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yaguhagu
父に会いにいくのがおっくう
父を東京の老人ホームに入れてから一年半近くになる。
書類仕事や衣類の補充など、父に会いに行かねばならない機会はちょくちょくあるので、うちは訪問頻度はそこそこ高い部類だと思う。
でも正直、老人ホームに行くのは、入居当初から気が重かった。そう、行かなきゃ、と思うと、超おっくうなのだ。
最初の頃は私ってなんて親不孝なんだろ、と気に病んでいたけれど、
近ごろはそうでもない。
気が重いのには理由があるから。
会いに行っても父のレスポンスが極端に乏しいのだ。
うちの父は九十三歳にしては、認知機能が保たれているので、私のことを忘れてしまったりはしていない。
でも、体調どう?とかご飯食べてる?
とか足りないものはない?とかそうした質問に、大丈夫、と答えるものの、そこから先の会話がない。
もともとあんまり感情豊かなタイプではないけれど。
昔は、私のことを昔から自慢の娘と、
しょっちゅう褒めてくれていた父なのだが、今は私自身に関心があまりなさそう。
不動産のことでお父さんのために頑張っている私を今こそ褒めてほしー!
と心の中で叫んでる。
そりゃそうだよな、長ーい月日が流れて、可愛い娘もすっかり初老の冴えないおばさんだし、
父のほうはというと、九十代ともなれば、極端に視野も狭まり目の前のことをこなすことで精一杯だろう。
唯一、救いなのは別れの時、エレベーターの前まで歩行器で来てくれて見送ってくれること。
ニコニコしながら、
ほんなら、またな。
ご主人(私の夫)によろしくな。
と。
小柄で可愛い父の笑顔で、
こんなふうに見送られて、
ほな、また来るわー。
と返事する。
これが最後の別れになることだって
父の年齢を考えたら
充分あり得るのだ。
そうやって父の笑顔だけを心に刻み込んで、毎回、私は老人ホームを後にするのだった。