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そりゃエルフだって殺せば死にます                       ~グリヴァス・エリオンドール なれそめ編~ 1

第一章  子供たちの人気者

 街の広場では子供たちの甲高い歓声が途切れることなく巻き起こっていた。
「ねえグリヴァス。次は何を見せてくれるの」
「僕は七色の蝶が舞い上がるやつが見たいよ」
「私は宝石でできたお城がいいな」
 賑やかに騒ぐ十人ほどの子どもたちの輪の中心にいるのは一人の青年だった。グリヴァスと呼ばれているその青年は、幻影魔法を使って不思議な光景を子供たちに見せ、大喝采を浴びていたのだった。
 ここはルミリア大森林の深部にあるエルフの国、エルフィラディアの王都。とはいえ人間世界の都会ほどの規模ではなく、せいぜい栄えた地方都市程度の大きさだった。住民はほぼ全てエルフで、人間社会とは、あまり接触を持っていなかった。
 
 この日、広場には市が立ち、多くのエルフが忙しく行きかっていた。彼らは子供たちに囲まれたグリヴァスを、蔑んだ目で見ていた。
「またグリヴァスの飲んだくれが、あんなことしてるぞ」
「まあ十秒しかもたん『幻影魔法』なんて、子供を喜ばせる以外に使い道がないからな」
「何の取り柄もないんだから、子供の世話ぐらいしてもらわないとな」
 子供には大人気のグリヴァスも大人にはかなり不人気な様子だった。

 グリヴァスは痩せ気味で背もそれほど高くはなかった。
おしゃれ好きが多いエルフの中にあって、例外的に身だしなみにも無頓着。よく見ればそこそこ美形ではあるのだが、長い銀髪を編みもせず、首の後ろで無造作に束ねただけの風采の上がらない男だった。
 力が強いわけでもなく、猟師の才能もなく、農作物の栽培にも長けてはいなかった。取り柄は魔力に対する深い知識で、もう百年以上も各地を放浪しては魔力の研究を続けていた。(彼は、見た目は人間でいう二十歳ぐらいだが、実年齢は三百歳だった)
 だから魔力の知識という部分では頼りにされることもあったが、彼自身にはそれほど強い魔力があるわけでもなく、使える魔法も子供だましの「幻影魔法」ぐらいなものだった。
 友達もほとんどいない。
 酒が大好きで、旅から戻って来ると自宅で魔力研究をしている以外は、酒場にいるか、広場で子供の相手をしているか、という毎日だった。

 また子供たちが大歓声を上げた。
 グリヴァスが地面から高さ五メートルほどの炎の柱を吹き上げたのだった。もちろん幻影なので周囲には何の被害もない。
 大人たちはそれを見て「あれでも王国魔法顧問団の一人に選ばれているんだから、幸運なやつだよ」と悔しさと羨望が入り混じった感想を漏らした。

 秋も終わりが近く、夕方になると風に冷たさが増してきた。
 子供たちは「また明日ね」と言いながら家に帰って行った。グリヴァスも「さて酒場にでも寄って行くか」と広場を出た。
 西方諸国の旅から戻って二年ほどになる。その成果をまとめる作業も一段落した。ここエルフィラディアは数百年も平穏無事。何の変化もない。
 グリヴァスは「そろそろまた旅に出るかな」と思い始めていた。
 
