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「ネット選挙」はいくらコストを下げれるか?エストニアを事例に

都知事選に立候補する(との噂の)ホリエモンこと堀江貴文さんが提唱していることから「ネット選挙」に注目が集まっている。コロナ渦で外出自粛モードが続き、密になる恐れのある投票所という事情を鑑み、選挙そのものをネットに移行させようというものだ。

導入1。ホリエモンの論点

彼の論点をまとめると
1)スマホの普及率が9割を超え、皆がインターネットにつながる環境に近づいている。
2)従来の選挙時の本人確認そのものがしっかりと行われているわけではない。
3)老人ホームや認知症患者を対象に、集団バス等で送迎させて投票させるということが行われているが、果たしてそれは本人の意志を反映したものと言えるのか。
4)コロナによりオンライン診療やキャッシュレス化が加速する流れを選挙にも応用させれば、自粛モードでも選挙を行うことができる

といった感じであろう。

導入2。ホリエモンの論点の補完

各論点は本人もおっしゃるように真新しいことではない。多少説明を付け加えるとすれば
1)について
「ネット選挙」とはあくまで既存の「紙選挙」を補うものであり、「紙選挙」に取って代わるものではない。つまり、投票者に対し新たな選択肢を与えることが目的で、それにより投票率を上げようという目標がある。

2)について
そもそも現在の「紙選挙」時においての本人確認とは例えば山形県の例で(1)入場券がある場合、職員が目視により性別、年齢等を確認
(2)入場券がない場合、職員が住所や生年月日を聞き、名簿と参照
となっている。

そう。意図もかんたんに本人確認がずさんになりやすい。

そもそも、基本4情報と呼ばれる氏名、性別、住所、生年月日は本人確認の手段としてはかなりもろい。そのいずれも変わりうるからだ。結婚をすれば名字は変わる。LGBTが普及した今性転換もとりわけ珍しいことでもない。当然引っ越しをすれば住所はポンポン変わるし、かなり上の世代の話ではあるが、出生時と役所への届け出の時期のズレ(戦時下)から生年月日が2つあるなんて主張する人もいる。

こうした変わりうる基本4情報を過信し、招いてしまったのが「消えた年金問題」と言われている(他にも原因は様々あり)。その反省から生涯変わらない本人確認のためのIDとして採択されたのがマイナンバーとなる。国民総背番号制という揶揄もあるが、それならば学籍番号や社員番号、いってしまえば口座番号も同じ意図であるから、的を得た批判とは言えない。あくまでマイナンバーはIDであるから、パスワードないしPINコードとセットで、初めて本人確認の手段となる。ここではパスワードないしPINコードは本人しか知り得ない情報だから、それを正しく知っているということは、つまり認証を要求してくる人は間違いなく本人だね、という担保の上で成り立っている。

3)について
筑波大学中村逸郎教授(専門、ロシア政治)の授業によれば、ロシアでは辺鄙な場所にはわざわざ選管のヘリコプターが舞い降りて投票を催促するらしい。もちろん、そこでは「プーチン」と書かせる「なにか」が働いている、そうだ。バスという集団密閉空間において、しかも認知能力に問題がある人たちをある特定の行動に誘導させることは、そんなに難しいことではないだろう。こういう点は投票内容を誰にも明かさないという秘密選挙や棄権する自由という自由選挙に反する可能性がある。

導入部が長くなってしまい恐縮だが、本題に入りたい。

本題。「ネット選挙ではいくらコストを下げれるの?」

実は「ネット選挙」を国政選挙レベルで、2007年と10年以上前から実施しているのが筆者が住んでいるエストニアだ。エストニア版マイナンバーである国民IDを利用し、パソコンやスマホから期間中であればいつでもどこでも国外からでも投票できる。どのようにして実現したか、ネットと紙との2重投票や本人情報と投票先をいかに切り離しているか(秘密投票の確保)、実際のネット選挙の投票率等は日本語でも検索すれば出てくるのでそれらを参照していただきたい(例えばココ)。

