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バク転マスター検定合格体験記(株式会社東芝研究開発センターレポート賞受賞作)

 本投稿は私が株式会社東芝の研究開発センターに勤務していた2021年に、社内報である「研究開発センターレポート」(RDCレポート)に投稿した内容です。普段視力の本を書いた原稿の投稿をしていますが、実はバク転が今回の出版に関係あるので、今回広く公開したいと思います。

以下本文
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バク転マスター検定 合格体験記
(バックエンドデバイスラボラトリー) 平賀広貴
 
1.はじめに
 本コラムは私が「バク転マスター検定」に合格した体験記です。検定をご存じない方がほとんどだと思いますが、簡単に言うと、バク転ができるひとです、と認定される資格です。
 社団法人日本バク転協会主催で、2018年ごろに始まったようです。バク転の知識を問うweb試験とバク転の動画を送付して審査される実技試験があります。私は2020年末にバク転ができるようになり、検定に合格しました。

写真1 バク転マスター検定の合格認定証。

2.バク転マスター検定挑戦の動機
ピンチはチャンス
 なぜ私はバク転できるようになりたかったのでしょうか?

 2020年4月、新型コロナ感染症(COVID-19)の拡大に伴う緊急事態宣言で、私たち東芝グループも在宅勤務や臨時休業を余儀なくされました。前代未聞の原則出社禁止ともなると仕事と生活のスタイルを大幅に変更する必要が生じます。しかしピンチはチャンスですから、在宅でまとまったトレーニング時間がとれるのを機に、これまでなかなか練習できていなかったバク転に集中して取り組み、バク転マスター検定に合格することを、自粛期間中の目標としました。

中二病の再発
 検定のことを知ったのは2019年です。長男を通わせていた体操教室で「バク転マスター検定」のポスターが貼ってあり、「バク転が資格になる。履歴書に書ける!」と書いてありました。おもしろい資格があるな、と思いながら、ふと遠い昔の記憶を思い起こしました。

 私は中学生の頃に体育の体操の授業でバク宙(バク転と違って、床に手を着かない)を練習したことがあったのです。中学生ですから何かおもしろいことをやってやろうという年齢です。もしバク宙できたらかっこいいし、頭から落ちてもイッテェーとか言いながら派手なリアクションすれば笑いがとれるし、メリットしかありません。
 また私の中二病*の症状は重く、「回復が前提である場合、肉体の痛みは幻覚である」と考えていました。頭を打っておかしくなっても私の場合はもとからおかしいので、誤差みたいなものです。
*中学2年生程度の学齢期に特徴的な恥ずかしい言動を示す症状。

 しかし当時、山梨県の田舎の中学校ではバク宙を教えられる指導者はおらず、科学部で運動神経もよくない私はひとしきり頭をぶつけ、結局バク宙は習得できずに学期が変わって体操の授業が無くなりました。

 それ以来アクロバット的な要素のない人生を送ってまいりましたが、25年経ってバク転マスター検定のポスターを見かけ、もう一度あの頃の気持ちでがんばってみよう、と思ったのです。

3.バク転習得までの経緯
子供にまざって練習を開始
 バク転教室は基本的に子供向けですが、インストラクターの方によると近年は大人も参加者が増えているとのことで、さっそく参加してみました。

 初めてエアーマットの上で跳んでみたところ、25年前と同じく、頭がマットに刺さります。しかし一回目から後ろに跳べる人はなかなかいないですよと言われ、気分を良くした私はしばらく通ってみることにしました。

 30歳年下の子供たちがピョンピョン跳ね、いい年の大人が転がっているのを保護者ら(同世代)が冷ややかに見守る空間も、人生100年時代における生涯学習のモデルと思えば楽しいものです。

 しかし私も仕事と家庭がありますから、練習時間が十分にとれません。また絶対にケガするわけにはいかないのでリスクのある動作もできません。地道に倒立やブリッジ、側転などを練習し、バク転教室で実技を練習していましたが、月1-2回、1時間程度の参加ではあまり進展しませんでした。

Youtubeで練習内容見直し
 2020年4月には新型コロナ感染症の影響でバク転教室も閉室となってしまいました。しかし現代はYouTubeで安全なバク転練習方法を学ぶことができる時代です。そのころには瞬発力や柔軟性など基礎的な部分が足りないということが分かってきていたので、自粛で時間ができたのを機に、練習内容を大幅に見直し、自宅で基礎体力の強化を始めました。

ブリッジ
 最大の課題は「ブリッジ」でした。当時40歳の私の体はすっかり柔軟性を失い、後方に反ることが全然できません。
 しかし勉強していくと、ブリッジは腰を曲げるのではなく、肩甲骨を柔らかくして、胸骨周りの柔軟性を向上させることで腰に負担なく反れるようになるとのことがわかりました。
 毎日風呂上りに続けて、しばらくしてできるようになってきました。写真2に比較しますと肘の角度に違いがあるのがわかります。

