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ハイ・ブラッド

アイツの肉片が、太陽に焼かれた地面の上でジリジリしている。うつ伏せになったオレの体もじんわり熱い。でもその熱さはどこか他人事で、血の気の引いた頭の中は冷んやりしていた。

オレはさっきまで爆炎の中をアイツと一緒に走っていた。丘の上に差し掛かったとき、嫌な予感がしたから、伏せろと言ったのに、アイツは伏せなかった。爆風に髪をなびかせながら、余裕綽綽の微笑みでオレの顔を撫でて、散った。

爆音に伴う地響きで、アイツの肉片がフルフルしている。この肉片はアイツの身体のどの辺だったのだろう。ついさっきまでアイツの身体のどこかで伸縮していたはずだが、どこからも指令が来なくなった肉片は、ただ揺れることしかできない。だけどそれは、アイツみたいに吹き飛ぶのが怖くて起き上がれずにいるオレとよく似ていた。

この戦地に入って以来、アイツはいつもオレの前を走っていた。アイツが吹き飛んだ今、オレの視界は開けたのに、なんてひどい光景だ。他にもかつて人間だった肉片が散らばっていて、その上を敵のか味方のかわからない光線が飛び交っている。爆音のビートにうめき声と叫び声と泣き声が乗っている。この場を動こうという気になれない。同じ場所に光線が飛んでくる確率は低いはずだから、今はアイツが散ったこの地点より安全な場所はない。

暴力的な音が少しずつ遠ざかっていった。砂煙も晴れてきて、頭上には雲の破片が掛かり、背中が少し涼しくなった。辺りを見回してみると、兵士が一人瓦礫にもたれて座りこんでいた。ソイツは力無い動きで内ポケットから平べったいウィスキーボトルを出して煽った。飲み干したボトルを投げ出したソイツは笑いながら泣いていた。涙と汗と血と泥と酒が混ざった汁が、頬を伝い、滴り落ちた先には、ソイツの足があるはずだった。

晴れ渡った空の下、オレはアイツの肉片を握りしめて立ち上がった。追い風がじゃりじゃりした空気を押しやった。鼻血が垂れて唇の隙間から口の中に入ってきた。オレはソレを舐めとり、アイツの肉片にかぶりついた。頭がヒヤッとして、焦燥感にかられた。

生暖かな肉片は、その弾力でオレの咀嚼に抵抗した。なかなか噛みちぎれなかったから、オレは一気に飲み込んだ。食道が塞がり、オレは嗚咽を繰り返した。涙で風景が滲んだ。鼻水が鼻血を絡めとり、しょっぱい鉄の味の粘液が喉に降りてきた。下を向いたら吐きそうだったから上を見上げたら直射日光が目に入った。

苦しみに悶えるオレの体は独りでに前進していた。そして、何かにつまずいて丘から転がり落ちた。回転速度がどんどん上がり、遠心力で頭に血が上り、自力では体制を立て直せなくなった。

落ち着いた地面は丘の影で冷んやりしていた。目の回りが治まるのを待って再びオレは立ち上がり、その時向いていた方角へ走った。駆け足より早く、全力より遅く。鼻で二回小さく息を吸い、口から一回長めに息を吐く呼吸を繰り返した。しばらくすると、息を吸い込むたびに脇腹が痛み始めた。だが、この痛みの先にランナーズハイが来ることをオレは知っている。脳内麻薬が分泌されて、痛みも疲労も麻痺して、このままいつまでも走っていたいと思い始めるのだ。

走り始めてからどれくらい経っただろう。戦火からは離れてしまった。夕焼け空は、黄色からオレンジと紫色を経て紺色へのグラデーションになっている。荒野の静寂を、オレの足音が刻む。乾いた口の中を舐めると、中切歯と側切歯の間に挟まったアイツの肉片が気になった。ソレを取ろうと舌で擦ると、血の味が滲み出た。アイツの血も、オレのと同じ味がする。わかっていたけど、違っていて欲しかった。


カバーイラスト:ヒロム


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