見出し画像

長銀団地という生き方 その10

長銀団地という生き方 その9 よりつづく

葬儀の日の朝、私は久々にトーストをいただくこととした。
越谷の朝は、昔からトースト、と決まっていたからだ。

兄は、ベーコンエッグを直接トーストに乗せていたので、果たしてあるだろうか?と冷蔵庫を開けると、真新しいマーガリンの箱がある。兄は「買い物リストに入っていたよ」というけれど、私としては、大変嬉しい驚きだった。

パンを焦げる寸前、狐色になるまで焼いてたっぷりマーガリンを乗せる。ミルクティにお気に入りのヨーグルト。姪のにゃんこちゃんも泊まると思って買っておいたのだが、にゃんこちゃんとハナさんは自分たちの家へ戻り、今日ここに泊まったのは兄と私と、私の次男の悟天だけだった。悟天は直前のの10時半に母をゆとり庵に迎えにいくことになっていたので、まだまだ起きる気配はない。

再び鶴の恩返しに入るが今日は二日目ということで、帯もすんなり結べた。

親族の集合は10時なので、会場に向かうと、従兄の昭ちゃんはすでに来ていた。昭ちゃんは母の先だって亡くなった兄の長男で、私たちが弔電で号泣させた相手である。私たちは、帰省でしょっちゅうお世話になっていたけど、なぜ昭ちゃんがわざわざ父の葬儀に、と考えたら、彼は大学の受験のためにかれこれ二ヶ月近く我が家に滞在していたことが2回ほどあった。家族以外で一番長く越谷の家に住んだ人で、「ぜひ泊まって欲しい」と誘ったのだが、ホテルをとってるから、とのことだった。今回家族以外の親族は彼一人で、山口県全体を背負ってきている状態であった。

スーツケースのファスナーから長柄の傘が飛び出している。???と尋ねると、「昨日の徳山は傘も効かんくらいの雨やったんよ」と話し始める。今日の予定を聞くと、焼き場までは行きたいけど、そこでお昼を食べる間はない、とのことだったので、会葬御礼の品の品をスーツケースに詰め、お花はいくつ運ぶから、と2台の車のオペレーションを考えて、夫の車にスーツケースを積んでおくこととした。

ご会葬の方々が到着し始める。今日は息子もいないので、私も受付に立つ。オギワラさんの姿が見えた。私が存じ上げている数少ないご近所さんの一人で、日曜日の弔問のメンバーの中に姿が見えなかったので、私が直接ご連絡しなかったことを謝ると、「そんなのいいのよ〜。月曜日にちゃんと顔見に行ったし」と、そういえば、私が不在の折にきてくれた、と兄が話していた。母の調子が悪くなったのを見て、おかずなどを度々届けていただいていたのだ。

お隣さんが見えて、昨日は大丈夫でしたか?とお聞きになる。「いや〜しっちゃかめっちゃかだったんで、いらした方のお顔とお名前がわかる、お二人にお願いすべきでした、」と云うと、さもなんという様子であったが、そのうちに奥に入られた。

「まもなく、お導師様の読経が始まります。」のアナウンスがあって、でも肝心の母が到着していない。息子からは、11時ギリギリになりそう、というメッセージが入る。玄関先で待つ私に、担当さんは、「私がこちらでお待ちしてお連れしますから、」とおしゃってくださるが、母の様子も心配なので、外で待つことにした。

間もなく息子から、「着いたよ、」と電話が入り、『おばあちゃん、寒くない?コート着る?』というような会話も聞こえる。なのに車の姿はどこにもない。

私は「・・・・・今着いたのはどこかな?」と聞くと、彼は「越谷市の葬祭場だけど」と答える。

私は思わず叫んでしまった。「悟天、あなたがいるのは、焼き場です。」

昨晩、今日のオペレーションを確認する際に彼は母を迎えに行って、葬儀場へ、葬儀場から母をゆとり庵に送って行って、葬祭場へくる。という段取りを説明してあったのだが、間がすっ飛んだらしい。「ま、いいからとりあえずこっちに、来て」と電話を切り、私はコソコソっと中に入り「悟天はおばあちゃんを連れて、焼き場にいっちゃたんだって。今からこっちに来る。」と、不思議そうにしている方々に告げる。
なんか、また楽しいことが起きてしまった。

考えてみれば、母が、葬儀場にいる時間は短いに限る。
息子には、おばあちゃんに楽しい話をいっぱいしてあげてね、とお願いしてあったから、お経を聞くより、悟天といる方が楽しいに決まっている。

これは、ある意味 Good Jobだ。

「11:20分頃になります、」という息子からのメッセージに
「ありがとう😊焦らずゆっくりお越しください、
かえって グッジョブです。」

と送った。

ようやく到着した母と息子はお客様のご焼香の列に紛れ込み、やがて
初七日の法要が始まり、我々親族は再びの焼香に立つ。

ここで、担当さんがマイクを持って初めて正面に立ち、
「それでは、これから、ご出棺の前に、故人様と皆様の最後のお別れの儀を執り行わさせていただきます。」

その言葉に寄り添うように、ムーン・リバーが静かに流れ始めた。
ああ、何という絶妙のタイミング、何という選曲!と私は感動に打ち震えながら、つづく言葉を聞いた。


いいなと思ったら応援しよう!