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「ただいま魔力暴走中!」天才魔導剣士ヴィクター/血塗られた祝宴篇 第三章

 ヴァルミリア統一王国において、コストロヴィツキ伯爵家の印象は人によって様々であったが、どれもあまり芳しいものではなかった。
 よそ者。乱暴者。高慢。冷酷。
 コストロヴィツキ家は、五十年前の統一戦争直前に、西の隣国であるシジア太守国から亡命してきたシジア王家の一族であった。代々、シジア王家の身辺を警護する一族として知られた武の名門で、亡命後はヴァルミリア王国で同じような位置を占めるブラックソーン家と何かにおいて比較されてきた。

 亡命当時の当主はギヨームの曾祖父にあたるロドワ・コストロヴィツキ。
 ロドワはヴァルミリア王アレイオス二世麾下の猛将として名を馳せ、伯爵位を得た後、統一戦争終結後は王国魔導剣士団の副団長に任命された。亡命貴族としてはなかなかの栄達であったが、副団長ではロドワのプライドが満足しなかった。
「力が無いものは必ず滅びる。生き残るためには力を持て」
 故国での政争に敗れて亡命し、亡命先のヴァルミリア王国で地位を得ようと必死で戦ったロドワ・コストロヴィツキは、亡くなるまで子や孫にそう言い続けた。以降「力を得よ。邪魔物は排除せよ」がコストロヴィツキ家の家訓となった。

 王都の中で高級貴族の屋敷が立ち並ぶ一角にあっても、特に広大な敷地を有するコストロヴィツキ家。その屋敷の一階にあって高級な調度とやわらかな光に溢れた書斎で、ギヨームは当主のオルド・コストロヴィツキと向かい合っていた。オルドは剣よりも本を好む穏やかな人間で、目じりが垂れた優し気な目のせいもあって覇気に乏しい印象があった。剣の才能に恵まれ武を好む息子ギヨームとは正反対の性格をしていた。
「これはコストロヴィツキ家がブラックソーン家に成り代わる、最大の好機です、父上」
「ギヨーム、しかしそれは危険過ぎるのではないか。失敗した時はコストロヴィツキ家こそ滅びるぞ」
 何かを必死で訴えるギヨームに対し、オルドの反応は鈍かった。
「父上は甘いのです。リンデン・ブラックソーンは、コストロヴィツキ家など所詮はよそ者にすぎないと信用しておらず、王国の敵として、機会があれば滅ぼそうとまで考えています。手をこまねいていては、やられるのはこちらです」
「リンデンはそれほど悪辣な男だとも思えんがな」
 オルドは六年前まで家業として王国魔導剣士団の副団長を務めていた。しかも同世代のリンデンとは幼馴染でもあった。
 幼い頃からリンデンの魔導剣士としての卓越した才を見ていたオルドは、自分が凡庸な魔導剣士であることをよくわかっており、副団長など荷が重いとずっと思っていた。そこでギヨームが二十歳になったのを機に副団長職をさっさと譲ってしまい、名目だけの当主となったのであった。
 ギヨームの祖父エランは、大人しすぎる息子オルドに早い段階で見切りをつけ、孫のギヨームにコストロヴィツキ家の男子としての英才教育を施した。結果としてギヨーム・コストロヴィツキは「力を得よ。邪魔物は排除せよ」という家風の中で純粋培養されて育った。

 実は六年ほど前、副団長に就任した直後、ギヨームは大きな失敗をしていた。
 副団長になってみてギヨームは、「ヴァルミリア統一王国内において、結局、コストロヴィツキ家は、戦乱でもない限りこれ以上の地位は望めない」と思った。それは覇気に溢れる二十歳そこそこの若者にとっては絶望的な未来であった。
 その時、ギヨームに接近してきたシジア太守国の商人がいた。聞けば、シジア王家にも出入りしているという御用商人だった。ギヨームはその商人に不満を吐露し「できればシジア太守国に王家の一族として復帰したい」と伝えた。その頃のシジア太守国の実権を握っていたのは、コストロヴィツキ家が亡命した時の政敵とは派閥が違っていた。「自分ならこちらに有利に交渉することができる」とギヨームは自信を持っていた。
 そんなある日、ギヨームはリンデンに呼び出された。
 団長執務室でリンデン秘蔵の銘酒を振舞われたギヨームは、すぐに衝撃的な事実を聞かされた
「ギヨーム、君は知っているのか。君が最近親しくしているシジア太守国の商人だが、実はあれはブランシュトルム辺境伯ラーデのスパイだ」
 そう言うとリンデンはその商人に関する詳しいデータが書かれた書類をギヨームに提示した。
「まさか、そんな」
 ギヨームはひどくショックを受けた。
 相手の正体も知らず、得意げに王国や王国魔導剣士団の秘密をペラペラとしゃべっていたこと。
 すべて自分がコントロールしていると思い込んで、実際は相手の手のひらで踊っていたということ。
 自分が世間のことを何も知らない愚かな若造だと判明したこと。
 そして、そのすべてをリンデン・ブラックソーンが知っていたということ。
「あなたは私を監視していたのですか」
「そういうわけではないが、私の元には様々な情報が集まってくる。ギヨーム、君は君が思うより王国内で重要な地位を占めているんだ。それを忘れないでほしい」
 リンデンにとってギヨームは生まれた時から知っている親戚の子供のようなものだった。できれば穏便に事態を収めたかった。
「私が愚かでした。どんな処罰でも受けます」
ギヨームは潔く罪を認めた。自分の愚かさが許せなかった。
「失敗すれば死。それもまたひとつの生き方に違いない」とギヨームは思った。
ところがギヨームの言葉に対するリンデンの答えは意外なものだった。
「いやこれ以上は何もない。このことは私と君との秘密だ。ここだけの話としよう。どんな人間にも失敗はある」
 リンデンはギヨームの空になったグラスに酒をつぐと。つとめて明るく笑った
 だがギヨームにとっては、そのリンデンの心遣いこそが最大の屈辱だった。
「この男、いつか必ず殺す殺してやる」と心に決めた。

 コストロヴィツキ家の書斎には重い空気が流れていた。
 ギヨームは父親の手を取った。
「父上、すでに事は動き出しているのです。どうか私にすべて任せていただいたい」
 オルドはギヨームの目をしばらく無言で覗き込んだ後、頷いた。
「お前は私の祖父のロドワによく似ている。あるいはこれも祖父の遺志なのかもしれんな」
 父の同意を得て、ギヨームは安心したように書斎を出て行った。その後ろ姿を見つめるオルドの表情は厳しかった。
「力を得よ。邪魔物は排除せよ」
 オルドは呟いた。


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