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92歳 実の父

一、呪いのスマホ
 
 「うわ、これ何?!まるで呪いや、呪いのスマホや!」
と、思わず声が出る。

そのスマートフォンはひどい状態だった。画面に次から次に広告のバナーが激しく炸裂しながら現れる。「副収入、月額三十万以上可能!」「人間関係につまづいたら」「転職するなら〇〇!」‥などなど、カラフルな広告の波。ひとつ広告を消しても間断なく新たなポップアップが出てくるので、電話をかけたりメールを閲覧したりすることはおろか、電源を切ることすらできない。電源が入ったままのスマートフォンは次第に熱を帯びてくる。このままいくと発火するのではないか。仕方がなく充電が切れるまで放置することに。数日後にスマートフォンは無事に沈黙した。
 このスマートフォンは当時92歳の父の愛用品である。

 一人暮らしの父の様子を見守ってくれていた私の従姉妹によると、
「しょっちゅうこんなわけのわからんなんねん。その度に電話通じへんようになるし。わざわざ携帯ショップに持っていって修理してもらってたんや。」
とのこと。ネットサーフィンしているうちに良からぬ広告をタッチしまくると、ウイルスに感染してポップアップにウイルスが侵入しこのような現象が起こることがあるという。高齢の父が、スマートフォンをあちこちいじって、広告を踏みまくり、ウイルス感染のみならず、ネット詐欺の被害に常にさらされていたことは間違いない。

 ここで、父について少し説明する。私の父は昭和6年、1931年、大阪生まれ、現在、御歳九十三の超高齢男性である。そんな父は若い頃からパソコン大好き、90代になっても日課はネットサーフィン。Amaz〇〇や楽〇でネットショッピングを楽しみ、証券会社のサイトを見ては持ち株の上がり下がりに一喜一憂している様子であった。

 「様子であった」というのは、東京暮らしの私は、実家の大阪に数年に一度しか帰らず、長年一人で年齢を重ねていった父の日常を見てこなかったから。なぜ、私がこまめに大阪に帰ることが出来なかったかは、言い訳というか、とある事情あるのだが、それはまたの機会に。私には3歳ちがいの弟が一人いるが、彼もまた首都圏で家族と暮らしており、私よりは頻繁に大阪に帰省していたはずだったのだが。
 父にとっての妻、私にとっては実の母は72歳で乳がんで亡くなっている。父の二人の姉、私の叔母にあたる独身の姉妹と一緒に暮らしていた時期もあるのだが、その叔母も相次いで脳出血に倒れたため、父は大阪での一人暮らしを余儀なくされた。

 そんな父が92歳の時、自宅で転倒。大腿骨頚部骨折と診断され入院、手術となった。それまでサポートしてくれていた従姉妹たちの手を借りてリハビリまでは大阪で入院治療を受けた。退院後も歩行器を使ってのよちよち歩きはできるものの、到底、これまでの大阪の実家では生活できなくなった。私は父とも弟とも話し合い、思い切ってこれまでの暮らしを整理し、東京の私の自宅近くの老人ホームに入ってもらうことにした。

 そんな折、父の「呪いのスマホ」が発見された。なるほど、こっちから電話をすれどもすれども父が電話に出られなかったのは、こういうわけか、と深く納得するとともに、長年、父を放置したことを後悔ざるをえなかった。しかし、呪いのスマホはまだ序の口。これまで見て見ぬふりをしてきた高齢期の父の驚くべき行動と実態を私たちは次々と知ることになる。つづく。

 
 



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