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詩とおもう(乞いと逢い)

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惚れた腫れたです。
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中秋(2022.09.22)

切り立ての爪のあいだから 涼しい風が吹きだす 訪れた人をもてなすように   明日もわたしは ふかぶかとこうべを垂れて 身のうちに巣食う虫をやしなう   すでに巣立った虫たちは ひと夏を終えて乾いた なにも預けるものはない   遠まわりをして 近道をみつける子ども 丸めた地図の襞をのばして   海から月が昇る あなたの横顔がわらう

空似(2020.7.4)

あなたに似た人に 昨日も会った あなたに似た人は そこらじゅうにいて わたしの行く先々で わたしではない 誰かを待っている あなたに似た人は 実は あなたに似ていない これっぽっちも似ていない 決して あなたではないという その一点において だから わたしは どんな世界にいても あなたを 見つけ出せる 浜の真砂のひとつぶ 海の真水のひとしずく 決して あなたではない あなたに似た人

すりこみ(2020.6.3)

かたい殻を割って ようやく這いだした先に 柔らかい胸をひらいたあなたがいたから 愛するしかなかった ちいさな部屋を捨てて 息を吐きだした先に ほうとゆれて光るあなたがいたから 愛するしかなかった いつでもその先に わたしのあらゆる先に あらわれては消えるあなたがいたから 愛するしかなかった そのしかたなさは まだらの膜のなかで うすい壁のなかで すでに育まれたに違いなかった でなければ いずれ消えてゆくものを あなただからといって どうして 愛したりするだろう また

あなた(2020.5.9)

あなたに会いたい そのあなた は どの あなただろう 昨日のあなた おとといの 六年前のあなた 百年前の ずっと同じあなた まだあったこともない あなた あなたたちは わたしを わたしなど消えてしまうくらい わたしの せかいであった あなたに会いたい あなたに会いたい 熱く 凍えている手を掴み 薄い影を どうにか踏みしめて 声を ああ声 いまも耳の中に あなた あなたたちに わたしは会いたい

北極星(2020.4.18)

その星はとても明るくて 虫ピンみたいに わたしに刺さってる その星は瞬かなくて だからわたしは くるくる回ってる その星はずっと沈まない 何をどうしたって わたしについてくる ラムネの栓みたいに 外れたら出てこない 胸の一番狭いところに ぽつんと残ったまま その星を握って 握りしめて 消えたりしないか ときどき確かめる 消えてしまえばいいのに あなたの胸に 投げつけたら 消し炭のように真っ黒に 砕けてしまえばいいのに

辿る(2020.3.21)

きっと あなたを 辿っているのだろう 足跡とは限らない 道行とも限らない あなたが まだ座らない 椅子かも知れない あなたが どこかに置いてきた 眼差しかも知れない 昨日落としたボタンを 探すように きっと あなたを 辿っているのだろう

旅(2020.2.25)

はるばると 旅をしてきた 雲間からさす薄日 まだ短い影 足跡は残らない そのはるけさは 胸のなかに 刻まれている あなたがしてきた旅を わたしは知らない わたしの旅の中に あなたがいることを あなたが知らないように 生えぎわの白い髪 乾いた指の節を 少し 離れて見ている

ほころび(2020.1.22)

ほころびを 繕うために 小さく運ぶ針 二本取りのあかい糸 どうしても 曲がってしまう縫い目 ほんとうに この色だったのか 灯りを落とした部屋 梅の花が匂う 目を合わせぬように たどたどしく 繕われたほころび 冷えた指さきで あかい糸を切る

再現(2020.1.22)

目の中に あなたを再現する わたしには見える 触れさえもする まばたきの中で あなたは笑う わたしには聞こえる あなたの苦しみが 今さらと あなたは言うだろう 手遅れだと あなたは言うだろう なくしてからでしか 始められないことがある なくしてからでしか 得られないものがある あなたを わたしは今さら 手に入れたのだ

手紙(2019.12.10)

昨日の月は雨の向こう 健やかな翼ならば 雲を越えて 迷わずに飛べるのか 缶を蹴る足は左足 戻れないような遠くへ 鬼が帰っても こわんこわんと耳に鳴る ああ いつでも 片手しか 自由にならない 雨は止む 雲は流れる 翼を折りたたみ 指を折りかさね 携える手紙 翼の形に投げる 水を切るように

ささくれ(2019.11.30)

指さき 透ける青い静脈に納得がいかなくて ささくれを 引き毟る 滲んだ赤い血としつこい痛み 後悔と安堵を かわるがわる吸っては吐いて ようやく 爪先まで辿り着く 触れられた先から割れては毀れて くつくつと沸き立つ そんなものを信じてはいけない ピルエットは永遠に続かない  永遠? 塔の先に届いたからと言って 胸に誓いをたてたからと言って それはなにごとも保証しない  保証? どれほど疑っても ふたつの 手のひらがあることを 青い静脈に赤い血が流れていることを もう試さずにすむ

よろこび(2019.10.23)

昨日をなぞれる今日が来て わたしは 空が落ちる音を気にしないでいられる 青空の 曇り空の 既に耳を劈く雷鳴の どんな空もどんな音も 今のわたしは知らずに 知らずにいることを 知らなくてもいい そこには 昨日があった そこには 今日があった 空が落ちる日が明日だとしても 今のわたしは知らずにいていい

届ける(2018.9.30)

手は届く だけど そのままにしておく 声は届く だけど 黙っている 届けなければ ずっとわたしのものだ 届けてしまったら それが あなたの手の中で どう溶けていくのか あなたの耳に どう流れ込むのか わたしには どうすることもできない それを 恐れているのか 待ちかねているのか 届けなければ ずっとわたしのものだけど ずっと誰にも届けなかったら 見えない服とおんなじ 見えない服のボタンを外して ただのはだかになったとき いびつなわたしを あなたの目が 照らし出す それを 恐れ

詰問(2019.6.9)

足元に纏わりつく仔犬みたいに 自分をむき出したら良かったのか 自分の足につまづく振りで あなたに凭れたら良かったのか ダンサーが背中に滲ませるように 自分を塗りつければ良かったのか 錆びた鋼の冷たい汗で あなたを濡らせば良かったのか 手の中でいつまでも弄り回して 生ぬるくべたついた言葉など棄てて 見えない眼を見開いて 見えないことを疑わず あなたに掴みかかれば良かったのか