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長銀団地という生き方 その1

 埼玉県越谷市に「長銀団地」と呼ばれる場所がある。検索しても決して出てくることはないのだが越谷駅でタクシーの運転手さんなどに尋ねると、「ああ、長銀団地ですね!」と地元の人には通じるのだ。
 そこに私の両親は、昭和40年代に居を構え、今年の3月に父が倒れたことで私の実家が空き家になった。母は認知症とパーキンソン系の難病で、一人では生活できなかったからだ。
 数日前に父がとうとう亡くなって、葬儀はご時世に従い
 ・家族葬にしましょう
 ・ご近所さんで父に会いたいとおっしゃってくださる方があるかもしれないので、ご遺体は一旦家に戻して御会葬いただきましょう、の話に兄との話ではなった。

母もいろいろ体力的にも精神的にも長いお式は無理だろう、との判断もあった。

お隣さんとはスマホの番号を父が倒れた際に交換しておいたので、亡くなる数日前にご近所への連絡お願いして良いですか?と聞いてあった。「いやあ、隣なもんでね、方々から様子を聞かれるもんで」といつもおっしゃっていたので、「皆さんによろしくお伝えくだい」とお願いした。

すぐさま、「ご連絡ありがとうございます。一時頃に町会の役員達とお伺いさせて戴きます、宜しくお願いします。(原文ママ)」との返信が来た。自宅生活を支えてくれたケアマネさんには、時間をずらしていただいて2時に、葬儀屋さんとの打ち合わせの前に来ていただく事とした。

リビングにお菓子と果物とお茶を用意して、ピンポン、とドアが開くとあれ?スリッパが足りない。良いです良いです、と人がどんどん押し寄せてくる。あ、こちらです、と父が眠る六畳間にご案内すると、ぎっしりみっちり座って、まだドアの間から顔を覗かせている方がいる。兄が神妙な顔をして、「本日は、」と切り出すとみんなワクワク顔なのだ。我れ先に父との思い出を私たちに語りたい方々のお話を聞く。生真面目な兄が「僕はここを離れて久しいので、皆さんのお名前もわかりませんので、お一人ずつお名乗りいただいて、お線香あげていただいていいですか?」というと、一街区の・・・、三街区の・・・と名乗りつつお線香をあげてくださるのだが、ー申し遅れたが、長銀団地には10戸ほどで一つの街区を形成し、そこから毎年一人ずつ役員を持ち回りで務める、そういう街区が10ほど(現在は12)あるー まもなく部屋は煙で充満し、これは健康に悪い、とリビングにご案内するとまだ玄関の外にお待ちの方がいる。

私たち兄弟は一旦父の枕元を離れてしまうと二度と部屋には戻れないので、みなさんの貴重な名乗りを最後までお聞きすることは叶わなかったが、父が大変な人気者であったらしいことは解した。

お隣さんは、「これでも厳選したんですけどね、」とイタズラっぽくおっしゃる。不思議なことに泣いている人は誰もいないし、みんなキラッキラのニコニコなのだ。本当に少年少女のように愛らしく、生き生きとした、最年少七十八歳の方々であった。

「お父さんには自治会館の建設にご尽力いただいて・」
ーこれは知っている。父は自分の家の建築より情熱を燃やしていた。
「カラオケサークルを立ち上げていただいて」
ー父が孫達の来訪よりもカラオケを優先していたことは知っている。
「ダンスの発表会に誘っていただいて」
ーいやあ、こちらこそ来ていただいてありがとうございます。です。
「何かイベントがあるとビデオを撮っていただいて」
「自治会館の大掃除のビデオに私も出演してました!」
ー恐れ入りますが、それは出演ではなく・・ハイ。
「蕎麦打ちも一昨年末までは来てたな」
ー毎年美味しい年越しそばをありがとうございました。ここ数年は、鴨鍋の中でちゃんと蕎麦の形をしていたのは、どなたか他の方が打っていてくださったのだと、ハイ、存じております。

しばらくするとビデオクラブの方も合流された。
「何もかも教えていただいて本当に」
ーお互い様というか、ここ一年は、どなたかがつきっきりで自宅に編集の手伝いに来てくれていたのを母の証言で知っている。それを仄めかすと、
「足腰が痛いのに自転車で、北越谷まで来てくださって」
ーなるほど、解った。

93歳(当時)の父がボロボロになりながらも、本当に楽しそうにあちこち出掛けて行っては、生き生きと暮らしている。それが、皆さんの目標とする将来像ー老いの姿の目標ーであったらしいのだ。

他の女性の方も
「本当に痛いところがたくさんおありになったようですのに」
ーそれは整形外科に一緒に行ったので知っている。先生に痛いところは、と聞かれて、右手はヘラブナ釣りで夢中になって200枚やったら手が動かなくなっちゃって、左手は、自転車で転んで痛いなーと思ったのをそのままにしてて、『亜脱臼で固まっています』、足首も、腰も、膝も、と父の生涯の勲章のようにどこもかしこもカチコチなのである。

でも父は毎日のように自転車を漕いで、釣りに、ダンスに、カラオケに、男の料理に、ビデオクラブに、整体に、そして家事のできなくなった母に変わって日常の買い物にゴミ捨てまで駆け回っていた。

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