プラスチックレンズ進化の歴史~眼鏡自由区 in LIVE A FOCUS@ひ録:わらの手
プラスチックレンズの誕生
1940(昭和15)年、初めてのプラスチックレンズ素材が誕生した。
この歴史的な素材は「CR-39」と名付けられました。
アメリカのPPG (Pittuburg Plate Glass Co.)社の前身、コロンビア研究所で
開発された39番目の樹脂(Colombia Resin #39)という意味だった。
ピッツバーグ(米・ペンシルバニア州)にある板ガラスの会社が、
プラスチックレンズの素材を作ったという訳です。
コロンビアはサウスカロライナ州にある街ですから、
コロンビアという命名が、研究所のある都市名から取ったのか
人名から取ったのかは、不明です。ただ、コロンビアそのものの由来は
コロンブスです。
このCR-39 は、プラスチックレンズの基本的な長短を
そのまま持った素材でした。
メリットは軽い。
ガラスの約半分の軽さです
比重によって違うので、レンズによってはガラスの2 / 5程度のものも
ありますが、一般的には約半分です。
軽いから掛けやすい・・・眼鏡が下がりにくい。
デメリットは傷が付きやすい。
だから、取り扱いに注意が必要です。
また、ガラスと比べて厚い。
だから、見た目が悪い。
プラスチックレンズのメリット・デメリット
メリット・デメリットの表を出しておきます。
メガネレンズとして要求される特性は、主に四つあります。
(1)光学的に安定し均質である事。
(2)透過性が良い事。
(3)耐候性、耐擦傷性が良い事。
(4)玉摺加工など作業性が良い事。
実際にはJIS規格で細かく規定されていますが、主な必要特性は四つです。
PPG社の開発した商品名CR-39は、
アリル ・ジグリコール・ カーボネート
( allyl-di-grycol-carbonate略してADC)という素材でした。
CR-39の屈折率=1.498、アッベ数=58という数値は、
ホワイトクラウンガラス(屈折率=1.523、アッベ数=59)と
呼ばれる標準のガラスレンズに匹敵しました。
(屈折率は当時の測定法に準拠)
しかも、比重は1.32でガラスの2.54に比べ約半分。加工後のレンズ重量
でも約3割から4割は軽くなるというものでした。
※最初の商業利用は、第二次世界大戦中のB-17爆撃機用のガラス強化
プラスチック燃料タンク作成のためでした。
爆撃機の重量を軽減し、航続距離を伸ばすのが目的でした。
1947 年、カリフォルニアのアーマライト レンズ カンパニーが
最初の CR-39 眼鏡レンズを製造したとされています。
(以上Wikipediaより)
ニコンがエシロールとCR-39のパテント契約を結び那須ニコンで製造開始、
ニコンオルマ70という名称で発売したのは、1976(昭和51)年の事です。
オルマというのはエシロールが使用していた名称で、Organic Material
(有機素材とでも訳すのでしょうか)を短縮したものです。
さて、軽い! 割れない! という鳴り物入りで販売開始されましたが、
プラスチックレンズの需要は、当初、それほど伸びませんでした。
激しいスポーツをされる方や扱いに不慣れなお子様、レンズが割れては困る
危険な職業の方がお買い求めになりました。
一般のお客様がお求めになる事は、まだまだ多くはありませんでした。
1978(昭和53)年当時の勉強会ノートを開くと、日本での普及率は当時、5%と書いてあります。米・仏は普及率40%で、日本でも市場拡大が
期待されていました。
実は、低い普及率の理由は、
プラスチックレンズの傷つきやすさのためでした。
現在、プラスチックレンズの受注は90%を超えています。
5%から90%まで需要が増えるほどにプラスチックレンズは
進化したわけです。
つまり、プラスチックレンズ進化の歴史は、デメリット解消の歴史で、
その第一歩が、傷つきやすさの解消だったのです。
プラスチックレンズ進化の歴史は、デメリット解消の歴史
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?