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第89回アカデミー賞授賞式分析1:『ラ・ラ・ランド』
こども学部教員、岩本裕子(ひろこ)による、映画コラム5回目です。今回は、1本の映画に絞らず、2月26日(日本時間27日)に行われた第89回アカデミー賞授賞式の結果を分析して、ハリウッドの映画事情を考えてみます。数回に分けてお送りします。2017年3月10日の記事(https://www.urawa.ac.jp/staff/iwamoto/academy-awards-1/)を再掲。
第89回アカデミー賞授賞式のWOWOW生中継を2月27日朝から、「テレビの前でメモを取りながら観る」という例年の「仕事」を楽しみに、2月の激務をこなしていました。ところが、この日も大事な仕事の打ち合わせが入ってしまい、生中継は、開催当初のセレモニーだけ見て、司会者のジミー・キンメルのウイットに富んだ「開会の言葉」を聞いただけで、そのあとの部分は、夜のWOWOW字幕放送で見ることになりました。
日中の情報では、『ラ・ラ・ランド』(LA LA LANDのLAはLos Angelesのこと)が沢山優秀賞を取ったらしいこと、何かトラブルが起きたことくらいがわかっただけでした。新聞やテレビのニュースしか見られない人たちには、作品賞の結果が間違って伝えられるハプニングばかりが記憶に残っただけで、今年のアカデミー賞授賞式も終わったようです。この「映画紹介」コラムを使って、その中身の分析をしながら、映画の話、俳優・女優の話、ハリウッドの話、アメリカの話などしていきます。
まず、『朝日新聞』2月27日夕刊の一面では、「トランプ氏の移民政策に抗議:欠席のイラン人監督受賞:アカデミー賞」と大見出しがつけられました。さらに12面では、「レッドタートル アニメ部門逃す」と見出しされて、アカデミー最優秀賞受賞結果が伝えられていました。日本の新聞ですので、日本に関する結果を大きく伝えていて、「スタジオジブリが制作に関わり、長編アニメ部門でノミネートされていた『レッドタートル:ある島の物語』は受賞を逃した」とありました。長編アニメ最優秀賞は、ディズニーアニメ『ズートピア』が受賞したので、新年度のこども学部で筆者担当科目「英語コミュニケーションA(こどもの文化)」では、アカデミー賞授賞式長編アニメ賞発表の場面を見せることになりそうです。
さらに夕刊では、映画『沈黙―サイレンス』についても「日本関連作品ではほかに、遠藤周作の小説が原作で、米国の巨匠マーティン・スコセッシ監督が映画化した『沈黙』は撮影賞で候補となっていたが、受賞はならなかった」と報告されています。
今回のコラムでは、『沈黙』を題材にしたいと予告していましたが、2月は仕事に忙殺されて叶いませんでした。すでに映画館での上映もほぼ終わっているようで、残念です。来月から新年度で、私が担当する前期科目「歴史入門」が始まります。「ギリシャ神話・旧約聖書・ケルト伝説」をテーマとする講義「歴史入門」前半のうちに、このコラムで必ず映画『沈黙』を紹介します。キリスト教は重要なテーマの一つとなっていますから。アカデミー賞授賞式連作を終えたら書きますので、しばしお待ちください。
海での処刑場面が圧巻だった『沈黙』が受賞できなかった撮影賞で、最優秀撮影賞を受賞したのは、『ラ・ラ・ランド』でした。『ラ・ラ・ランド』は、1月8日に開催された第74回ゴールデングローブ賞授賞式で、史上最多7部門で最優秀賞を受賞しました。映画紹介2回目の「カラーパープル」で説明したアメリカにおける各種の賞では、ゴールデングローブ賞について説明しなかったので、ここでしておきます。ハリウッド外国人記者クラブ(HFPA)が主催する映画賞のことで、2か月後のアカデミー賞に大きく影響を与えると言われ続けてきました。『ラ・ラ・ランド』は、7部門受賞できたのでしょうか。
アカデミー賞には全部で23部門の賞が設けられていて『ラ・ラ・ランド』は、1997年公開の映画『タイタニック』と並ぶ史上最多の14候補となりました。正確には13部門で14候補(歌曲賞で2作品あるため)です。主人公ミア役を演じたエマ・ストーンの主演女優賞など、6つの最優秀賞を受賞しました。主演女優賞の他は、監督賞、撮影賞、作曲賞、歌曲賞、美術賞の6部門です。ゴールデングローブ賞よりは一つ少なかったですね。
結果が間違って伝えられるハプニングがあった作品賞が、もし『ムーンライト』ではなく『ラ・ラ・ランド』だったら7部門でしたね。ちなみに、ゴールデングローブ賞作品賞は、2種類あるため「ドラマ部門」で『ムーンライト』、「コメディ・ミュージカル部門」で『ラ・ラ・ランド』と仲良く作品賞を分け合う結果となりました。
みなさんは、もう映画館に足を運ばれたでしょうか。2月24日公開で、すでに2週間過ぎましたが、週日であってもどの映画館も満員御礼状態のようです。週末の映画『相棒』並みです。日本人は話題に敏感ですね。私は公開10日目に観てきました。最後の映画クレジットが上がり終わるまで、ほとんどの観客は席を立つことをせず、余韻に浸っているようでした。場内が明るくなるとあちこちで、♪City of Stars をハミングする声が聞こえました。リピーターになりそうな気配でした。
