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ジャガイモ危機と先物

・クリスマスの悲報

2021年12月のクリスマス。平和な日本にとある難民が発生した。
「マックポテト難民」である。

 NHKでの速報のほか、イギリスBBCでも話題になったマック難民。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211221/k10013397451000.html


https://www.bbc.com/japanese/59751594

 主にアメリカからのジャガイモを輸入して調理していたマックポテトが供給不足に陥り、1週間程度ポテトSサイズ以外の注文ができなくなるという衝撃のニュースでした。
 在庫があるうちにポテトのL・Mサイズを食べたいと願う人々によって各地のマックにソーシャルディスタンスを保った長蛇の列が発生し話題になりました。

 九州人の私は並んでご飯を食べることが大嫌いなので遠い世界の話に感じましたが、この記事をお読みいただいている方には非常に苦労した方もいるかもしれません。

 実はこの「ジャガイモ危機」はマックが発表する前に予兆がありました

 さる令和3年12月2日。私は行きつけのお肉屋さんに寄り、いつもの肉ごぼう弁当を注文しました。出来上がりを待っている間に店内を見ていると、ゆうに1.5mはあろうかという太くて立派なごぼうが入った箱を見つけました。
 九州人のうち、特に福岡寄りに住んでいた人はごぼう料理に目がありません。つい興奮して「立派なごぼうですね!」と話を振ったところ、そのごぼうは特別に卸してもらっているものだよと教えてくれました。

 そしてその流れで「今は卸してもらっている北海道産のジャガイモが不作で、卸業者が来るたびに値上げの話で嫌になるよ。」とこぼしたのです。

 飲食業は鮮度が命。そのお肉屋さんはお弁当の添え物にポテトサラダをトッピングしており、時価でジャガイモも卸してもらっていたのです。まだ全然ニュースにもなっていない師走のはじめのことでした。

 この時に私はポテトチップスなどジャガイモを使った料理が高騰または品薄になるかもしれないと思ったのです。
 しかし世に発表する機会を逸し、その予想が現実となってしまった年の暮れにそのニュースを知りました。世の人々の役に立つことができず後悔しました。

・ジャガイモ不作は連鎖する

「いやいやそれは国内のことで、マックのポテトは北米産でしょ?考えすぎでしょ。」と仰る方もいると思いますが、実はジャガイモも人間同様ほぼ同じタイミングでパンデミックにかかることが歴史的に証明されています。

 1845年から1849年にかけてアイルランドを飢饉が襲いました。いわゆる「ジャガイモ飢饉」です。
 当時のアイルランドは土地が瘦せていて、食料のほとんどをジャガイモに依存していました。また、地主からの収奪が著しく、食べるためのジャガイモも売ってでもお金にしないと家に住めないような状態が続いており、そこにジャガイモ疫病菌がアメリカおよびヨーロッパ大陸中に広がったことで絶対的な食糧不足および資金不足に陥り未曾有の危機が発生しました。
 このジャガイモ飢饉によりアイルランド人口の約20%以上が死亡、10%以上がアメリカなどへの移民となり、現在に至るまでこの飢饉より前の人口を回復できていないほどです。
 我が国の人口が戦時中でも減少しなかったことを鑑みてもいかに異常事態であるかがわかると思います。

 今回の不作は特に疫病によるものではないにせよ、どこかで不作が発生すれば連鎖的に不作が生じやすい穀物がジャガイモと言えるでしょう。

・一般家庭への影響は限定的?

「いや別にスーパーでも普通に買えてるし、値段も特に変わってないし大丈夫でしょ。」と考える方もいらっしゃいます。

 そのとおりです。

 約200年前のアイルランドと違い、現代は技術も向上していますし国内外を問わず様々なルートで食材を調達することが可能です。
 事実近くのスーパーを見ても目に見えて物価が高騰したり、中身が少なくなったりという状況ではありません。
 「ほらやっぱり杞憂。」「不安を煽るだけが能の素人エコノミストだ。」そう批判されても仕方がないかもしれません。

 しかし皆さんの食卓に並ぶ食材などには、とあるメカニズムが存在しています。それが先物取引です。

・先物取引とは

 先物と聞くと「金(ゴールド)」などの貴金属を想像する方が多いでしょう。海千山千のつわものどもが横行する修羅の世界、というイメージも少なからず存在すると思います。
 確かに一時の価格の上下で儲けを出そうとする投機家の多くが手を付けるのがこの取引です。
 先物取引は「将来の一定期日に一定の商品を売りまたは買うことを約束して、その価格を現時点で決める取引」と経済産業省が定義しています。
 イメージしやすいようにいったんゴールドで考えてみましょう。

Aという金の小売業者は6か月後に1gのゴールドにつき4,500円で売りたいと考えている。
Bという金発掘業者も安定した売り上げが欲しいのでグラム単位4,500円で同意した。
両者は契約期日に間に合わせて本日4月1日に先物取引契約を締結し、納期を10月末とした。

 これが先物取引です。つまり「先々の収入(支出)を早めに確定させてしまう」というものです。

 A業者にとっては、10月に確実にゴールドを手にすることができますし、もし10月以降に金相場がグラム単位5,000円に値上がりしたら、その差額単価分の儲けが出ます
 逆にB業者にとっては、10月の確実に契約時のレートで収入を得ることができますし、もし10月以降に金相場がグラム単位4,000円に下がったとしても時価相場により失われる予定だった差額分も安定して確保したことになります。
 レートがころころ変動する時代において、個々の業者間の収益・費用の計上が予測できるというメリットが先物取引にあります。

