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金網に 指をかけるように あなたをつかみたいが 錆びた金網は あなたではないので 力を込めるほどに わたしの手ばかりが傷む 同病相憐れんで 右手と左手は慰め合うが 傷は癒えるどころか さらに傷む いたましく あさましく 乞い続ける病い もはや 心などあてにならない 仮に あなたをつかんだところで 痛み続けた手は 金網とあなたの 区別がつかないだろう
何も聞く気のない耳に 音無しのイヤホンを突っ込んで 見知らぬ人の肩を眺めている あれは さっきまで 扉に寄りかかっていたわたし あれは 昨日まで 今日を疑わなかったわたし あれは 十年前 誰にも訊けずに道に迷っていたわたし そうやって いつかのわたしを ひとつずつ数え上げることには すっかり飽きた 音無しのイヤホンに伝わってくる 耳の中の脈拍を数えながら あなたの肩を眺めている
びっしりと 隙間無く設置された鳥避けだ わたしは油断しない 何列にも 果てしなく次に控えた鮫の歯だ わたしはぬかりない 二重三重に 惜しみなく保護された筍だ わたしは忘れない 針と歯と皮 水に浮くなまの鎧が どうしても覆い隠せない 黒目を あるとき射貫かれた そして気がつけば わたしは なまの鎧の中で 呆気なくからっぽになって いまも 仰向けの大の字で 浮かんでいるのだ
グレーでもブルーでも 空は空なのに 赤でも黄色でも りんごはりんごなのに わたしの網膜から 脳へと流れ込む光は いくら瞼で塞いでも 空を青く りんごを赤くする けれどあなたは あなただけは わたしの網膜の奥で ただ あなたとして ぼんやりと温かく くっきりと遠く 光っている