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【私の年のせいなのか ここが日本じゃないからか165】12月(8)フランス語講座①
9月から始まったフランス語講座は、火曜日と木曜日のベーシック、木曜日だけのアドバンスともに、人の入れ替わりが激しい。私など、一番安定的に出席しているくらいだ。みんな、移民として楽ではない生活を送っているのだろうから、毎週出席できるということ自体が、一種特権なのかもしれない。
12月、ベーシッククラスには、新しくアフガン人の青年たちが加わった。更に、北アフリカか西アジア出身と思われる、頭を覆った女性たちも。夫と一緒に参加する人もいる。インド系のご夫婦も。
イスラム圏の人が多く、東アジア人は中国人のシャオリンと私ぐらいだ。ベトナム人のミーハンも、きっと外の人から見たら、私たちと一括りにされるだろう。ミーハンはベーシックには出席しない。シャオリンは私と一緒で火曜はベーシック、木曜はアドバンスに参加している。とはいえ、フランス語のレベルは雲泥の差で、なんで習う必要があるのかと思うくらいだ。
私は数少ない東アジア人で、年齢的にも他の人とは離れているから、多分、みんなに認識されていると思う。なんかよく分からないけど、フランス語は全然出来なくて、でも、毎回来てる、ここから何を目指してるんだろう、このばあさんは、という認識かもしれないけど。
あるとき、火曜日のベーシックに、新顔が現れた。教室に入ってきた瞬間、ちょっとびびった。巨体の上にスキンヘッドのコーカソイド。あごひげを生やしている。腕とか首とか、見えるところにはびっしりとタトゥー。鼻にピアス。耳にはピアスはしていないけど、左右の耳たぶに向こうが見えるくらいの三角の穴が開いている。大変整った顔で、表情を崩さないので、余計に怖い。
先生が「あー、あなたがMax(仮名)ね。はい、ここへ座って、はい、これが今日の教材」と渡している。物腰は乱暴ではない。ただ、身体が大きいから、特別優雅にも見えない。こ、この人も生徒なのね。どこから来た人だろう。
と、その御仁が、その週のアドバンスクラスに現れた。この日の生徒は5人だけ(うち二人が娘と私)。改めて先生から紹介された、ロシアから来たMax。少人数で話してみて分かった。とんでもないインテリだ。そして、笑うと可愛い。
この日のテーマは、美術館だった。ルーブル美術館初の女性館長になった人のインタビュー記事を読んだ。導入の質問として、美術館や博物館に行きますか? どういう種類の美術館が好きですか? とあり、生徒が順番に答えていく。
Maxの回答が意外すぎた。「月に4,5回は行きます。現代美術が好きですね。ニューヨークのグッゲンハイムとか」。先生が思わず、「月に? 年じゃなくて?」と聞き返した。私と娘は、「グ、グッゲンハイムって言ったよね?」「うん、この人、何者?」と小声を交わした。
Maxのフランス語は、流暢ではない。英語の方が得意と見えて、分からなくなると英語で先生に聞いたりする。娘も先生に加勢して英語で説明を加えたり、逆にMaxから教えてもらったりした。
後で娘と話したのだが、この人もきっと、話すとか聞くとかよりも読み書きの方が得意なタイプだ。ロシア語と英語が出来るのならボキャブラリーの重なりにも助けられるはずだし、大した教養レベルとお見受けしたので、日常会話よりも内容のある話の方がむしろ得意だと思う。
彼よりももっとフランス語を話せても、アドバンスクラスに誘われない人もいる。そのあたり、先生の恣意を感じる。
授業の後半で、Maxが「bobo」という単語を持ち出した。教材に出てきた、ルーブルがターゲットにしようとしている「働く若者」のつもりで使ったのだが、先生たちに「boboっていうのは、ちょっとお金持ってて、こじゃれたような生活スタイルの若い人のことよ」と訂正されていた。娘と私は新しい単語を覚えて、しばらくboboが家庭内トレンドワードになった。どこで使うんだ。
これもまたゴシップの類いで、品のない話だけど、娘と、一体彼は何者なのか、今、何をやってるのか、気になるよねーと話した。見た感じマッチョだから昼間は港で働いてて、夜はバーの用心棒とか?いやいや、何かしら表に出られない職業とか?ロシア政府に狙われてるとか?そんな人が移民向けのフランス語講座に来るか? ほんと、一人一人の話を聞きたい。