写真2 (a)2019年夏ごろ。肘が曲がり、腕力で体を持ち上げています。腰に負担がかかって痛めやすい形です。(b)2020年10月ごろ。肘が伸び、肩に体重がのっています。

マカコ→バク転へ進化
 コロナによる原則出社禁止が明けてからも練習を続け、昼休みは研究開発センターのトレーニングルームへ行き、往復の電車でYouTubeを見て勉強しました。
 8月ごろには自宅近くの安全マットがある体育館をみつけ、誰もいない日曜の早朝練習で実際に跳びはじめました。
 10月ごろにはバク転に進化させる前の技であるマカコ(あらかじめ後方に手をついてジャンプ、後転する技)ができるようになり、12月にバク転ができるようになりました(写真3)。動画を撮影してバク転協会に提出し、無事検定に合格することができたのです。

写真3 バク転練習の様子をソニー社のアプリ「モーションショット」を利用して撮影しました。もう少しわかりやすい写真もあるのですが、せっかくですから千手観音が顕現した写真をご覧ください。

4 練習量解析
練習記録
 バク転できるようなるまでに実施した練習量(2019年5月-2020年12月、573日間)について記載します。日々のトレーニングは余さず記録し、時折動画を撮って自身を観察しました。
 またバク転に必要な要素をブレイクダウンし、項目ごとに難易度を定め進捗管理をおこなうことで、到達状況を可視化しました(表1)。バク転マスター検定合格までのトレーニング量は表2にまとめました。

表1 バク転に必要な要素のブレイクダウンと難易度のレベル(私見です)。
赤字がバク転習得までに到達できた項目です。


表2 バク転習得までの各トレーニング実施量と運動強度による重みづけ(重みづけは私見です)。

分析結果
 記録をもとに運動強度ごと重み付けしてグラフにプロットすると、下の図1のようになりました。2020年4月の緊急事態宣言を境に一日のトレーニング実施率が64%から81%に上昇し、練習量係数が58.165から161.5へとおよそ3倍になりました(腕立て伏せに換算すると一日あたり58回が161回に増加したということになります)。体操技術の進展も2020年4月以降に集中しています。

 積み上げるトレーニング量が56578ポイントでバク転習得できたと仮定すると、コロナ前の従来の練習量では習得に973日(2022年1月まで)かかり、途中で断念していたかもしれません。新型コロナ感染症拡大のピンチをチャンスにしたことがターニングポイントとなり、バク転習得できたといえるでしょう。

図1 トレーニング開始からの経過日数とトレーニングポイントのグラフ。
仕事もこのくらいマメに記録すればもうちょっと成果が出たかもしれません。

4 バク転マスター検定合格 後日談
フェイスブックに投稿
 バク転マスター検定に合格したので、早速動画をフェイスブックにアップし、友人たちに自慢しました。みな私と同じアラフォーで体力は下り坂ですから、たくさんの「いいね」をくれました。
 入社した時にお友達登録いただいたXXX・元RDC長も「いいね」をくださり、ヒマなのかな退任後も現役世代をエンカレッジされるお姿に感動を禁じえません。

子供たちのヒーロー
 さて会社ではお世辞にも愉快な人とは言えない私ですが、小さな子供たちには人気者です。公園で子供を遊ばせながら側転や逆立ちの練習をしていると近所の子供達に「すごい!」「かっこいい!」といわれ、嬉しいものです。
 また「れんごくきょうじゅろうみたい!」とも言われ、調べてみると煉獄杏寿郎とは2020年に流行した鬼滅の刃の、子供たちに大人気のキャラクターとわかりました。
 こういう前フリに対しては、バク転して「ここにいるものは誰も死なせない!」と言ってキメ顔するのが正解です。こっそり練習したのですがブームが過ぎ去って以来誰も言ってくれないので、いまだにバク転柱は出番なしです。

メリットがたくさん
 バク転マスターになっていいことがたくさんありました。近所の子供達にはすごいといわれるし、友人達にも自慢でき、珍しい資格なのでRDCレポートのひとやすみ欄にもネタとして寄稿することができます。
 また基本的に体力が向上しますので、筋トレや食事管理で健康的な身体になります。健康診断の採血では、保健士さんに「太くてステキな血管ですね」と褒められ、注射を4本も刺してもらえます*。
*通常の採血に加え、コバルト、インジウム、有機溶剤。少し前はこれに鉛がありました(ペロブスカイト太陽電池の原料ですね)。

 写真4に示す10年前の写真と現在を比較すると、だいぶ脂肪が減ったのが分かります。長男は腹筋が割れた私を「イノスケみたいだね**」と言います。中学生から25年経った今でも、バク転にはたくさんのメリットがあったのです。
**煉獄杏寿郎と同じく鬼滅の刃のキャラクターで、猪の頭部をかぶっており、腹筋が割れている人物。

写真4 (a)機能材料ラボラトリー忘年会(2011年)の一幕。右が筆者。
(b)自宅でトレーニング中(2021年)。割れた腹筋がイノスケみたいと長男は言います。どちらかというと(a)の馬ずらのほうがイノスケみたいですが、長男は父のこの姿を知らないのです。