本投稿では論点をずばり「ネット選挙ではいくらコストを下げれるの?」というコスト面に絞ってみていきたい(が、脱線する)。参照するのは以下の論文である。

参考論文

「How Much Does an e-Vote Cost? Cost Comparison per Vote in Multichannel Elections in Estonia」(邦題:"ネット投票"はいくらコストがかかるのか?エストニアにおける投票手段ごとの対投票コストの比較を踏まえて)。厳密にはe-Voteはネット投票とは違うのであるが(注1参照)、論文の主旨によるとネット投票を指していると思われるためそのように訳す。以下、翻訳部分は筆者による意訳であることを断っておく。 なお、ここでは2017年に行われたEstonia Local Electionをケーススタディとして扱っている。

はじめに論文で紹介されている投票手段(voting channels)であるが、

エストニア国内においての投票手段
 1)スーパー等での早期投票
 2)スーパー等での期日前投票
 3)投票所での期日前投票
 4)受刑者投票(Custodial voting. 日本では認められていない)
 5)ネット投票
 6)当日投票(スーパー等または投票所)
 7)自宅投票(何らかの理由で投票所に出向くことができない人向け。紙ベース)

エストニア国外においての投票手段
 1)郵送
 2)大使館等にて投票
 3)ネット投票

(論文のFig.1.より筆者作成)
ただし、結果においては主なものだけを選択(後述)

となっている。それぞれの手段において、実際にかかった費用をその手段にて投票された投票数で割ったものが今回の比較対象となっている。費用の内訳としては1)場所やシステム代、2)本人確認のコスト、3)実施コスト、4)開票コスト、と分かれている。それぞれの手段と、それぞれの費用を場合分けしTime-Driven Activity-Based Costing (TDABC)分析を施しているが、これについては今回は深入りしない。ただし、このことについては後述で少し触れたい。

さて、結果である。

投票手段 − 1票あたりのコスト(ユーロ)
 ・スーパー等での早期投票 − 5.07
 ・スーパー等での期日前投票 − 6.24
 ・スーパー等での当日投票 − 4.61
 ・投票所での期日前投票 − 20.41
 ・投票所での当日投票 − 4.37
 ・ネット投票 − 2.32 
(論文のFig.4.より筆者作成)

結果から以下がわかる。
ネット投票が一番コスパが良い!
・ネット投票は2番目にコスパがいい手段のさらに2倍コスパが良い!

論文では以下も考察している。
・2番目にコスパが良い「投票所での当日投票」は、最も利用される手段であるため1票あたりのコストにすると、全体として費用が嵩んでも、低くなる。
・早期投票や期日前投票は準備に時間がかかる一方、利用者は少ないので自然とコスパは悪くなる。

個人的所感

もちろんいくらコスパが悪いといって、だから選択肢から外す、ということは慎重になる必要がある。民主主義において一人一票の平等選挙が確立されている以上、その理念を体現することはお金というコスト以上の価値があり、代償を支払う必要があると考える。しかしながら、それならば同じ理想のもと、ネット選挙を実現する要望が湧き上がる。つまり、早期投票や期日前投票が何らかの理由で当日投票に行けない人向けに用意されているものなら、何らかの理由で早期投票も期日前投票も当日投票にも行けない人向けにネット選挙を用意されてもいいし、されるべきではないだろうか。

例えば大学生で住民票を実家に残しているため、投票ができないということは多くある。もちろん「不在者投票制度(仕事や旅行などで期間中住民票がある市町村以外に滞在している人向け。郵送による投票)」という枠組みがあることにはあるが、「1票の価値なんてたかが知れているのに、そんなめんどくさいことまでしないといけないなんて、それこそコスパが悪い」というのが本音ではないか。そして、こう思うことは悪いのであろうか?普通の、ごく当たり前の反応ではなかろうか?「不在者投票制度」しかないという現状が、18歳以上の若者たちを、そんな気だるけにさせているのではないだろうか。

ネット選挙が解禁になり、ネット投票できるよ、ってなれば、投票するよって人、多いと思う。だって、ぶっちゃっけ年金がもらえるもらえないは俺ら若い世代の問題だし、もはや目の前まで迫った米中の戦争だって、真ん中に位置する日本にとって無関係なわけないし、仮に戦火に繰り出されるとしたらそれは俺らの年代だし、てゆうか自粛自粛ってなぜ死亡率が圧倒的に低い若者まで半ば強制で、それゆえに経済的困窮に陥るのは俺らってどう考えてもおかしくない?ツイッターでトレンドになるほど求心力はないけど、そんなのがある人たちだって俺らと同じ1票しかないなら、俺らにだって考えはある、ってならないかな。

