持たざる者のサバイバル・タロット愚者の旅第9話
大食堂の隣のホールでは、春祭りに招待された近隣の名士や
その夫人たちが華やかに着飾り、愛想笑いを交わし、
頭を寄せ扇で口元を隠しながら噂話を楽しんでいた。
そこへ大階段からこの屋敷の大奥様が
次男坊のテオと連れ立って降りてきた。
ホールに居た者は誰もが大奥様カロリーナの艶やかさに眼を奪われた。
男たちは心の底から「ウヲ~」と感嘆の声をあげ、
「大旦那様が羨ましい、いやいっそお辛いか?」と
下卑た笑いをひた隠し
女たちは身体を突きあいながら
「まぁ、まるでテオ様の奥様のようですこと、お似合いね」
「大奥様はお幾つになられたの?」
「年は一応お奥様がテオ様より上よね?」
「大丈夫なのアノ二人、怪しくない?」
「そもそも大奥様って呼ばれるようなお年ではないでしょ?」
「それを言ってはいけないわよ」
口々に羨望半分、嫉妬半分で言いたい事を囁きあっていた。
カロリーナは階段の中ほどからホールの全員を見下ろした。
「まぁ皆さま、今年もようこそおいでくださいました」
ドレスの裾を慣れた手つきでヒラリと捌き、なおも階段を降りようとしたところで
後ろに立っていたテオが先回りし、恭しくカロリーナの手を取り
エスコートしたが、彼女は眉一つ動かさなかった。
ホールに降り立つと、大奥様は男たちに女王の微笑みを送り、
腹の出た中年男たちは思春期の少年の如く頬を赤らめ、
上目遣いに彼女をそっと盗み見た。
大食堂の主人の席には大旦那様、その両脇にカロリーナとテオが座った。
広いテーブルには沢山の蠟燭がともり
豊かな香りの料理が次々に運び込まれた。
客人たちの間を、歩く姿も美しい細身の青年が
きびきびと給仕に勤しんでいた。
ガロだ。
去年まではジャンよりもかなり背が低く、少年だったガロが
この1年でグンと背が伸び、その仕事ぶりと美しさが
賓客たちの目を引いた。
「ねぇねぇ?あの給仕は誰?」
「え?去年もいた子でしょ?」
「そう?居たかしら?」
「私は数年前から目をかけてチップも渡していたのよ」
「えぇぇ?流石チボー夫人!」
「だってあの子の目を見たことがあります?ブルーなのよ」
「え?ブルー?もしかして?」
「それも考えましたのよ、でもあの子15,6でしょ?
大旦那様の、とは考えにくいわ」
「ですよね、そうなると?いや、でもそれなら何故使用人に?」
食事が済んだホールでは、
またもご婦人方が寄ると触ると噂話に熱中していて
すぐ後ろにカロリーナが立っている事に気づかなかった。
「あらあら楽しそうなお話ですこと。
私も雑ぜてくださらない?」
「あ、いえいえ、大した話ではないのですよ」
慌ててその場を離れようとした婦人たちを抑えて
一人が大奥様の前に立った。
「私達、あの使用人の噂をしていましたのよ」
「ちょ、ちょっと、チボー夫人」
慌てて夫人たちが止めに入った。
「あら、だってあんなに綺麗に立ち働く使用人を
どうやって手に入れたのか、是非知りたくはないこと?
我が家にも気が利いて、見た目も良い給仕が欲しいものですわ」
「あぁ、ガロのことですわね。
あの子なら、占い婆が連れてきましたの」
「占い婆が?」
「えぇ、なんでも薬草をとりに森に入ったら
捨てられていたんですって。
森に捨て子は珍しくないから、
そのまま立ち去ろうとしたら
泣きもせずに、あの目でジッと見つめられて
仕方なく連れ帰ったんですって」
「まぁ、捨て子?」
ご婦人方はカロリーナの思惑通り、食いついてきた。
「えぇ、しかもあの眼でしょう?捨て置けないわよね
ほら、あの伝説の・・」
この国には一つの言い伝えがあった。
「瞳が青と緑の二色で出来ている者が
この国を救う本当の王者である。
万が一貧しい家の者、卑しい身分の者に
この瞳を持つ者が生まれた場合でも
王は速やかにこの者に王位を譲らねばならない」
時々緑の瞳や、青い瞳の子供が生まれ
都の教会まで審問を受けに連れていかれる。
だが調査員たちは
「両方ともが青だけ、緑だけでは、王位にはつけない」と断定した。
言い伝えによれば、瞳が真ん中で青と緑に分かれている、
というのである。
そんな瞳の子など生まれる訳がないから王様は安泰だ、
と笑い話になるほどだった。
ところが、40年前に産まれたのだ、
両方の瞳が、真ん中で青と緑に分かれた子供が。
それがお屋敷の大旦那様の長男アルベルト
今は都で公爵として国の政治に深く関わっている。
父親である大旦那様、マッシモ・カノッサは男爵の身分のままだ。
息子のアルベルトが言い伝えの王者であると
教会から認定されるや否や
王宮に参内し
「我が息子が王位に就くなどありえませぬ
あくまでも伝説であり、私共はあくまでも王様の僕」
野心など抱いていないと必死に訴えた。
その甲斐あって、カノッサ家は逆臣の烙印を押されることはなかった。
ただし私兵を養うことは禁じられ
アルベルトは6歳になると王宮で育てられる事となった。
良質な教育を施す、とは表向きで、
反乱を怖れた王宮側の人質だった。
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