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伊邪那岐の遺書④

 小学生のころからクラスになじめずにいたわたしは、中学、高校になっても、親しい友人ひとりもできずにいました。
 なかには気にかけて声をかけてくれる優しい同級生もいましたが、わたしが心を開くことはありませんでした。すっかり人間嫌いになっていたわたしは、休み時間になるといつも図書室に逃げ込んで、本の世界に浸っていました。
 中学生までは、童話やファンタジーの物語にのめりこんでいました。架空の世界で繰り広げられるさまざまな事件や個性豊かな登場人物たちは、わたしに現実の嫌なことを忘れさせてくれました。授業中でも空想してほくそえむほど、当時は架空の世界に夢中になっていたと思います。
 高校生になると、教師の薦めで古典や小説なども読むようになりました。しかし、正直わたしには難解で、つまらないものがほとんどでした。言葉や表現を学ぶ機会にはなりましたが、正直、最後まで読み終えたことはありません。
 そんな中、唯一わたしが好んで手にしていたのは、神話に関する書籍でした。
 兄さんは、イザナギとイザナミについてご存知ですか?
 古事記や日本書紀でこの国を創ったと記される、日本神話の神様です。
 イザナギノミコトとイザナミノミコト。
 結末はあまり良い終わり方とはいえませんが、兄妹神であり、夫婦神でもあるという二人の関係にわたしは惹かれました。
 この世で初めての夫婦が兄と妹であったのならば、わたしのあなたへの気持ちも肯定されるような気がしたのです。
 神話の本がならんでいる本棚は、図書室でもさらにひとけの少ない区画でした。わたしは休憩時間になると、一人その場所にたたずみ、兄妹神に関する物語を何度も読み返していました。
 あるとき、その本棚に、これみよがしに若い女性向けの雑誌が開かれていたことがあります。
 髪を金髪に染めたモデルが表紙を飾っていました。日焼けしたような肌をして、まつげをカールし、きらきらした唇でかわいらしく微笑んでいます。これまで書店などでみかけることはあっても、わたしが手に取ることは絶対にない種類の雑誌でした。本当にそれまで興味がなく、また自分には関係のないものと思っていました。
 しかし、あなたとのデートをひかえていたわたしは、つい中身を読んでみたい衝動にかられました。最近の流行やかわいらしいファッションを、少しでも知っておきたいと思ってしまったからです。
 開かれていたページの文字に目を走らせて、思わず雑誌を閉じました。
 一度、わたしはまわりを見回しました。室内には数名の学生がいましたが、自分の読書に集中していたり、となり同士のおしゃべりに忙しそうでした。完全に死角にはなっていないものの、わたしがどこでどんな本を読んでいるかなど、誰にも関心がないようにみえました。
 わたしは再度、雑誌を開きました。
 そのページには、女子高生の、性に対する体験記が写真付きで投稿されていました。
 わたしはそれまでそういった類のものを読んだことはありませんでした。わたしのような地味な生徒が、学校内で読むには、刺激が強すぎる内容でした。
 しかしわたしは、自分でも気付かないうちに、その投稿欄に夢中になっていました。背徳感なのか罪悪感なのか、目に見えない重圧を感じて、ページをめくる手のひらは汗で濡れていました。
 日記のような深みのない文章で、キスをしたり、お互いの性器を触りあったり、裸で交じり合ったことが赤裸々に書かれていました。本当かどうかわかりませんが、さまざまな状況で、体験の相手も、同級生や先輩、後輩だけでなく、教師や肉親と行ったというものまでありました。  
 その中に、実の兄と関係を結んだという体験も掲載されていました。
 わたしの顔は興奮でほてり、全身があつくなっていました。
 笑い声が聞こえました。
 図書館の角で、わたしを見てにやついている同級生たちがいました。教師に注意されても気にもとめない、派手な化粧をした女子グループで、わたしは彼女たちに、教室で何度もからかわれたことがあります。
 わたしは雑誌を閉じて、逃げるように図書室を去りました。

伊邪那岐の遺書⑤
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火呂居美智
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