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短編『雛鳥』

2013-09-07

小さな雛鳥がベランダに、弱り、うずくまって居ました
心配したぼくの母はその雛鳥を家の中に入れて食べ物を与えようとしました
しかし、いっこうに食べようとはしません

雛鳥は力無く、小さく鳴いているだけです
その雛鳥は、親鳥を探しているのでしょう

いつもベランダの方を向き、恋い焦がれるように空を眺めます
明くる日、母とその雛鳥は動物病院に行きましたしかし…

先生が言うに、人間ではまずこの雛鳥は育てられないそうです
親鳥の嘴から与えられる餌でなくては受け入れようとはしないのです

雛鳥を連れて帰った母は、落胆を隠せずに居ました 
ぼくは絶望すら感じ、どうにか方法が無いものかと考えました

しかし、次の日に
雛鳥は開け放してしまっていた窓から弱々しくベランダに這い出て 
その小さなからだを、その羽を羽ばたかせ、飛ぼうとしたのでしょう
柵の間から抜け出し、目指したのは空高く雲を越えることでも、眼下に生物を眺めることでもなく
他の何ものでもない、母親に会いに行くために
雛鳥は旅立ちました

その望みは、叶えられることもなく
ベランダから這い出た雛鳥、そのからだは無惨にも地面へと向かい 
羽ばたくことも赦されず、唯々、重力という波に身を任せるしか、無かったのです

潰された体…雛鳥はもういません 
此処にあるのは、ただの塊であり、抜け殻であり
母親や父親の温もりを健気に夢に見た、小さな鳥の死骸でありました

何も出来なかったと、母は言いました
そして大きな木の下に雛鳥を埋めました

見上げれば今、僕の目の前を一羽の鳥が飛んでいます
雛鳥はあの空を見れなかった

雛鳥は羽ばたくことを夢見ることさえも出来なかったのです
そう思うと、ぼくは胸が張り裂けそうになります


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