 むろんこれを悪用する業者もいるでしょう。ゴールドを安く先物取引で買いたたき、その後暴動や戦争を扇動したり疫病を振り撒くといった社会不安をもたらしておいて金相場が上昇した状態で売りさばき高利益を得る、ということも理論上は可能ということです。

 人間の悪意には制限がありません。
 特にこのような大掛かりな企てを成功させうるのは国家レベルの資本、技術、軍事力が必要になります。
 よって自国の産業や財産を守るために各国は先物取引の安全を守るために日夜奔走しています。先物取引の安定は国家の安泰につながるのです。

 さて魅力的な先物取引ですが、すべての財に適用されるわけではありません。当然ながらマグロや果物といった生ものは先物取引には向きません。納期まで倉庫などで長く保管ができるものでないと腐ったり鮮度が落ちて価値がなくなり取引が成立しないからです。
 倉庫業はトランクルームのようなイメージではなく、こういった先物取引にまつわる食材や貴金属などを消費者の元に届くまでに大切に保管しておく専門業者なのです。
 渋沢栄一が澁澤倉庫をつくったのもこういう社会的背景があるのでしょう。

 ではジャガイモはどうでしょうか。
 ジャガイモは保存に優れ、形もやや円形で崩れにくく保管も容易であることからまさしく先物取引に向いています
 事実、日本でもジャガイモの先物取引を導入しています。やや古いニュースレターではありますが、日本いも類研究会が2002年9月4日に「1年を経過した横浜じゃがいも先物取引の成果と課題」というタイトルの記事でその詳細を紹介しています。

 一般家庭の食卓であれ、飲食業者であれ安定した食材の供給は日々の生活の安定に他なりません。昨日まで100円で買えたものが明日には10,000円、明後日には10円になるようでは家庭は安定せず社会不安が増大し、それにかこつけた犯罪(悪質な転売ヤーや闇市の出現)が発生することでしょう。

<コラム 価格の硬直性>

 経済学用語に「価格の硬直性」というものがあります。これは特に飲食店や生活必需品には避けて通れない課題です。

 簡単に言うと、どんなに物価が上がろうと原料費が上がろうと、お客様に出す商品の値段をポンポンと上げることができない、ということです。

 ラーメンを例に考えてみましょう。
 東京ではラーメンの定食を食べるときに1,000円も出せば十分です。これが原材料高騰の余波を受けた、ということで急に2,000円になったら「じゃあ食べない」と多くのお客さんは逃げてしまいますし、逆に100円で売ったとしても「粗悪品を食べさせられるのではないか」と警戒して逃げてしまいます。

 このように、定着した相場から値段を動かすことがほとんどできないことを価格の硬直性といい、飲食店に限らず多くの企業がこの硬直性に苦しんでいます。

・国家は介入すべきか

 ここまで書くと価格の不安定は「悪い」ことで、安定こそが「正義」という発想に至りますが、だからといって政府が出てきて価格の安定化を誘導するような発想は危険です。

 不要な価格の乱高下は確かに市場を不安定にしますが、何をもって「安定」とするかどうかの定義は人それぞれ異なります。
 先ほどのゴールドの例にすれば価格が安定しないことで逆に得をする業者もあるわけですし、値上がりしたから「買いたい」という人もいれば「値下がりしないと買わない」という人もいるのです。

 すなわち「業者間」での収益・費用計上の安定のために先物取引が存在するのであって一国の経済全体に先物取引を強制することはあってはならないのです。
 こういった市場の取引に「政府がしゃしゃり出る」ことで市場が失敗することは歴史が証明しています。

 まずは世界恐慌の震源地であったアメリカの農業政策の一環である農業調整法(通称AAA)です。
 農作物の価格が下落したことで困窮した農家を助けるためにその価格安定化のために政府がテコ入れしたのですが、養豚場などで使う飼料の原料価格が急上し却って多くの農家を廃業に追い込みました
(このメカニズムについては別の記事で考察します。)

 次は社会主義・共産主義の権化であったソ連の話です。ソ連では私有財産を認めていないため、財産を市民から巻き上げた上、民間による私有財産の売買等も禁止し当局による統制経済を強いた結果、企業間の競争もなく技術革新も発展せず労働者と共産党幹部との格差だけが広がり、かえって自由のない貧しい生活となりました。

 またソ連では国家の運営や軍事力の維持に必要な原料などを外国から購入するために外貨を必要としましたが、それを得るためにウクライナなどからただでさえ少ない食料を収奪し、それを売って外貨を得ました。
 当然ウクライナなどでは食料が底をつき飢餓が蔓延します。
 このように飢える国民から食料を収奪してでも外貨を得る構造を「飢餓輸出」と言います。
 食料等に関して国家が出すぎたマネをすると苦しむのはその国民なのです。

 終わりに

 年末にマック難民が出てしまったことはとても残念なことです。しかしこれを大きく捉えて「政府が何とかしないからマック難民が発生したんだ!」などと政府批判をする人がいたらその人たちには要注意です。

 豊作不作は自然界の営みに左右されるものです。不作の予兆があればその代替物を探したり、その対応策を事前に取ればいいのです。

 いつも誰かが何とかしてくれる、ではなく今ある安定した生活が誰かの努力の積み重ねの結果であることを改めて知り、日々の糧に感謝しましょう。

 ・・・さて、いっぱい書いたことだし自分へのご褒美にマックポテトでも買いに行こうかな。

マック

坂竹 央



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