバンザイのポーズで手すりに掴まる。これが社会人1年目のぼくの日常でした。

満員電車に乗る前のストレスは、臨戦態勢に入った戦闘機のパイロットよりも高いそうです。そこまでして都会で働く価値ってあるのか…?と疑問を持ちました。

便利なはずの都会暮らし、なぜか満たされない。

そこにコロナがやってきました。緊急事態宣言の中、通勤という概念が一瞬なくなりました。
代わりにやってきたのは、自宅のデスクで早朝から深夜までPC画面にひたすら向かう日々。1日の移動距離がベッドとトイレと机だけだった日も少なくありません。

そんな日常を一変させた二人のキーパーソンがいました。
一人は、ぼくの地元である、世田谷区用賀に住み、十日町市松代へ通っている金野とよ子さん。コロナ禍、広報&ライターとして独立してフリーランスとなったぼくを初めて松代に招いてくれた方です。

とよ子さんと星

もう一人は、最初の松代訪問で出会った、トロノキファーム代表の阿久澤剛樹さん。国内ゼネコンから、外資系投資銀行まで、キャリアを通してホテルアセットマネジメントに20年間携わった彼が、第2の人生として選んだ地がこの松代地域でした。棚田の多面的価値を可視化し、生活資産として運用する「里山アセットマネジメント」という社会実験の実践について2時間あまり伺うなかで、自分も何らかの形で関わりたいという気持ちが湧き上がってしまいました。

トロノキファーム代表の阿久澤剛樹さん

月に1度訪れる「棚田切れ」

「棚田は儲からない、だから自分の子らには継がせられない」
十日町市松代地域には、約314haもの棚田があります。農林水産省が認定する「つなぐ棚田遺産」に認定された全国271の棚田のうち、一市町村として最多の14棚田が実は十日町市に集中しているのです。しかし、いずれの棚田も課題は担い手不足。高齢化による離農が急速に進んでおり、耕作放棄地化が止まりません。

(撮影:山岸多喜男さん)

これまで棚田は「家族農」によって脈々と受け継がれてきました。しかし、戦後の集団就職や「金の卵」と言われてきたように、都市部の人材需要にひたすら子どもたちを供給し続け、その後はもう戻ってこないことを前提にしていた時期がありました。結果として、跡継ぎを期待せず、年金や補助金に頼りながら、ほとんど儲けが出ない形で続ける農家も少なくありません。

それは農政の問題とも言えるし、日本人の意識の中に「中山間地域の経済」というものに向き合うきっかけが無かったからともいえます。少なくとも、その話を聞いてぼくは非常に恐ろしくなりました。

松代に出会った2021年、2回目に訪れたのは田んぼの草取りでした。地元の農家さんの多くは、この草取りの手間を省くために除草剤などを散布したり、収量を上げるために化学肥料を施肥する「慣行農法」で田を耕作しますが、それでも6月を過ぎると田んぼは雑草との戦いです。

トロノキファームが耕作する、無農薬・無肥料の自然農法の田んぼの草取りに挑戦

地元の方々にとっては「面倒なこと」のはずの草取りですが、ぼくにとっては逆でした。1本1本の雑草を無心で引っこ抜くごとに、満員電車のストレス、締め切りのストレス、人間関係のストレスも一緒に取り除かれていくような体験でした。阿久澤さんも、最初に棚田に入ったときに同様の経験をしたそうです。

同氏いわく、そしてこのクセになる感覚が、都会に戻って1ヶ月ほど仕事をしていると蘇ってきて、「あぁ、また棚田に行きたい」と「棚田切れ」を起こすそう。ぼくも、このあと間もなくそういう状態になりました。

しまった、もう2,500字を使い切ってしまった。ここまでがぼくと棚田の出会い、そして棚田の沼に入り込むきっかけです。

「蒲生の棚田」の復田と地域おこし協力隊への応募


さてこの阿久澤さん、翌年である2022年に大規模な復田(=耕作放棄地化した田を、再び水田にもどすこと)の計画をしていました。阿久澤さんが住まう自宅兼ゲストハウスのトロノキハウスから徒歩3分の「蒲生の棚田」(つなぐ棚田遺産にも認定されている)の7枚、約4.7反もの復田計画です。令和の時代において、耕作放棄地を大規模に復田することなど、経済合理性の真逆を行くことですが、阿久澤さんの情熱に自分も心を動かされ、地域おこし協力隊(ミッション型:棚田のPRと関係人口づくり)への応募をしました。

蒲生の棚田(撮影:山岸多喜男さん)

冒頭で述べたように、協力隊の3年間での活動がそれ以降も続いていくための「受け皿」をつくるために、2023年4月の着任前の冬、2022年12月に自分の法人(株式会社里山パブリックリレーションズ)を立ち上げ、登記を済ませておきました。1期目は休眠状態で税金だけ払って勿体ないじゃないか、とご指摘を受けそうですが、自分の意識の中で4年目以降を見据えた受け皿があることで協力隊への向き合い方が全く変わったと思います。

この記事を書いているのは2024年11月で、当時から約2年弱が経過しました。協力隊としての残り任期が1年ちょっととなった今、ようやくフォーカスポイントが定まってきた実感があります。(やっぱり3年で物事を成し遂げるのは短すぎる!)

