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持たざる者のサバイバル・タロット愚者の旅第7話

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大奥様の部屋のドアが閉まり
ジャンは優雅にクルリと体を回転させ、大股で歩き始めた。
ガロは慌ててジャンの後を追った。
「本当の名前って?オイラのこと?
 オイラに本当の名前があるのかい?」
「あるのかい?ではなく『あるのですか?ジャンさん』だ」
「あ?あ、あぁ。あるのですか?ジャン様」
「様は余計だ、馬鹿にしているのか?」
「いや、だって、丁寧な言葉を使うんだろ?だから・・」
ジャンは振り返り目線をガロに合わせるため腰を屈めた。
「いいかガロ?今日からお前はこのお屋敷の中で暮らす」
「えっ?このお屋敷の中?牛小屋や馬小屋でなくて?」
ガロの瞳はキラキラと輝いた。
それを見たジャンはコホンと小さな咳ばらいをし、
背筋を伸ばし両手を背後で組むと屋敷内をグルリと眺めながら言った。
「このお屋敷の中で暮らすには、言葉遣いも
立ち居振る舞いも気を付けなくてはいけない。
お客人も多くお泊りになる。
お前の言葉や態度が無礼だったりすれば
それは大旦那様や都にお住いの旦那様の恥となる
分かるか?」
「うん、でもオイラにできるかなぁ?」
「明日からは毎日、私についてお屋敷内の仕事や
決まり事を覚えるんだ」
「うん、分かったよ、オイラ頑張る」
「返事は『うん』ではなく『はい』
オイラではなく『わたくし』だ」
「ワタクシ、ワタクシ・・なんか調子が狂うなぁ」
ガロは我慢できずに笑い出した。
つられてジャンも笑いかけ、慌てて真顔に戻った。
「さて、先ずは今夜からお前の寝場所に案内してやる。
そこでしばらく待っていなさい、下働きのエセナが面倒をみてくれる」
「はい、ジャンさん分かりました」
キビキビと気持ちよく答えたあと
ガロは声を潜めて尋ねた。
「ところでジャンさん、ワタクシのスープは?」

大旦那様、大奥様、若様や賓客たちが食事をする大食堂とは別に
食客(居候)たちや旅の僧侶、芸術家や自称詩人たちが
お屋敷に一晩の宿を願ってくる時、食事を出す食堂があった。
食堂は酒樽や干し肉などを貯蔵しておく納屋とつながっていて
その納屋の奥まったところにベッドが2台あった。
そこに案内されたガロは周囲を見回し
鼻をひくひくさせて匂いを吸い込んだ。
今夜からここで寝て良いと言われ、夢を見ているようだと浮かれた。
台所が近いせいか良い香りが漂い、しかも暖かい。
お屋敷内の他の部屋よりは寒いが
牛小屋や馬小屋に比べたら、天国だ!とガロには思えた。
ベッドに腰かけ、毛布まであることに感激し涙ぐんでいると
顔見知りのエセナ小母さんがやって来た。
「ガロ、今夜からここで暮らせるんだってね
ずいぶんな出世じゃないか、しくじって追い出されないように
頑張るんだよ」
「うん、あ、はい、ワタクシ頑張ります」
「あははは、私ら下働きには良いんだよ、今まで通りで
でも偉いじゃないか、さっそく覚えたんだね。
さぁ、これから風呂に入って体を洗いな」
「え?今朝、大旦那様のお部屋に行くから
井戸端で体拭いたよ、冷たいし勘弁してくれよ」
「馬鹿だねぇ、風呂は暖かいお湯を使うのさ」

大きな飼い葉桶にお湯をたっぷり入れ
エセナはガロの身体をきれいに洗った。
脂ぎった髪をすすぐと、明るいこげ茶の髪には
軽やかで綺麗なウェーブが蘇った。
煤や泥がなかなか落ちなかった顔も
唇や頬に淡く紅を掃いたような色白で
エセナも思わず見惚れるほどだった。
「あれまぁ、アンタ、こんなに綺麗な子だったのかい?
まるで女の子みたいじゃないか。
それに、その目、それは」
ガロは慌てて目を伏せた。
「うん、青いだろ?オイラの死んだ母ちゃんが青だったんだって」
「そうかい、青い目だってことは知ってたけど
こんな色白な肌だと、余計に目立つね、
でも綺麗じゃないか。
ただし、その綺麗さが仇になるってこともあるからね」
「仇になるって?」
「う~~ん、まぁ乱暴な牧童には連れ込まれないように気をつけな」
「アイリンやベルナ姉ちゃんみたいにかい?」
「おや、この子は!知ってるんだね」
「でもオイラは男だよ」
エセナは溜息をついた。
「男も女も関係ないのさ、それに、牧童や農夫たちだけじゃないよ
お屋敷のお客人にも気をつけるんだよ。
つい先日だって、神様に使えているお人が・・」
「え?」
「いや、何でもないよ、兎に角、気を付けるんだよ
特に酔っ払った相手は質が悪いからね」

用意された服を着て執事のジャンのところに連れていかれた。
ジャンはお屋敷の入り口のすぐ左に位置した
質素だが清潔に整えられた部屋を与えられていた。
全身綺麗になったガロを見てジャンは目を見張った。
「ほぉこれはこれは、まるで良家のお坊ちゃまだなぁ。
さぁ、もう一度大旦那様にご挨拶にいくぞ」
「その前にジャンさん、オイラの本当の・・」
ジャンは慌ててガロの言葉を遮った。

「エセナ、ご苦労だった、もう下がってよし」
「あ、はいはい、では失礼します」
エセナは心配そうにガロに目くばせすると部屋を出て行った。
「ガロ、お前に本当の名前を教える、
だがそれはここだけの秘密だ」
「秘密?」
「そうだ、お前が本当の名前を知るのは
大奥様のお慈悲だ、それを有難く思えよ。
そして、本当の名前はこれからも秘密だ」
「何故ですか?オイラの名前なのに」
「お前がもっと大人になったら、その理由を教える。
それまでは誰にも知らせるな、約束を守れるなら教えるが
守れないなら教えられない、どうする?」
ガロは渋々頷いた。




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