丁度20年前に公開された20世紀の映画『タイタニック』がそうでしたね。ミュージカル好きの私は、映画『レ・ミゼラブル』は2012年暮れから13年3月までの3か月間に、劇場で5回観ましたが、『ラ・ラ・ランド』のリピーターにはならないと思います。他に観なければならない映画もいっぱいあるので。
2曲が候補になっていた歌曲賞では♪City of Starsが最優秀賞を取りました。映画では、主人公の男性セバスチャンがピアノで弾き語ったり、ミアとデュエットしたり、全編を通して流れ続けていた曲なので、観客がハミングするほど覚えるのも納得できます。
監督賞を受賞したのは、32歳のデイミアン・チャゼル監督で、史上最年少での受賞となりました。ドラマーを極限状態まで追い詰める師弟関係を描いた映画『セッション』は、チャゼル監督作品です。2年前の第87回アカデミー賞では5部門の候補になり、助演男優賞を含む3部門で最優秀賞を受賞しました。今年は、ご本人が獲得できたことになります。
『ラ・ラ・ランド』を観ながら、二つのカタカナを思い出していました。1「デジャヴュ」と2「オマージュ」です。共にフランス語で、辞書にはこう説明されています。
deja vu【déjà vu】 一度も経験したことのないことが、いつかどこかですでに経験したことであるかのように感じられること。 既視感。
hommage 芸術や文学において、尊敬する作家や作品に影響を受けて、似たような作品を創作することを指す用語。尊敬、敬意と同義に用いられることがある。
先程紹介したデイミアン・チャゼル監督が、来日した際の記者会見で「この作品は様々な映画の思い出の中から作っていたから、無意識のうちに多くのオマージュが入っているかもしれない」と話したそうです。なるほど!!!
『タイタニック』公開時にまだ生まれていなかった高校3年生が、来月から大学1年生として入学してきます。『タイタニック』も知らないのに、これから列挙する映画なんて、タイトルを聞いたこともないでしょうね。このHPコラムを読んでくださっている方々のうち、「デジャヴュ」世代のために、映画タイトルをお伝えしてみます。
『ロシュフォールの恋人たち』(1966年)『雨に唄えば』(1952年)『ウェスト・サイド物語』(1961年)『スイート・チャリティー』(1968年)『踊らん哉』(1937年)『バンド・ワゴン』(1953年)『踊るニュウ・ヨーク』(1940年)『ムーラン・ルージュ』(2001年)の8作品です。
私でも映画館で見たのは『ムーラン・ルージュ』だけで、あとはビデオやリバイバルで観たり、有名な場面だけ見たことがあったりする程度です。それなのに「デジャヴュ」なのです。
「何でもスマホに頼るのはよくないよ!」と声をからして言わなければならない新年度がもうすぐ始まりますが、「ネットも使いよう」とも話します。その「ネットも使いよう」を実践してみると、これらの映画と『ラ・ラ・ランド』の類似点、いわゆる「オマージュ」場面をYouTube で観ることができました。便利ですね!みなさんも、どうぞ検索してみてください。
まだ観ていない方には申し訳ないけれど、結末に関わることを、最後に話します。『ラ・ラ・ランド』という映画は、典型的なハリウッド映画とは言えませんでした。半分はそうですが、半分は違います。
元々、ニューヨークを本拠地としていた映画業界は、年中気候がよく、首都ワシントンからも遠くて政府の監視の目が少ないカリフォルニアに移転して、のびのび作りたい映画を作ろうとしたのが、ハリウッドでした。ニューヨークの頃から、映画は労働者の娯楽でした。無声映画時代に、英語を話すことができない「新移民」と呼ばれる人たちのために、5セント硬貨(ニッケル)で週末に映画を見る、数少ない娯楽だったのです。「ニッケル・オデオン」と呼んでいました。
当時からアメリカ映画では、制作上の約束事がありました。それは「アメリカン・ドリーム」と「ハッピー・エンディング」でした。必ず夢は叶わなければならない!”Dreams come true.” は、ディズニー映画の「使命」になる前から、ハリウッド映画の大事なテーマでした。『ラ・ラ・ランド』は、その使命を守り、主人公たちは立派に夢を実現しました。ただ、もう一つの「ハッピー・エンディング」が・・・。
厳しい現実から逃げるように、映画館へ通った新移民たちは、どう考えてもおかしいような無理やりの不自然な「ハッピー・エンディング」にも拍手喝さいを送ったものです。幸せな気持ちで映画館を出ることで、日常に癒しが与えられたのです。『ラ・ラ・ランド』はどうだったと思いますか?ぜひ、映画館で確かめてみてください。
人生はつらいことばかりです。辛くて苦しいことが多いからこそ、時々嬉しいことが起こると、心の底から喜べて、明日に向かって生きていけるのです。それが人間です。人は、嬉しいことや楽しいことから学んだり、成長したりすることは難しいと思います。ところが、辛いこと、苦しいことからは必ず学びがあり、成長することができます。
『ラ・ラ・ランド』の主人公たちは、大きく成長したのです。そんなラストシーンでした。とてもいい映画でしたよ。春休みのうちに、ぜひ劇場へ足を運んでください。では、続きは「その2」と致します。