5 クオリティ・オブ・ライフ(QOL)の向上
 バク転の習得法をYoutubeで勉強している間、ほかにも参考になる情報がたくさんありました。ニューノーマルな未来を見据えて、以下のようにいろいろなことを取り入れています。

ライフ/ワークスタイル・イノベーション
 私は一日三食しっかり食べるように教育された世代ですが、食事を見直したところ、現在では昼食と間食を食べる必要がなくなりました。
 日中は自宅から持ってきた浄水器の水だけで過ごし、食品ロス/廃棄ゴミ/昼食代がゼロのエコフレンドリーな勤務形態を実現しました。
 昼休みはたっぷりトレーニングでき、椅子も必要なくなり、スタンディングデスクで毎日立って仕事をしています。
 早朝に仕事を開始、早めに帰任して毎日家族と夕食を共にし、7時間睡眠をとるようになりました。
 仕事と生活のスタイルは大きく変わり、飲み会がないので裸芸も文筆風に変わりました。

身体能力の向上
 バク転習得以降も身体能力向上に励み、今ではバク宙もできるようになり、背筋にはうっすらと鬼の顔?が現れました。開脚や頭倒立、瞑想など、楽しみながらトレーニングを続けています。また最近は鉄棒に興味があって、来年は「大車輪」習得を目標にしています。息子の通う小学校の鉄棒で披露し、今度こそ「ここにいるものは誰も死なせない!」とキメ台詞を言いたいのです。

背筋に現れた鬼の顔。カメムシと言えなくもない。

健康診断結果が改善
 健康診断ではかつて所見のあった中性脂肪が183→66mg/dlになりました。他にも体脂肪率20%台→8.4%、腹囲80cm→69cm、裸眼視力1.5→2.0など、健康に自信が出てきました。
 今では一つも所見はなく*、健康面は入社時より向上しているので、あと100年くらい仕事できそうな気がしています。
*一つだけ、歯科検診では「くいしばり」の跡が見られますと言われましたが、東芝社員なら誰でも歯をくいしばっていることでしょう。

副業に挑戦
 新しい挑戦として、今年は「副業トライアル」へ参加し、バク転練習から習得までの実践記録を「40歳のバク転マスター」および英語版「Back Handspring for 40s」として電子書籍を執筆し、出版しました。2021年7月現在、4冊しか売れていませんが、将来につながる一歩かもしれません。

写真5 (a)採血しやすいと評判の血管(一円玉と比較)、(b)自宅で頭倒立、(c)前後開脚、(d)バク宙をモーションショットで撮影、(e)電子書籍「40歳のバク転マスター」

人と地球の、明日のために
 今回のバク転習得は普段のトレーニングがてら、遊び心で始めたものです。会社の業務の役には立ちませんが、一歩踏み出してあきらめずに続けてみると、いろいろ良い変化がありました。習得する過程で自身のQOLは向上し、周りを笑顔にすることもできたと思うのです。

 ずいぶん前、入社直後の研修で「社員一人一人が東芝のブランドです」と教わりました。東芝社員が仕事でもプライベートでも活躍し、いきいきと幸せに暮らすことが会社のブランド向上につながるということでしょう。これからも従来の在り方にとらわれず、新しい挑戦を続けていきたいと考えています。

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原文ここまで

 その後社内報RDCレポートに掲載され、1500人もの東芝社員が読んでくださり、「感動した」「かっこいいパパ」など、多くの激励が寄せられました。
 その後「RDCレポート賞」が設定され、私は第1回受賞者として表彰していただくことができました。
 東芝は2014年の不正会計以来、社内が少し暗い雰囲気だったので、勇気を出して意図的に面白おかしく書いたのが評価されたのかなと思っています。
 副賞の図書券5000円は、妻に召し上げられましたが…。

 「40歳のバク転マスター」はこの後東芝社員を中心に50冊ぐらい買っていただき、また英語版「Back Handspring for 40s」は地球上に3人ぐらい読んでくださった方がおられるようです。
 今でも電子書籍で販売しています↓

  いかがでしょうか?2025年2月に発売した拙著「最新の視力研究で導き出した 何歳からでも目がよくなる方(アスコム)」にも書きましたが、バク転できるようになったことが、肩の柔軟性や網膜の血流に影響し、視力2.0につながっている可能性があるのです。
 バク転なんて社会人には一見意味の無い取り組みですが、なんでもやってみるものですね!

 賞をいただき、味を占めた私はこの後2021年12月からの、JAXA宇宙飛行士候補者選抜試験に挑戦することになるのです。そこで、本当に視力が2.0であることがわかり、視力の研究を開始、出版に至るのです。

 こういうのを、セレンディピティ、というのかもしれませんね。

 いやただの偶然だろ!という方、まあそういわずに、ぜひフォロー、スキしてください。これからもいろいろ挑戦していきますので、お楽しみに!

 

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