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詩とおもう(乞いと逢い)

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惚れた腫れたです。
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#作詞

中秋(2022.09.22)

切り立ての爪のあいだから 涼しい風が吹きだす 訪れた人をもてなすように   明日もわたしは ふかぶかとこうべを垂れて 身のうちに巣食う虫をやしなう   すでに巣立った虫たちは ひと夏を終えて乾いた なにも預けるものはない   遠まわりをして 近道をみつける子ども 丸めた地図の襞をのばして   海から月が昇る あなたの横顔がわらう

光年(2021.3.28)

その屋根に 鳥が とまっている ほんとうは 消えてしまった 星の 光が そこに届くように 鳥が 見知らぬ人を 知らないと言える あなたと くらべられる軌跡 その屋根に とまっている 鳥は なに色 星は なに色 そこかしこに 置き去りの倒木 誰にも 見つけられない その屋根と 星の 距離を 鳥は知っている

失踪(2020.5.26)

足の裏のかたちの染みを残して 消えてしまった あなたを探そう 髪の匂い 剥がれたかさぶた いびつなあなた いつでも触れていられたのに 足の裏のかたちの染みを残して 消えてしまった わたしは探そう 逆さまつげ 齧ってふやけた爪 ゆがんだわたし いつでも触れたかったけれど どうしても遠く かぎりなく嘘で とこしえに夢だ もういいだろう 足の裏のかたちの染み まだ温かい ふやけた爪が あなたの親指を まだ覚えている

空似(2020.7.4)

あなたに似た人に 昨日も会った あなたに似た人は そこらじゅうにいて わたしの行く先々で わたしではない 誰かを待っている あなたに似た人は 実は あなたに似ていない これっぽっちも似ていない 決して あなたではないという その一点において だから わたしは どんな世界にいても あなたを 見つけ出せる 浜の真砂のひとつぶ 海の真水のひとしずく 決して あなたではない あなたに似た人

すりこみ(2020.6.3)

かたい殻を割って ようやく這いだした先に 柔らかい胸をひらいたあなたがいたから 愛するしかなかった ちいさな部屋を捨てて 息を吐きだした先に ほうとゆれて光るあなたがいたから 愛するしかなかった いつでもその先に わたしのあらゆる先に あらわれては消えるあなたがいたから 愛するしかなかった そのしかたなさは まだらの膜のなかで うすい壁のなかで すでに育まれたに違いなかった でなければ いずれ消えてゆくものを あなただからといって どうして 愛したりするだろう また

あなた(2020.5.9)

あなたに会いたい そのあなた は どの あなただろう 昨日のあなた おとといの 六年前のあなた 百年前の ずっと同じあなた まだあったこともない あなた あなたたちは わたしを わたしなど消えてしまうくらい わたしの せかいであった あなたに会いたい あなたに会いたい 熱く 凍えている手を掴み 薄い影を どうにか踏みしめて 声を ああ声 いまも耳の中に あなた あなたたちに わたしは会いたい