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信州ダービーの取材者として。2年目を終えて、ピッチ外での雑感

Jリーグ2年目の信州ダービーが幕を閉じた。天皇杯県予選決勝も含め、AC長野パルセイロの2戦2勝で迎えた最終戦。松本山雅FCが1-0とホームゲームを制し、長野に対して今季初勝利を収めた。マッチレビューにも記したが、スコア以上に松本が圧倒した試合だった。

またやりたいか、やりたくないか

筆者が長野の番記者に赴任して3年目。幸いにも、昨季は11年ぶりの信州ダービーに立ち会うことができた。全国津々浦々にダービーがある中で、これだけ歴史的背景の色濃いレースは存在しない。詳しくは松本の番記者・大枝令氏がfootballistaに寄稿した記事を読んでいただきたい。

2年目の信州ダービーを終え、その大枝氏がX(旧Twitter)上でアンケートを行った。「信州ダービー、またやりたいですか?」――その問いに対し、この記事を執筆している時点で、両軍を合算すると「やりたい」と回答した者は28.7%。逆に「やりたくない」と答えた者は71.3%を数えた。

なぜ「やりたくない」と思うのだろうか。大多数の回答者が松本側であるため、その心情に添って推察すると、長野よりも上のカテゴリーにいたいからではないか。J3で10年目を迎えた長野に対し、松本はJ1からJ3まで全カテゴリーを経験してきた。この2年はJ3で屈辱を味わっている。一刻も早くあるべき場所に帰ることが、信州ダービーとの決別とも捉えられるだろう。

ちなみに筆者は「やりたい」と回答した。第三者目線からして、これほど武者震いする試合はないからだ。戦前、長野の髙木理己監督はこう話していた。

「奇しくも自分は今治から来たので、今治対愛媛のダービー(伊予決戦)がありました。そこから長野という地にご縁をいただいて、同じ県でダービーを戦える素晴らしさを改めて感じます」

筆者にも似たような感覚があった。FC東京のお膝元である東京都小平市出身。幼少期から地元クラブが身近にあり、味の素スタジアムに足繁く通っていた。今季は天皇杯で12年ぶりの東京ダービーを目撃。高揚感を隠せないはずがなかった。

3年前に東京を離れ、長野に移住。縁もゆかりもない地だったが、その理由の一つに信州ダービーがあった。髙木監督の言う「同じ県でダービーを戦える素晴らしさ」は、ダービーのない県からすれば羨ましいものだろう。そんな“宝”がもし来年失われるのであれば、甚だ寂しさを覚える。

ピッチ外で起こる論争。そこに正解はない

話を「やりたくない」側の立場に戻す。先に述べたカテゴリーの問題に加え、もう一つの理由は精神衛生上の問題だろうか。信州ダービーに限った話ではないが、ダービー前後には度々ピッチ外で論争が巻き起こる。火種となるのは、互いを揶揄するような過激な発言だ。その内容の是非は問わないが、いわゆるコンプライアンスに敏感な時代であることは言うまでもない。

今回も試合後に大きな物議を醸した。発端となったのは、松本側の決起集会で歌われたチャントだ。ここで話を大きくするつもりはないが、いわゆるプロレス的な表現である。受け取る側の感性で捉え方は変わってくるものの、当然ながら長野のサポーターは良く思わないだろう。

筆者も試合前、その光景を目の当たりにした。番記者という立場からすれば長野側ではあるが、純粋に決戦前の“お祭りムード”を感じたものだ。先に述べた東京ダービーもそうだが、どのダービーでもプロレス的要素は見られる。それをわきまえていたからこそ、悲観的にはならなかった。

とはいえ、それは筆者がそのようなバックボーンを持っていたからであろう。人によって感性も立場も経験も異なり、受け取り方は人それぞれだ。火種に対して噛み付く者もいれば、噛み付かずに静観する者もいる。その噛み付くことさえも、ダービーの一部なのかもしれない。無論、誹謗中傷はあってはならないが。

友好的なダービーを求めるのであれば、それはそれでいい。古巣対決の選手に対し、ブーイングするのも拍手を送るのも自由。多様性の時代と片付けてしまえば容易いが、そこに正解はないのだ。ただ、こと信州ダービーに関して言えば、歴史的背景も深く絡んでくる。いまさら互いに歩み寄ることは、困難を極めるかもしれない。それもそれでダービーだ。

まだダービーは終わっていない

一つだけ揺るぎないものがある。『勝てば官軍、負ければ賊軍』。要は結果がすべてということだ。冒頭にも触れたが、今回はスコア以上に松本が圧倒した試合だった。長野からすれば完敗である。ライバルに蹴散らされた上、昇格を口にできる状況ではなくなった。そういった意味でもダメージは大きい。

髙木監督は残り試合に向けて、「『PRIDE OF NAGANO』を見失っては元も子もない。もう一度、長野のプライドにかけてぶつかっていく。それに尽きる」と話していた。その真意は定かではないが、筆者は以下のように都合よく解釈している。

ここまで5勝3分7敗のホームで勝ち越すことと、松本の順位を上回ること。昇格が非現実的であっても、その2つはまだ現実味を帯びている。松本からすればダービーで三度目の正直を果たし、昇格に向けてラストスパートを切る局面だ。下位に沈むライバルへ脇目を振る余裕もないだろう。

だが、長野からすればライバルの背中が目に映る。今季のダービーは2勝1敗。そのうち天皇杯県決勝はPK勝ちであり、公式記録上は1勝1分1敗とも言える。これをもしイーブンと捉えるならば、決着がつくのはリーグ戦の順位だ。

残り7試合で、両者の勝ち点差は8。「残り試合数=逆転可能な勝ち点差」という通説に従うならば、長野の逆転は厳しい。しかしこの2年で、互いにダービー勝利後の急失速を味わっている。J3がただでさえ魔境であることからも、何が起こるかは分からない。それを踏まえ、最後に長野側の立場からこう言いたい。

まだダービーは終わっていない。

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