【私の年のせいなのか ここが日本じゃないからか102】9月(16)フランス語講座②
私たちが教室のある建物に入ったとき、ロビーで、赤ちゃんを連れた黒人女性がアイ(仮名)を連れて、フランス語で先生と話していた。私たちを見た先生が、「あ、メールをくれた人ね? ちょっと待ってて。この子も今日から参加なのよ」と教えてくれた。
アイは10代後半ぐらいに見える。アイを連れた女性が先生に、この子のことをよろしく、仕事を見つけるためにはフランス語ができないと困るから、みたいなことを話しているようだった。母親にしては若すぎる。親戚のお姉さんという風情だ。
その後、教室として使われる部屋に移動し、私たちはアイと隣の席に座った。とても人なつこい笑顔で話しかけてくる。が、私は戸惑ってしまった。彼女の言っていることが何も分からないのだ。最初は、これは私のフランス語聞き取り能力の問題だと思ったが、そうではない。彼女が話しているのはフランス語ではないようだ。先生が言葉を添えてくれたおかげで、辛うじて彼女の名前と、出身が西アフリカの国だということだけは分かった。
最初の授業が始まった。確かに、語学学校というよりは識字教室だ。フランス語のアルファベを言ってみる(私はeとoとuがちゃんと発音できない。gとjも)、1から20まで数字を数えてみる(考え考え、何とか捻り出すけど、13~16が鬼門)、挨拶してみる、隣の人に名前を聞いてみる、そのあれこれを配られた紙に書いてみる。それを先生が後ろから覗いてチェックする。
アイは、先生が紙に書いてくれた単語の文字を書き写している。その様子を見て分かった。多分、今までに一度も文字を書いたことがない。少なくともアルファベットを書いたことがない。書いた文字の周りに点や線を付け加えている。遊びなのか、何かの儀式なのか?
目が合うとにっこりして話しかけてくれるのだが、何を言っているかは分からない。いや、これは、仕事を見つけるとかいうレベルじゃないのでは?
授業は講義ではなくアクティビティが中心で、座っている順番に、ときにはいきなり、先生の指示に従って文字を読んだり、フランス語で質問に答えたりする。私は、「スポーツの名前を挙げて」と言われて「じゅーどー!」と答えた。日本人に期待されてる答えかと思って。
アイは、何を聞かれても、何を指示されても、分からないようだった。先生が何とかアイに答えをリピートさせて、「授業に参加している」体をなしている。周りの生徒は、戸惑った様子でアイを見ている。
帰り道、娘がアイのことを「きっと今まで一度も、学校というところ、教室という場所で勉強したことがないんだと思う」と言った(娘は途上国の教育開発系NGOに勤めている)。
娘曰く「私や母さんはさ、先生の言っているフランス語が分からなくても、教室では先生が前に立って指示を出す、配られたプリントに沿ってアクティビティが進められる、ってことは分かるじゃない? だから、今はこれやってるんだなってことは何となくでも理解できる。それは学校教育を受けた経験があるからなんだよね。ところが、アイにはそれがない。だから、今、この場所で何が起きているのか、自分に何が期待されているのか、さっぱり分からないんだと思うよ」。なるほど。