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カミナシ経営チームのアンラーン-権限委譲のアンチパターンを乗り越える-
はじめに
カミナシで執行役員VP of HRをしています松岡と申します。
私は2023年2月にカミナシに入社、2024年7月より執行役員を拝命し、経営チームの一員になりました。 ※「経営」の定義は様々だと思いますが、今回は経営会議に参加する取締役・執行役員を経営チームと定義します
前職でも人事責任者という立場で経営会議や取締役会に参加していましたが、大企業の子会社だったこともあり、参加人数がかなり多かったり親会社からの出向経営メンバーがいたりと今とは違う環境でした。
そういった意味で、少ない経営メンバーで会社の根幹に関わる大きな意思決定をしていく密度の濃い環境での経験は自分にとってはじめてのものでした。
そしてこの数ヶ月の間で、経営チームとしても個人としてもいくつか大きなマインド面でのアンラーンをし、気づきを得ました。
諸先輩方からすると「そんなの当たり前だ」と思われることかもしれないのですが、カミナシのバリューである「全開オープン」の精神に則って開示したいと思います。
CFOの吉田が直近で書いたカミナシの経営チームが「スピードを上げるために”あえて”時間をかけたこと」というnoteがあるのですが、実は元になっている体験(役員合宿)は同じです。
私は吉田とは少し違う角度で、今回の気づきをアウトプットしてみようと思います。読み比べてみると面白いと思うので、良ければ両方読んでみてください!
💡想定読者
・経営チームのチームビルドについて課題意識があるスタートアップの経営陣
・キャリア志向として、経営に参画することに興味がある人
・チームでの議論のスピードや質を良くしたいと思っている人
カミナシ経営チームの拡大と課題意識
カミナシの経営チームは、この3年ほどでジワジワと増えてきています。この1年で新たに3名が執行役員になり、バックグラウンドや在籍期間の面でも多様な経営チームになってきました。
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これに伴い、経営チームでの議論の難易度が少しずつ上がり、意思決定のスピードを担保するのが難しくなっていったように思います。
思えば当然のことです。経営チームには各領域から責任者が集まって組成されるので、通常のチームよりもバックグラウンドが大きく異なる人が集まります。
加えて会社のフェーズも変化し、シングルプロダクトからマルチプロダクトへ、社員数も100名を突破するなど、事業・組織の両面でトレードオフの多い複雑な意思決定をする必要性が増えていきました。
これらの影響により、前提を合わせたり目線を揃えたりするための議論の「前段」に非常に時間がかかり、議論に時間を割いてもなかなか意思決定ができず、スタートアップの"命"であるスピードが損なわれていく感覚がありました。
この課題について触れた代表の諸岡の言葉が印象的で記憶に残っています。「今の私達は、5人で1つの課題を解こうとしている。5人で5つの課題を解けなければ、最速で進めないのではないか」
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権限委譲の推進
この課題を解き意思決定スピード上げるために行ったことは、権限委譲と役割分担の再整理でした。
月並みに聞こえると思いますが、経営レイヤーにおいては影響力のバランスが偏っている会社も多い(例えば創業社長の影響力が非常に大きいケースなど)印象で、権限委譲と役割分担をクリアにできている会社はそこまで多くないと思っています。
カミナシでは、代表の諸岡が勇気を持って権限委譲を進めてきた歴史があり、権限委譲を積極的に進める意識自体は根付いています。
(↓のnoteは諸岡が葛藤を乗り越えて権限委譲をする覚悟を持ったときのものです。私のお気に入り)
こうした背景もあり、ここに関しては大きな障壁なく進めることができました。具体的には、以下を実施しました。
決裁権限を見直し、取締役、執行役員、それぞれで意思決定できる内容を再整理(執行役員で決裁できる範囲を拡大)
経営会議を使って"全員"で議論・意思決定するトピックを絞り込み、それ以外はトピックに関連する役員のみに人数を絞って別の場で議論・意思決定できる形へ
これにより、経営会議をはじめとする役員MTGの議論がグッとスリムになり、意思決定のスピードが上がりました。5人で5つの課題を解きながら、重要なissueは全体で議論するという仕組みが整いました。