エストニアの選挙事情が画期的である理由

エストニアといえば電子国家で電子投票が盛んであるという印象ではあるが、特に技術面が優れているわけではない。2007年に国政選挙レベルで電子投票が始まったと記したが、電子投票の技術自体はそうした10年以上前のもので十分実装可能なのだ(ただし、完璧ではない。今も多くの課題を抱え、進化している)。

では、なにが画期的かというと、論文でもあったように投票のプロセスがデータとして追跡可能、であることではないかと思っている。もちろん、日本においても行政事業レビューシートなどの政府資料で例えば1回あたりの選挙費用がいくらで大雑把に何にいくら使われているのかを確認することはできる。しかし、実際にそれぞれのサブプロセスでなににいくらかけており、それを第三者が確認できるかと言われれば、大きな疑問が残る。さらに、それぞれのサブプロセスの意義をきちんと吟味して、BPR(ビジネスプロセス、リエンジニアリング)したりしているのだろうか。しているのであれば、なぜ選挙カーなど未だに走らせているのか?(そこに載せる看板などは国費である)(こんなことやっている先進国は日本くらい。エストニアにおいてもポスターさえ見たことない)(だいたい昼間の演説なんて忙しいビジネスマンは耳を澄ますことができない)(だからといって、ニュースのダイジェスト版は印象操作がひどい)(当然、これらの費用は実際にどの投票手段に影響を与えたのかわからない)(そもそも費用だってきれいなお金だけではないんでしょ?)(「なぜ、日本ではこんなことしてるの?」と聞かれることがある。毎度「自分勝手で馬鹿だから」と正直に答えている)。

当選した政治家は既存の方式で当選したのであるから、当然自分が勝利した方法を変えるというインセンティブが低い。だからこそ、個人的な願望を言えば当選する気のない堀江貴文氏にぜひとも当選していただいて「ネット選挙」だけでも実現してもらいたい。そして、選挙の舞台をネットに移してほしい。候補者は今までにどんなことをしてきたのか、元政治家であればどんな法案に携わり、どんな法案にそれぞれ賛成、反対を投じてきたのか。マニフェストはどれだけ実行されたのか。見えるようになってほしい。これは筆者の夢のひとつでもある。

終わりに

「ネット選挙ではいくらコストを下げれるの?」に対して、今回は明確な回答を示すことができずにいる。実際に日本においていくらでシステムが作れて、運用コストはいくらで、どのくらいの人が利用するか、などが未知数であるからだ。しかし、長期で見れば選挙全体のコストを下げることも、ネット投票が最もコスパの良い投票手段になることは間違いないだろうと思われる。

けれども、最も特筆すべきことはコストよりも、
投票手段の選択肢を増やし投票の心理的物理的ハードルを下げること
選挙活動をネットに移行させ名前連呼の無意味なアピールから実績内容重視のアピールに選挙活動をアップデートすること
投票のプロセスを明確にし第三者のチェックが入るよう健全にすること

これらが「ネット選挙」実現において達成に近づく大きなメリットである。単に金銭的なコストでは測れない、自由民主主義の重要な価値観であり、むしろ、その達成を阻んでいるような現行の選挙制度そのものが負担になっているコストだと筆者は考えている。折しも、香港を舞台とした「全体主義VS自由民主主義」の米中の新しい戦争の形が展開されている中、「ネット選挙の実現=自由民主主義保護」は血を流さない勝利の形と言えるのかもしれない。

注1

・e-vote (electronic vote) --- 電子投票と訳せるが、必ずしもインターネットを必要としない。投票所でタブレット等の電子機器を使用すれば、それだけで電子投票と言える。
・i-vote (internet vote) --- 主にパソコン使用を想定したネット投票。本人確認はマイナンバーカードを挿入し、チップに埋め込まれた個人認証キー(秘密鍵)と登録されているPINコードを入力することにより実施される。
・m-vote (mobile vote) --- i-voteをスマホからできるようにしたもの。 事前に登録されたSIMカードがマイナンバーカードの役割を果たす。またアプリを使ってマイナンバーカードの情報を読み取り、SIMに保存するという方法もある。
・blockchain vote --- ブロックチェーン技術を使用したもの。改ざん不可を謳うが、個人と投票先をどう切り離すのか(秘密選挙の確保)がまだ課題のように思われる。


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小さなテーブルに花束を/神長広樹
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