小説・持たざる者のサバイバル タロット愚者の旅
第二話
「おいガロ、お前は今年で12だ」
執事のジャンに突然告げられても
ガロは運ばれてきたスープのことで頭がいっぱいで
何を言われているのか分からなかった。
温かで旨そうな香りのスープに
腹がグーグーなった。
さぁ食べるぞ、嬉しさに頬を緩めてスプーンを持とうとした手を
ジャンがいきなり掴み、ガロを椅子から立たせた。
(折角のご馳走を前になんて酷いことするんだよ)
ガロは珍しく抗って何としてもスープを飲もうと
椀に口を近づけた。
「ガロ、来るんだ」
「ジャンさん、これだけは食べさせてくださいよ
おいら腹ペコで死にそうです
こんなご馳走を前にお預けなんて殺生ですよ」
「心配するな、あとでもっと沢山食わせてやる」
「本当ですか?本当に?嘘はなしですよ?」
なおも名残惜しそうにスープの椀から目を離せないガロを
ジャンは引きずるようにして大旦那さまの部屋のほうへと
引き返した。
大階段は途中で左右に分かれている。
分岐点の左側を登ると大旦那さまの部屋だが
ジャンは右側を上った。
階段を登り切り広い廊下を行くと
窓にかかるカーテンは美しい絹とレースだった。
旦那様の廊下には重厚感のあるカーテンが掛かり
雰囲気がまるで違った。
突き当りには背の高い扉があり
ジャンが居ずまいを正し、コホンと小さく咳払いをしてから
ドアの前に用意されている銀色の小さなベルを鳴らした
大奥様の小間使いサルルが扉を内開きした。
「ジャンさん、御用は?」
「ガロが今年で12になりますので・・」
サルルはジャンの後ろでキョロキョロしているガロを見てから
慌てて部屋の中に向かった
部屋の奥ではサルルが大奥様にお伺いをたてる声が聞こえたが
大奥様の声は聞こえなかった。
やがてサルルが戻ってくると
ドアを大きく開け、ジャンとガロは中に通された
中に一歩入ってガロは驚いた
これまで嗅いだこともない良い香りがした。
薔薇の花の香りよりも甘やかで
頭の中が蕩けそうだった。
高く広い窓からは光が燦燦と降り注ぎ
明るさと部屋に充満した香りでガロはクラクラした。
目が明るさに慣れてくると
大きなソファに身体を預けるようにして
大奥様が座っていた。
大奥様は豊かな銀髪を緩く結い上げ
温かそうなガウンを羽織って爪の手入れをしていた。
「突然失礼いたします大奥様」
ジャンは大旦那様に接する時よりも深く腰を折って
お辞儀をした。
「ガロを連れて参りました、なにぶん時がなく・・」
大奥様は爪から目を離すこともなく
「そう」とだけ言った。
「申し訳ありません、私も失念しておりまして
去年よりズンと背が伸びたガロを見て慌てて数えてみますと
明後日がちょうど12でして・・」
ジャンが幾分緊張しながら大奥様に告げている間
ガロは調度品や敷物の豪華さに圧倒されていた。
「ガロ?誰?」大奥様が怪訝な顔でジャンを見た。
「この子でございます大奥様」
「そう、もう12なの・・」
ジャンの後ろのガロの顔を見て、大奥様は右眉を少し上げた。
「確かその子は名前は・・」
そこまで言いかけて口を噤むと
「支度をしてやりなさい。大旦那様にご挨拶をさせて
屋敷内の部屋を一つ与えなさい、
ダイニングの隣辺りでいいでしょう」
「かしこまりました大奥様」
「あぁ、それから本当の名前を教えてやりなさい」
そういうと大奥様は「用は済んだ」とばかりに
右手を振って二人を下がらせた。
ジャンを真似てぎこちなくお辞儀をして
ガロは廊下に出た。
「本当の名前って?」