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反効率的学習のための法律学入門 「大学生Aの憂鬱」 互酬関係と権利義務関係① #1

1 はじめに


人は誰でも効率的に学びたいと思うものですが,効率は追い求めてはいけないものです。なぜなら効率を求めれば求めるほど学びが遠のくからです。そうであれば,反効率こそを信条としなければなりません。

すなわち,このシリーズは法律学をしっかり学ぶことを目的とするものです。



2 互酬関係と権利義務関係

法律関係の基本は「権利義務関係」ですが,では権利義務関係ではない関係,その対極ともいうべき関係とは何でしょうか。

それは「互酬関係」です。

実務を行う法律家であれば,日々この互酬関係のカオス(厳密に表現すれば,「互酬関係に権利義務の相互主張が複雑に絡まり合ったカオス」)という現実の中でもがいていますから,容易にそのイメージを持つことができるかと思いますが,多くの人はそもそも聞いたこともない用語でありましょう。



人間社会の所与(各個人間の諸力の差、人の心の闇,集団形成力,時間・資源・エネルギーの希少性と余剰性・過剰性及びこれらの偏在,信用供与の不可欠性,病気や災害などの非人為的リスク等)は,必然的に「不定形主体間の不定性・不定量な互酬関係」を生み出します。これが,個人を圧迫する。

そこで法は,互酬関係の曖昧不透明な諸連結を,二当事者の対立関係で切り出し,その関係性にorder(順序,秩序)を与えます。

つまりは「法とは,個人の自由(占有原理)を基底理念として,諸主体の連結関係を,二当事者間の定性的かつ定量的な権利・義務関係の組み合わせとして編成し,これを社会の構成原理とする技術体系の一切である」ということができます。

*下記PDFを参照ください。




3 互酬関係とは


まずは,「不定形主体間の不定性・不定量な互酬関係」(略して「互酬関係」)とは何か,明瞭なイメージを形成することから始めたいと思います。

互酬関係は無限のバリエーションがありますが,その一例を,やはり物語において観察していくのがよいでしょう。


【物語「大学生Aの憂鬱」】
 ある日,大学生のA君に,同級生の友人B君が話しかけてきました。「これ,京都旅行のお土産の和菓子だよ。一箱あげるね」とB君。A君は「ありがとう」と言って,B君から和菓子が入った小さな包装箱を受け取りました。

 その日,自宅でA君が和菓子を口に頬張りながらネットで調べていると,その和菓子は1万円もする高級なものだと分かりました。このときA君は嬉しい気持ちになりますが,何となくお返しをしないといけないと感じはじめます。

 その二日後,B君がA君に言います。「ちょっとわるいけど,預かっておいて欲しいものがあるんだけど。小さい箱で,1週間くらい君の家に置いておいて欲しい。大したものではないけど,僕も人から預かったものだから中は開けないでね。いいかな?」と。

 何やら少し怪しい空気になってきましたが,A君は,高級和菓子の件があるので,簡単にはねつけることができません。A君は,“まあ,家に置いておくだけだから,特に負担はないか”と考えて,「いいよ」と返事をして,B君からその小さな箱を預かり,自宅に置いておくことにしました。

 三日後のとあるお昼時,B君の友人だと名乗る女性Cさんが現れ,A君にこう言います。「B君から預かったものがあるでしょう。あれ,返してくれる? 私のものなんだけど。B君には言ってあるから大丈夫」と。A君は,念のためB君に確認しようと電話してみますが,B君は電話にでません。メッセージを送っても返信はありません。Cさんは「いますぐ必要だから,早く返してよ」と迫ってきます。A君は断ることができず,Cさんにその小さな箱を渡してしまいました。

 その日の夕方,A君にB君から電話がかかってきます。「さっきは電話でれなくてごめんね。ところであの箱,後で取りに行ってもいい?」。驚いたA君は急いでCさんとのやり取りを説明しますが,B君は「ほんと参ったよ。それはCさんとかいう人のものではなくて,僕の高校からの親友D君から預かったものだったんだよ。どうしてその人に渡したのさ」と怒り出します。A君は謝りますが,B君の怒りは収まりそうもありません。A君は仕方なく,「本当にごめんよ。埋め合わせをするから」と言います。B君は,「分かったよ。じゃあ,また何かお願いすることがあったときは,よろしくね」と告げます。

 しかし実は,D君なる人物は存在せず,B君はCさんと裏で協力し合いながら,A君を「はめた」のでした。

 この後,B君がA君にお願いすることというのは,……




この物語の続きとして,Cさんと結託しているB君は,A君に何を「お願い」するか。

いずれであるにしろ,こうした経緯で設定されたB君とA君の関係は,もはや「支配従属関係」です(その「程度」については,いろいろな捉え方があるでしょうが)。

A君の「自由」は危機に陥っています。

なぜか。

それは,A君がB君から次に何かを「お願い」された場合,A君は一体何をしなければならないか,その内容の「性質」も,その内容の「量」もまったく不明確であり,それを断れるかどうかも不明であり,断った場合に何が待っているかもこれまた不明である,という極度に不安定な状態にA君が置かれるからです。

これが「不定性・不定量な互酬関係」です。

A君からすれば,この関係性の相手はB君だけでしょうか。B君の親友D君にも迷惑をかけたとA君は思っています。しかし,A君はD君と会ったこともなく,どんな人かも分かりません(当然です。実在しないのですから)。そして,あのCさんは一体何だったのだろうかということになり,また何かを言いに来るのではないだろうか(例えば,「箱に入っていた〇〇がなくなっている。盗ったのか」など),という心理状態にA君は陥ります。

こうした相手を,「不定形主体」ということができます。
モヤモヤして,不透明で,一人なのか二人なのか三人なのか分からず,その相互の関係性も分からず,(少なくとも心理的に)自分は誰を相手にすべきなのかも分からない。こうした相手のことです。


どうしてこうした事態になるのか。
もちろん,B君やCさんに闇の心があるからです。この闇は,残念ながら,いついかなる時代や社会にも絶えたことはなく,すなわち,A君の苦境は私たちの誰でもが遭遇しうるものであるということです。


*以下の記事につづく




【参考文献】
木庭顕『法学再入門 秘密の扉 民事法篇』(有斐閣,2016)




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