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「タイガーキング・ブリーダーは虎より強者」感想

 covid-19のロックダウン中に高視聴率で話題のNetflixの「タイガーキング・ブリーダーは虎より強者」は、現代アメリカのドキュメンタリーなのに、中世、戦国時代、大航海時代を題材にした舞台劇を観てるような気持ちになる。これは虎に魅せられた人たちを追ったノンフィクション。掛け値なしに圧倒されるのは彼らのエゴイズムとアグレッシブさだ。中央アジアを席巻した馬賊、アジアの海を荒らした倭寇、アフリカの奴隷商人、インカを滅したスペイン人、「タイガーキング」の登場人物はなにかそういう前時代的な荒ぶる人々を連想させる。ドキュメンタリーの主役は私立動物園の園長だが、牧歌的な日本の動物番組を思って観ると痛いしっぺ返しを喰らう。はっきりいって万人に勧められるドキュメンタリー映画ではない。ただ人物観察的には他に類を見ない興味深いサンプルが次々と登場するので、心理学、人類学、社会学に関心がある人、さらにアメリカ社会に興味がある人なら観てて損はない。僕はこれを観て、なぜトランプのような人物か大統領になったのか、なぜ「ゲーム・オブ・スローンズ」を始めえげつないドラマがアメリカで流行っているのか、論理的ではなく皮膚感覚的にわかる気がした。

 ここからはネタバレも含む感想になる。
 
 「タイガーキング」の主役はジョー・エキゾチックと名乗る私立動物園の園長だ。極度の目立ちたがりやでファッションも派手、話し出すと止まらず、動物園の動画配信では彼の歌のPVを流すなど芸もあってサービス精神も旺盛だ。一見虎を愛するめちゃめちゃ陽気な男という感じだが、気晴らしと称して動物園の片隅の沼地に自動ライフルを撃ちまくり、爆薬を派手に炸裂させる場面を見てからこちらの気分が少しずつおかしくなった。場が場なら「地獄の黙示録」のギルモア大佐や「マッドマックス・怒りのデスロード」のイモータン・ジョーになりそうな、イカれた男だと徐々にわかってくる。
 彼のユニークさは動物園の従業員のリクルート方法にも表れている。動物園近くの町に流れ着いた行くあてのない人を優しく言葉巧みに誘うのだ。彼の動物園は虎を始め猛獣が数百頭、仕事は山ほどある。ジョーは社会からはぐれた人を朝から晩まで働き詰め、低賃金でこき使う。まるでギャング、ヤクザ、古典でいえば水滸伝か、あるいは文明以前の原始社会のコミュニティ成立の様子を見てるようだった。
 「タイガーキング」はジョーの生い立ちや、虎に魅せられブリーダーとなり、彼が主役の動物ショーなどをやっていた経緯や、虎の赤ちゃんに触れ合えることが売りの動物園を中心に、彼の前に立ちはだかる動物保護グループ代表のキャロルという女性との確執が描かれる。彼女への対抗意識が高じて大統領選や知事選にも立候補してしまう。結果もちろん落選だ。キャロルからの訴追攻勢に追い詰められたジョーは彼女の依託殺害を計画し、それが当局に漏れて逮捕され有罪になるという衝撃の結末を迎える。
 このドキュメンタリーにはジョーと同じ猛獣を扱う同業者が登場するが、皆一様に単にエゴイストというだけでなく性欲も強烈なのが興味深い。ジョーはゲイで夫が二人、他にもジョーとお知り合いとしてセクシーな女性飼育員たちとハーレム生活をしている園長さんや虎の赤ちゃんを使って美女を誘惑し奥さん共々複数プレイを楽しむ富豪ブリーダーも登場する。欲望の激しい人が虎を欲するのか、虎が人間を野生的にするのかよくわからないが、一般人のこちらは呆れるばかりだ。
 また一見品の良さげな動物保護グループ代表のキャロルも、富豪で猛獣ブリーダーだった前夫が失踪していて彼女に有利な遺書があったことから、用意周到に彼の財産を横取りした疑惑があるのも驚きだ。このエピソードの回は、まるで中世の王国の王座を巡る歴史ミステリー劇を見てるようだった。
 このドキュメンタリーの後味の悪さは、依託殺害の露見から有罪までの過程が、本人の愚かさによる自業自得以外に連邦警察を含めた関係者の思惑により陥れられた側面があるからだろう。彼のみが一人実刑22年というのはバランスが悪いような気がしてならない。ただジョーみたいな人物を社会に野放しにするのもどうかと思うのだが。この番組の終わりの方で彼の夫の自殺という衝撃的な事件があるのだが、悲観にくれながらも二ヶ月あまりで次の恋人を見つける神経の図太さにはさすがに呆れた。
 細かいことはいろいろあるが、最終はのインタビューでジョーの下で働いていた従業員達が一様に虎への愛情を語ったのは印象的だった。猛獣の世話という普通じゃできない経験と、野生に戻ることもできない虎たちへのシンパシーが、ジョーという奇人の下で働けた忍耐力の源と思うとこちらもホロリとくる。またジョーの選挙参謀を務めた男性の「ジョーを陥れるための裁判費用があれば、野生の虎をもっと救える」という言葉も染みた。アメリカ国内で買われてる虎は一万頭以上、しかし全世界でかろうじて生きてる野生の虎は五千頭くらいだそうで、この事実には驚くばかりだ
 でもなにより心に残ったのはこの選挙参謀のインタビュー最後の「これからは(メンタルの病の)治療に専念する」という言葉だ。「タイガーキング」の全8話計8時間弱のドキュメントを観た疲労度から察すると、ジョーを始めあの濃厚なメンバーと長期間一緒に仕事したら確かに心身がもたないだろう。
 虎の牙や爪も怖いが一番恐ろしいのは欲望に駆られた人間かも、そんなことを考えさせられるドキュメンタリーだった。素人は虎の赤ちゃんは抱っこくらいにして、虎を飼う人間には近づかない方が無難だろう。


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