「負の感情」が起きたときは、学びを保留にする
どうにも今日は新しい学びや気づきが浮かばないので、「独学の地図」から大切だと思ったことをひとつご紹介します。
(自分の経験もふり返りながら書くので、関心の向くところだけ読み進めてくださいませ)
この本では、「独学」における学びのプロセスについて以下のように補足されています。
わたし自身とても思い当たるところがあります。
実際に昨年の秋から始めた集落の話し合い事業の伴走支援中、約3~5か月間、学びを得ることができない時期がありました。
たくさんの情報が入ってくるけれど、それを整理して優先順位をつけることができず、仮説を立てる知恵も不足している。ヒアリングから提案を行うスキルもまだ不十分。関係性構築も大事だけど、期限は迫る一方。自分のニーズやモチベーションもわからなくなってくる。理想のプロセスは頭にあっても、現実にどう進めていくか、理想をどこまで掲げていくか、ステークホルダー別の関わり、いろんなことの解像度が低いままでした。
これまでのわたしにとって、期待に応えること、約束を守ることが誠実さであり、重要な価値観に位置付けられていました。
前職は役割も目的も明確で対象も化学物質の研究スケール、個人で全体を管理できるわかりやすい仕事をしていました。価値観をまもるために、経験したことがなかったとしても、できそうだと自分の中で予想できる範囲のみ引き受けることが当たり前でした。
そのため、この期間中は、応えられる具体的なプロセスが描けないまま、期限だけが迫ってくる状況が続き、自分にいろいろ足りないばかりに価値観が守れないことがとってもストレスでした。また、たくさんの人と会うことに慣れておらず、その疲れも重なり、事実と感情、思考が混じり合って、疲弊してしまっていました。
そんな中で学べるはずもなく、経験そのものをちゃんと認識・定義することができないことを強く実感しました。
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著者の荒木さんはこの「負の感情」が生じたとき、経験と学びの間にインターバルををつくることが重要だと指摘しています。
これは本当に反省。もっと書き残しておくべきでした。現場は唯一無二で、同じことは二度と起きない学びの宝庫なのに。
「問題は発生したのと同じ次元では解決できない」と今できることをやり続け、落ち着いたのは年度の区切りがついてから。記憶はどんどん薄れていきました。
ケアのためにお話を聞いてもらうにはどんな話し方でもいいですが、相談するには、状況を具体的に描写できて初めて建設的な時間が生まれるのだということも学びました(差分の学びがあった!)。
早々に「保留」スイッチに切り替え、事実の観察に注力できると、感情的にも落ち着きを取り戻しやすそう。書きながらそんなことを思いました。
たくさんの情報が入ってくると、整理が追い付かないところはわたしの不得手なところだな~。どう付き合い、タッグを組むひとにどんなリクエストを出せるとやりやすいのだろう。
また明日。