ブリットポップブーム

ドーハの悲劇を家でリアルタイムで観ていた93年の秋、高校生だったわたしは、サッカーのおかげで、すっかり夜更かしする習慣が身についてしまっていた。そんなある日のこと、いつものように深夜までTVを観てると、あるバンドのライブ映像が流れてきて、わたしはその映像にすっかり目を奪われた。

それは、Suedeのブレッドアンダーソンが、「The Drowners」をくねくね腰を揺らしながら歌っている、ライブ映像だった。白いシャツを胸まで空けた、ワンレンボブのキレイな男性に、世の中にこんなセクシーな人がいるのか!と衝撃を受け、一気にSuedeのファンになった。

慌てて、地元のヴァージンメガストアに駆け込み、Suedeのデビューアルバムを買った。全曲、耽美的で退廃的な雰囲気をまとった、大人っぽい楽曲に、田舎の純情な高校生だったわたしは、すぐにトリコになった。

それから、いわゆるブリットポップブームと呼ばれる波に飲まれるように、blur、エラスティカ、オアシス、シャーラタンズ、pulpなど、UKのロックバンドをどんどん好きになっていった。中でも、blurのグレアム君の顔が、とても好きで、その頃から、わたしはメガネ男子好きを公言するようになったほどだ。

エラスティカがブレイクして初来日した95年、わたしは一人でエラスティカの来日公演に行った。前から3列目の真ん中辺に陣取っていたわたしの斜め前の二人組の男の子に、ライブが始まる直前に声をかけられた。わたしはライブが楽しみだったので、あまり気乗りしない対応をしていたのだけど、ライブが終わったあとに、そのうちの一人が、オアシスのライブに行かない?と話しかけてきた。

オアシスのチケットは持ってなかったので、ライブに行くだけならまあいいか、と思い、軽く話をした。その男の子は、地元が一緒だったこともあり、ちょっと親近感が湧いた。

当時、まだ新宿のマルイの地下にあったヴァージンメガのUKロックコーナーで待ち合わせして、二人で会うことにした。友達が、男の子の顔がみたい、と言って、待ち合わせの時間に、ヴァージンメガをウロウロしてた。

まあまあイケメンの年上のその男の子とお茶して、ライブのチケットをもらって、一緒にライブに行ったけど、そのあとは、特に進展しなかった。

マルイからヴァージンメガが移動して、上の階にカフェができた頃、新宿は、音楽好きの若者にとっては天国のような場所だった。ヴァージンメガストア、タワレコ、HMV、ディスクユニオンを一通りまわれば、あらゆる流行を取り入れることができたし、どんなにマニアックな音源でも手に入れることができた。

HMVにシャーラタンズが来たり、ヴァージンメガにスリーパーのルイーズが来たり、当時はインストアイベントが盛りだくさんで、アーティストと近くで写真を撮れる、貴重な体験がたくさんできた。

そのうち、南青山にあるクラブ、blueに通うようになって、クラブジャズにはまるようになってからは、少しずつ、ブリットポップ熱も覚めてしまったけど、高校生からの数年間、わたしの青春時代は確かにブリットポップと一緒にあった。



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