思えば遠くへきたものだ
バタバタしていて、このNOTEの更新がおそろかになる。
なんだかもうそんなことは、学生時代から、なんなら幼少期に日記をつけ始めようと思った時から、ダメな意味で慣れっこだ。
だから反省も後悔しないけど、ここはまとまった文章を書ける場所として、とっておきたいの。最後の砦的に。
思えば、約一年前の2021年6月。
コロナウィルスの影響なのかそうじゃないのかわからんが、仕事が激減した。
まぁ激減と言ったって、元々そんなに多くはないのだから、減少量は高が知れているが、感染者急増による公演中止や、同業者の悲痛な叫びなんかをSNSで見ていて、鬱々とした日々を送っていた。
「いや、だめだ。こんなことではいけない」
そう思った。直感的に。
それまでの10年以上、演劇ばかりやってきた。でも僕には、人生でやりたいことが本当に星の数ほど無数にある。そこには家でゆっくりコーヒーを飲みながら本を読むとか些細なことから、世界を股にかけて食べ歩きをするという未知なものまでさまざまだ。業界には時々いらっしゃるが、”演劇しかできない・したくない”というタイプじゃない。
だから、このコロナ禍を機に何か新しいことを初めてみよう。そう思って門を叩いたのが、”書く”ということ。ライティングの世界だ。
世間一般的には「ライティング」というと、やれ副業でWebライティング〜とか、ブログでアフィリエイトで副収入〜とかで始めるものかもしれないけど、僕は完全にそういうことは頭になかった。そういうことを計算してできる人間なら、ランチの金額にあくせくしたりせず、もっとお金に余裕のある生活を送っているはずだ。
以前の投稿にも書いた気がするが、門を叩いたのは東京・池袋に本拠地を構える天狼院書店という本屋さん。本の先の体験=READING LIFEの提供をコンセプトに全国10店舗を展開する書店だ。
そこが開催する名物講座「ライティング・ゼミ」を受講しはじめたのだ。
いやー、はまったね。
何より楽しい楽しい。
毎週2000字のコンテンツ記事を投稿→フィードバックを受けるという流れなんだが、それがまぁ厳し楽しい。
元々、自分がすぐにある程度”出来るな”と思ってしまうものは、いまいち熱心になれないタチだ。そして見事に最初は書けなかった。
どうやら僕は、”出来ないなりに工夫をして出来るようになるという過程”というものが何より好きらしい。毎週書いてはダメを出され、書いてはダメを出され。
不貞腐れて投稿をサボったり、渾身のネタで合格したり、理由もなくサボったりしながら最初の4ヶ月を終えた。
むむ、これは……面白いぞ。そう思い始めるのに長い時間は掛からなかった。
それから上級コースであるライターズ倶楽部に進級し、今度は毎週5000字のコンテンツを書き四苦八苦してきた。他の面白そうなライティング系の講座にも参加し、気づけば春になっていた。
4月の初旬だったと思う。
連載企画を決める企画会議で、僕は自分のフィールドである演劇に関連するウェブ連載の企画を提案してみた。社長/編集長の三浦さんの口から出た言葉に、思わず耳を疑った。
「これ、講座にしましょう」
はい? なんて言いました?
確かに、天狼院書店にはいくつかのジャンルの講座があり、その中には演劇系のものもあった。作家・演出家の方が開催するその講座は、天狼院の一連の講座群の中でもリピート率の高い、人気講座らしい。
「いやいや、僕なんてそんな」
そう言葉が出かけて、咄嗟に口を閉じた。
いや、これって、なんか面白そうじゃないか?
「やります!」
口から出た言葉に、全くの自信も確証もなかった。
だけど怖がって変に謙遜して安パイの道をいくより、この方がいくぶん刺激的で楽しいかも。本当にそれぐらいの感じで、僕は講座を引き受けた。
そこからは担当の方との打ち合わせのやりとり。講座の中身を考え、出来ること/やりたいことを妄想し、唸りながら怒涛の日々が過ぎた。
無事に講座は6月に開講され、全体の半分が終わった。
思えば、一年前。ライティングゼミの門を叩いた時には、想像だにしない未来が現実になっている。それがいいことか、悪いことか。そんな判断はつかないし、つける必要もない。ただ流されたらここに辿り着いた、流木のような気持ちだ。うまいこと僕という流木をおしゃれなインテリアに再利用してくれた天狼院の皆様には感謝しきりである。
あの、ライティングゼミの初日に向かう変に緊張した東横線の中で、僕はこんな未来は全く想像していなかった。このライティングゼミの副題である”人生を変える”を地でいく、大変革である。
思えば遠くへきたものだ。
好評につき、講座の方は第二期の開催が決定し、今度書店の一部を劇場として使わせていただいて、演劇公演も行う。
いやぁ、まだまだ、遠くへ行きたいものである。