そりゃエルフだって殺せば死にます ~グリヴァス・エリオンドール なれそめ編~ 3
子供たちの家はそこから歩いてわずか二分ほどの所だったが、一般的な民家ではなかった。大きな宿屋のような建物だった。
「エセリア、ここは?」
「ここは王家が費用を出して経営している孤児院です。私がここのお世話をしているんです」
エルフは長寿族とはいえ、寿命を全うする者ばかりではない。また出産の負担も人間以上にあるようで、お産で母体に負担がかかって、それで亡くなる者も少なくない。
そうした親を亡くした子供を引き取る施設が王国内にいくつかあるのだが、ここはその中でも王家が直接管理している施設らしかった。
「あ、グリヴァスだ。また魔法を見せてよ」
戸口に現れたグリヴァスの姿に気づいた何人かの子供が騒ぎ出した。
子供たちは全部で十人ほどいた。よく見ると見覚えのある子供ばかりだった。
グリヴァスはエセリアたちの後を追って建物の中に入った。そこは食堂兼居間の大きな部屋だった。
「おねえちゃん。どうしてグリヴァスを連れて来たの」
「マウロとミーヤは大丈夫だった?」
グリヴァスも人気者だったが、それ以上にエセリアの方が子供に人気が高かった。子供たちは自然にエセリアの周りに集まった。
「マウロもミーヤも無事よ。みんな安心して。ちょっと待っててね、私、グリヴァスさんとお話があるの」
子供たちが一斉に不満の声を上げた。
「ルーミスさん、お願い」とエセリアはこの施設の運営を手伝っているらしい年配の女性に声をかけてから「グリヴァス、こちらへ」と奥の部屋へグリヴァスを招いた。グリヴァスの都合を尋ねようとはしなかった。
その態度はどこか王族の威厳を感じさせ、グリヴァスは自然とその指示に従ってしまう自分自身に少し腹が立った。
奥の部屋はこの施設の管理者の執務室だった。それほど広くもなかった。デスクが一つと応接セットが一組。後は書類が入ったキャビネットがあるぐらいの飾り気のない部屋だった。
グリヴァスとエセリアはデスクの前のソファに向かい合って座った。
「俺に何か用かな」
「はい、まずは今日のこと。あらためてお礼を申します。私一人ではどうしようもありませんでした。お陰で子供たちが助かりました」
「いや、あれも成り行きだ。でもお役に立てたのなら、良かった」
グリヴァスはさすがに「酔った勢いだ」とは言えなかった。
「やつらは人間の人さらいだと思ったが、どうしてあんなことになったんだ」
「はい。そのことをお話しして。ぜひお力をお借りしたいと思います」
事情を聞いたからといって力を貸すかどうかは別の話なのだが、エセリアは当然グリヴァスが協力してくれるものと思っているらしかった。
子供たちを必死で守ろうとしたエセリアには好意を感じていたが、こちらの都合に関してはあまり考慮していないようで「これだから周りは全て自分に奉仕するのが当たり前と思っている連中は嫌いなんだ」とグリヴァスはやや興醒めする思いがした。
「グリヴァス。あなたは最近、エルフィンディアの周辺の村で子供がさらわれる事件がいくつも起きていることをご存じですか」
「いや、申し訳ないが、俺は世間の動きというものに疎くてな」
「そうですか」
エセリアはグリヴァスが事件を知らないと言っても特に気を悪くはしなかった。
「事件が起き始めたのは夏頃からです。王国が把握しているものだけでも四、五件は起きているでしょう」
「さっきみたいに人間の仕業か?」
「目撃した者はみなそう言っています。ですからここ最近は、王国への人間の出入りを厳しく監視し、衛兵隊の見回りも増やしているのですが、まだ犯人は捕まっていません」
「だいぶ悪質なやつらのようだな」
グリヴァスは先ほどの男たちのリーダーが「誰だよ、エルフの邪魔は入らないって言いやがったのは」と言っていたのを思い出した。とすれば外部に情報提供者がいるのかもしれない。
「これまで犯人たちは周辺の村で子供をさらっていたのですが、今回はついに王都の街中で事件を起しました」
「何が狙いなのかわからんな。密かに子供をさらいたいのなら郊外の村の方が都合がいいだろうに」
「たしかにそうですね。でもここの子供たちまで狙われたのなら、私も考えなければいけません。今日はたまたま現場を見かけたので追いかけて取り戻せましたが、また同じことが起こるかもしれないと考えるとゾッとします」
「衛兵隊に保護してもらえばいいじゃないか。ここは王家の施設なんだし」
「もちろんそれは依頼します。でもご存じでしょう、衛兵隊は儀式には向いていますが、実戦ではほとんど役に立たないということを」
「王女様とは思えない大胆な発言だな」
たしかにキラキラと飾り立てられた制服を着た衛兵隊は、見た目は立派だが、実戦経験がある者ほぼいないだろう。なにせ百年以上これと言って大きな事件が起きていないエルフィンディアだ。
「それで君はどうしたいのかな」
「私が犯人を捕まえます」
「君が? でも相手は相当危ないやつらだぞ」
「わかっています」
「武術の心得でもあるのか」
「ありません」
「ではどうやって」
「あなたに協力してもらって」
「え、俺に?」
だいぶ妙な方向に話が向かっていることにグリヴァスは危機感を覚えた。
「あのな、エセリア。信頼してもらうのは嬉しいんだが、俺は力も無いし、犯人捜査もやったことはない。わかるだろう、助けてやりたいとは思うが適任じゃないよ」
「いいえ、そうは思いません。私はあなたのことを知っています」
「ちゃんと話したのも今日が初めてだぞ」
「でも子供たちから、あなたのことはよく聞いています。あなたは子供が大好きで、幻影魔法の達人で、他の大人とは違って優しいって。子供は素直です。嘘はつきません」
「おいおい、それは買いかぶり過ぎだ」
「いいえ、先ほどの件で私は確信しました。子供たちの言っていたことは本当です。お願いです、あなたしか頼れないんです」
「そんなことはないだろう。王宮にはたくさん人材がいるだろうし」
「みんな何も変わらない毎日の中で寝ぼけているような人たちばかりです。お母さまだってそう……」
エセリアは視線を落とし暗い表情になった。グリヴァスは「まずい部分に触れてしまったな」と思った。
「そうなのか。俺は宮廷のことなど何も知らないからな」
「別に悪い人たちではないんですよ。でも力になってはくれません。子供たちのことを心配している人などいないと思います」
グリヴァスは何と返事すればいいのか困った。しかし何度考えても「できれば助けてやりたいが、俺にはそんな力などない」としか思えない。安請け合いして相手を失望させたくはない。
「エセリア。やっぱり俺には無理なように思う。だけど俺も事件の関係者になってしまったんだし、できるだけの協力はする。当局に証言もするし、きちんと動いてもらえるようにも頼もう。君は、衛兵隊は役に立たないって言うけど、今日のやつらだって衛兵隊の姿を見て逃げたんだし、無力ではないよ」
「一緒に犯人を捕まえるのは、どうしても無理ですか」
「エセリア。君もまだ子供だよ。本当に危ないことなんだ。とりあえず明日、俺は王宮に行くよ。そこで何ができるか考えてみよう」
「わかりました」
それきりエセリアが黙ってしまったので、グリヴァスは「申し訳ない」と思いながらも、孤児院を出て家に帰った。
冷たい夜風に吹かれ、足取りはとても重かった。