そのフォーカスポイントとは、都市の人々が棚田と関わり続け、担い手として活躍してもらうために、この十日町市松代地域を「通い農」の聖地としたいということ。それも、一過性のブームで終わらせない、人々のライフスタイルにまで昇華することが最終目標。そこへ向かうための、サスティナブルな仕組みづくりと、仲間集めに注力していますが、その具体的な内容と待ち受けていた高いハードルについては、中編に譲ろうと思います。

ひとつ重要なポイントとして押さえていきたいのは、「ブーム」「ムーブメント」は全然違うということ。町おこしブーム、地方創生ブーム、棚田ブームじゃだめなんです。それはPR会社出身のぼくだからこそ、痛切に感じていることです。

「不易」なものこそ愛おしい

よく、PRパーソン(=PR会社で働く人、企業のPRチームにいる人)のことを「ブームの仕掛人」などと持ち上げることがありますが、PRの仕事をやっていて、ある時から「ブームに疲れる」ようになってしまいました。

タピオカとか、Clubhouseとか、メタバースとか、飛びついた頃には時代遅れ。それでも否が応でもブームに振り回される仕事をしていると、不易流行の「不易」変わらずに続いているもののありがたみを強く感じるようになりました。

PR会社時代に窓からみていた景色

初めて松代地域を訪れたときに感じたのは、まさにこの「不易」。遥か昔から続いてきた日本の里山の暮らしと、それを守る父ちゃん母ちゃんの営みが、とてつもなく愛おしく、安心感そのもののように感じました。
でも、それが今静かに消えていこうとしている。それは一過性のブームが去るなんてことじゃ片付けられない、取り返しのつかないことだと思っています。

僕がいま取り組んでいる、「通い農」やら「関係人口」やらといった言葉は、さもするとブームっぽく見えてしまうかもしれません。でも僕からすると、都市型のファストな暮らしこそが一過性のブームな気がしてならなりません。

都市部でバリバリ働いている人たちと、この「不易」な営みに触れて、人生を一度立ち止まって考えてみる。その最初のきっかけとして「通い農」という言葉を合言葉にしてくれたらいいなあと思っています。

「通い農」のメンバーたちと1年目の田植えが完了した様子

この地域の人たちとお茶のみ(=ふらっと立ち寄ったら、お茶でも飲んでいきな、と招き入れてくれる文化)していると、よく出稼ぎ時代の思い出を話してくれます。もちろん、夏の間の農業収入だけでは機械化したり、圃場を整備したりするお金が足りないので、冬に都市部で仕事をするという大変な働き方ですが、皆けっこう楽しそうに話してくれるのです。
それってある意味、都市と里山を行ったり来たりしながら働く生活は、(バカンスより仕事を愛する!?)日本人の肌にも合っているのでは!?なんて思ったり。里山から都市に働きに出るのが「出稼ぎ」なら、都市から里山に働き(作業)に来る「通い農」という概念は、決して不自然なことではないだろう、と。

出稼ぎの思い出話で花が咲くことも

「循環」「分散」「均衡」にいつも立ち返る

「循環」「分散」「均衡」ー。

松代に出会った2021年頃からぼくが大切にしている3つの言葉です。
人生において、大きな決断をしたり、どちらかの選択をしなければならないときに、この3つの言葉により近い選択をするようにしています。
反対の言葉を思い浮かべると、よりイメージが湧くと思います。

「停滞」「集中」「偏り」

何かが上手くいっていないな、と感じるとき、原因はこの3つのうちのどれかにある可能性が高いです。
お金の流れが滞っていたり、人の流れが一極集中していたり、得られる利益がステークホルダーごとに偏っていたり…。

いいお米をつくるには、海から山へ水が循環し、大雨が降っても大小様々な棚田に雨水が分散し、田んぼの中は高低差なく均衡になっていることで全体に水が行き渡る…。
棚田を見ていると、こんな自然の真理を再発見することもできます。
このキーワードは、中編・後編でも度々登場すると思うので、良かったら頭の片隅に置いておいてくださいね。

蒲生の棚田と光芒(撮影:山岸多喜男さん)

【前編おわり】

にいがた地域おこし協力隊 合同説明会開催!

新潟県の地域おこし協力隊に関心のある方、新潟移住に関心のある方、新潟県内の地域おこし協力隊の最新情報が手に入るオンラインイベントが開催されます!是非とも、この機会にご参加ください!
 
【日時】
令和6年12月19日(木曜日)19時~21時
 
【参加市町村(予定)】
14市町村
(長岡市/柏崎市/新発田市/小千谷市/十日町市/村上市/燕市/上越市/魚沼市/胎内市/阿賀町/出雲崎町/関川村/粟島浦村)
 
【参加方法】
オンライン開催(バーチャルプレイス「ovice(オヴィス)」を使用)
 
【対象者】
地域おこし協力隊の活動に興味のある方、応募を考えている方、
新潟県への移住を検討している方 など
 
【申込等について】
・参加無料です。
・事前申込が必要ですので、12/15(日)までに下記のフォームからお申込みください。
 
<参加申込フォーム>
(リンク)新潟県地域おこし協力隊募集イベントお申し込みフォーム

・申込いただいた方には、開催前に参加方法等をお知らせします。


■プロフィール
星裕方(十日町市地域おこし協力隊/㈱里山パブリックリレーションズ代表)

1993年生まれ 東京都世田谷区出身
慶應義塾大学経済学部を卒業後、PR会社に入社。会社員の傍ら、世田谷区のNPO法人neomuraでお祭りの広報支援やコミュニティ農園の立ち上げ等に参画。
2021年にPRコンサル/ライターとして独立。合同会社イーストタイムズにて、和歌山県移住者情報発信力強化プロジェクトを企画・運営。
2022年12月、里山パブリックリレーションズ(株)を設立し、埼玉と新潟の2拠点生活が開始。2023年4月 新潟県十日町市の地域おこし協力隊に着任。現在は「棚田のPRと関係人口創出」に取り組んでいます。


いいなと思ったら応援しよう!