 「川底亭」という妙な名前の酒場は、広場を出て五分ほどの、様々な商店が立ち並ぶ一角にあった。グリヴァスにとっては百年来の馴染みの店だった。
店の裏に増水時には流れが速くなる小川が流れていて、年に一人か二人、泥酔した客が川に落ちて死人も出るという、なかなか物騒な店で「川底亭」という名前もその川にちなんだものだった。
 店内は五脚ほどのテーブルとカウンターあるだけの小ぢんまりとした造りだった。まだ早い時間なので食事の客が二グループいるだけで、カウンターは空いていた。グリヴァスは慣れた様子でカウンターの一番端の席に腰掛けた。
「いつものエールで」
 グリヴァスがカウンターの中でこちらに背を向けている店のマスターに声をかけた。
「はいよ。いつものエールね」
 マスターは陽気な声で答えると、太った身体を狭いカウンターの中で半回転させ、グリヴァスの目の前にエールのジョッキを置いた。
「ディック、俺はそろそろまた旅に出るぞ」
 エールを美味しそうに飲みながらグリヴァスはマスターに話しかけた。ディックはこの街で唯一といってもいい、グリヴァスの友達だった。
「それで、今度はどこに行く?」
「西のシジア砂漠の中に、土地の魔力が異常に強い場所があるんだよ。あそこは面白いぞ。いろんな実験ができそうだ」
「シジア砂漠か。砂以外には何もない、生きていくのも大変な場所らしいな。お前も物好きな男だよ」
 ディックはグリヴァスの話を聞いても、少しも羨ましそうではなかった。
「俺にとっちゃ、こんな何の変化もない街で何百年も同じ毎日を繰り返して満足しているやつらこそ物好きに思えるがな」
「そんなもんかね」
 ディックは関心が無さそうに首を振った。
「面白い話していますね。お仲間に加わってもいいですか」
 その時、一人の男がグリヴァスの隣の椅子に割り込むように座って話しかけてきた。
「僕にもエールを」
 その男はグリヴァスより百歳ぐらい年上に思えた。人間でいえば二十代後半というところ。背が高く、しなやかで俊敏そうな身体つき。上等な服。腰には立派な剣を差している。目が鋭すぎる感じがあるが、笑顔がそれを中和していた。この店で他の客に話しかけられることなど滅多にないので、グリヴァスは戸惑った。
「あんたはいったい」
「ああ、失礼。僕はこの街で商売をしているサルヴィエン・ダルグレスという者です。この店には初めて来ました」
「そうか。俺はグリヴァス・エリオンドール。あちこちを旅しながら魔力研究をしている者だ。この店には、ほぼ毎日来る」
 そこでサルヴィエンのエールが来たので、二人は形ばかりの乾杯をした。
「先ほど、この街の人たちが、何百年も同じことを繰り返しているという話をしていましたね。僕はそれをとても憂慮しているんですよ。それでもいいのかって」
「どういうことかな?」
「この世界には人間という凶暴な種族が住んでいるんです。僕は外の世界で商売をしているからよくわかるのですが、彼らはいつか僕たちエルフを滅ぼしてしまうでしょう」
「たしかにエルフに比べると人間には猛々しいところがあるな。俺たちより寿命が短いせいだろうな」
「そうなんです。だからエルフも最低限、人間に対抗できるだけの力を持っておくべきだとは思いませんか」
「それは、人間と戦って勝つということかな」
「向こうから仕掛けて来るとしたら、そうです」
「まあ、さすがに黙って滅ぼされるのは嬉しくないな。でも人間だって、そんなに戦闘的なやつらばかりじゃないぞ。むやみに戦争を仕掛けてきたりはせんだろう」
「グリヴァスさん、それは甘いな。僕は人間にエルフが酷い目に遭わされるところを何回も見て来た。あいつらの本質は弱肉強食ですよ」
「たしかにエルフを奴隷として売り買いしている話は聞くな」
「そうなんですよ。人間はエルフの敵です」
「そうかな。もちろん酷いやつもいるだろうさ。だがそれはエルフだって同じだ。俺は人間とエルフは共存できるとは思うがな」
「そんなことを言ってるから、エルフは滅ぼされるんですよ」
「そうか。まあどう思うかは人それぞれだ。あんたの考えを否定はせんよ」
 サルヴィエンはグリヴァスが思ったほど話に乗って来ないので不満そうだった。しかしグリヴァスは別にサルヴィエンと友達になりたいわけではなかったので気にしなかった。
「俺は俺の自由にやりたいことをやって生きていくだけだ。それで理解されなくて仲間外れになって独りぼっちになったとしてもね」
 グリヴァスはさっき会ったばかりの男に、唯一の信条を披露した。
すると二人の話を聞いていたマスターのディックが「まあ、俺はきちんと金を払ってくれる客の意見には、とりあえず賛成することにしてるぞ。独りぼっちじゃ商売にならん」と反論した。サルヴィエンは「こいつらでは話にならん」とばかりに肩をすくめ「話ができて良かったですよ。それでは、また」と言い残してテーブルの方へ歩いて行った。そこにはサルヴィエンの仲間らしい男たちが三人ほど待っていて、グリヴァスのことをじっと見ていた。
「何だか感じの悪いやつらだな。ディック、この店の客も質が落ちたな」とグリヴァスが言うと「質より量だよ」と答えてディックは笑った。

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