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権限委譲の落とし穴
しかし、少し運用を続けてみるとまた違う課題を感じるようになりました。それは、経営チーム全体での議論や意思決定の強度です。
具体的には、以下の2点が明確に足りていませんでいた。
管掌領域以外への価値貢献:自分の専門外であったとしても、自身の観点から意見を出したり質問をすることでよりよい意思決定に貢献すること
健全な説明責任と成果コミット:特定領域の目標の未達や遅延のリスクがある際に、その原因や対策を全員で追求し、目標達成に向けて支援・コミットすること
権限委譲や役割分担が進み、各メンバーの責任領域が明確になったことによって、逆に管掌領域外や全社に貢献する意識が無意識のうちに薄れてしまったのだと思っています。これは、ある種の権限委譲の反動とも言えそうです。
これにより、各トピックの報告に意見や質問があまり出ず、経営会議そのものにもあまり価値を感じなくなっていってしまいました。
そんな中、ある役員メンバーが言ったことがこの危機感を決定的なものにしました。
「自分の担当領域は今目標に対して未達であり、会社にとってリスクがある状況。それなのに、経営会議で他のメンバーからそこに対する言及・追求がないのはおかしい。詰めてほしいという話ではなく、全員でこの目標を達成するという意識を持てていないのではないか。孤独に戦っている感覚がある」
私は、このようなことを同じ経営チームで働くメンバーに言わせてしまったことをとても悔しく思いました。恥ずかしながら、自分の領域のことに目が向いてしまっており、そこまで意識が割けていなかった自分に気づきました。
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経営チームとしての気づきとアンラーン
こうした課題意識を打破するために、経営チームのチームビルドを目的として役員合宿を実施しました。
役員合宿の詳細についてはCFO吉田のnoteに詳しいので、よければそちらをご覧ください。
結果として、この合宿で経営チームは大きな気づきを得て、変化するきっかけを掴むことができました。
起点になったのは、「経営チームの責務・あるべき姿」について認識を合わせることができたことでした。
🔥カミナシ経営チームの責務は「中長期の経営計画の達成」
上記責務を果たすための「経営陣のあるべき姿」は以下
・強い「連帯感」と健全な「緊張感」
・全員が会社全体への説明責任を果たす
・「緊急ではないが重要な課題」から逃げない
定めた内容自体はユニークなものではないのですが、個人的には目線を揃えたうえで、「現状とのGAP」に向き合ったことに大きな価値がありました。
中でも先述の「経営チームの議論や意思決定の強度」の課題意識について、あるべき姿に照らして「なぜそれができていないのか?」「どういう思考や行動がそれを阻んでいるのか?」を内省し、言語化していきました。
その中で、代表の諸岡が自身の気づきとして発言した内容が以下です。
「その領域で一番知識・経験が豊富な経営メンバーが時間をかけて考えて出した方針や意見が最良であり、自分はそれに対して価値を付加できないと無意識的に思っていた」
これは自分にも明確に当てはまる感覚があり、それゆえに他の領域のトピックに意見をあまり出せていない自分がいました。
権限委譲の「信じて、任せる」という部分を履き違えて、ただ盲目的に信じるだけになっていたことに気づきました。そして、それは結果的に経営としての責任を果たすことと逆行してしまっていることにも。
経営チームは職種ごとのチームと違い、それぞれが違ったバックグラウンド・経験を持って集まっています。「多様性の科学」という本では、チームの多様性を活かすことで、思考の盲点や偏りに気づくことができたり、多角的な視点から検討することでより難易度の高い課題を解くことができる、と触れられています。
経営チームがその多様性を活かし、議論を通してチーム・シナジーを生みながら1人ではたどり着けない成果を出すためには、マインド面でのアンラーンを意識的に行う必要があるのだと気づきました。
この内省により、「どうすれば改善できるか?」と思考を進めることができました。
そして、経営陣としての責務を果たす際のマインド面のボトルネックを意識的に解消するために、いくつかのキーワードを生みました。
越境カロリーを下げる:
自分の管掌領域や経験領域を"越えて"価値貢献をすることを経営チームの当たり前にしていこう無邪気な質問はギフト:
その領域に知識・経験があるからこそ盲点になっていたり、思考が凝り固まってしまうこともある。領域外からの無邪気な質問は「ギフト」として歓迎しよう
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経営チームの責務やこれらのキーワードに毎回の経営会議の冒頭で触れ、意識しながら議論に臨むよう工夫しました。
またこの他にも、経営会議終了後に、自分の管掌部門のメンバーに対して、経営会議の内容を自分の言葉で話す(説明責任を果たすために管掌領域以外の議題も深く理解する必要性を作る)仕組みを導入するなど、マインドが維持・強化される構造も同時に作りました。
(CFO吉田が強いオーナーシップでリードしてくれました、最高です)
これにより経営陣での議論は飛躍的に活発になり、領域を越えて質問や意見を出し合いながらベストな意思決定を目指すMTGができるようになりました。
また、意見や質問するためには一定の理解が必要なため、それぞれのメンバーの自身の管掌領域以外の知識や現状を意識的にキャッチアップしていく姿勢も増しているように思います。
単純に権限委譲前に戻ったというよりは、権限委譲の良い部分は残しながらも、チームで強度の高い議論を行ったり、全社の成果に全員でコミットするという意識も持つことができるという、自分たちなりの良いバランスを見つけられたと思います。
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これにより、これまでより短い時間で質の高い意思決定ができるようになりました。(もちろん、まだまだ磨く余地はありますが)
私個人としても、一連のプロセスはとても良い経験になりました。
思えば私は、自分の中で「経営メンバーになること」とはどういうことか、自分の思考や振る舞いをどう変える必要があるのか、についてきちんと考えられていなかったように思います。私は経営の役割をいただきながら、部門責任者の役割しか果たせていなかったと自覚できました。
部門の責任者ではなく、会社全体に責任を追う経営としての役割を改めて言語化し認識を揃えられたことで、自分がその役割を果たせているか、と自問しながら働くようになりました。
まとめ
今回の学びを整理すると以下になります。
チームとしての学び
チームメンバーが増えていく際、意思決定スピードを下げないために、各メンバーが単独で意思決定できる領域を意識的に作っていく必要がある(権限委譲)
一方で、権限委譲が加速する中で、全体議論の質が低下したり、他メンバーへの支援や全体へのコミットが損なわれるリスクがある
上記のリスクを認識して、意思決定のスピードを上げつつ、全体議論の質や全体の目標へのコミットを高めるための工夫が必要
理想状態と現状のGAPについて目線合わせをした上で、マインドセットとプロセス/仕組みの両面からアプローチする必要がある
個人としての学び
「経営メンバー」は「部門責任者」とは明確に違い、全社の経営計画の達成のために担当領域を越えて価値貢献する役割を持っている
自身の理解や価値貢献が担当領域に閉じていないかを常に自己検証する必要がある
全社の重要事項について、自分の領域外の事項も含めてメンバーに説明責任を果たせる状態かどうかを確認するために定期的に説明をすることで、その検証ができる
書いてみると至極当たり前のように感じるのですが、他社の経営陣の方々とお話をする中で、これらをきちんと意識しながらチームビルドができている経営チームは意外と多くないのかもしれない?と思ったりもしました。
また、経営メンバーを目指したい!という人にとっては、今回の内容を意識しながら発言・行動を変えていくことで、より早くチャンスを掴みやすくなる、ということもあるかもしれません。
もし一人でも参考になる人がいたら嬉しいなと思います。
最後に
カミナシの経営メンバーは過去にIPOやバイアウトを経験した「2週目経営者」集団ではありません。
冒頭にも触れましたが、今回の内容はそういった先輩方からすると「当たり前だ」と思われることかもしれません。
ただ、今回のケースでも改めて実感しましたが、カミナシの経営メンバーは自分たちの課題を直視し、自ら率先して変化していこうという姿勢を持ったメンバーの集まりだと思っており、そこを最高に信頼しています。
常に変化にさらされているスタートアップの環境において、プライドを捨て自ら率先してアンラーン、変化をしていく器量を持った経営メンバーが集まっているカミナシは、変化対応力を事業競争力に昇華させて大きな事を成せる会社になれると信じています。
自分もその一端を担えるよう気を引き締めながら、これからも走っていきます。